第31話『魔法が解けて・・・』
アグニ一行を乗せた馬車は順調にパパイヤンに向かっていました。
しばらくして、場車内に座っていたリョウマが、席に置いていたカバンから小さな尖った破片を取り出しました。
「そうだ、アグニ。実は頼みがあるんだが・・・」
「頼みって何? リョウマ?」
「実は、この破片に」
と、そのときでした。アグニの脳みそを電流が貫きました。そして、元のタタラカガミの悪癖に捕われた悪役令嬢の姿に戻ってしまったのです。
「ん? どした、アグニ?」
リョウマはアグニの顔を窺います。
しかし間髪居れずにアグニがリョウマの頬を平手打ちしました。
「あ痛っ」
「なんだ、どうした?」
「なにごとじゃ??」
「何よ、この馬車、せまっ苦しいじゃないっグラウス、今すぐ大きな馬車を買ってきなさいよっ」
アグニはそう言うと、スカートをたくし上げて馬車の天井部分を蹴り始めました。
「無茶言うなっ大人しくしろっ」
「アグニ、一体どうしたんだ? らしくないぞ? 気をしっかり持ていっ」
「何よ、うるさいわね! このチビのペちゃパイ!」
「チビ!! ぺっぺちゃパイ!? きっきさん、よくもウチの気にしてる事を二つともいうてくれたな~~」
怒ったリョウマが思わず拳銃を取り出しました。
「何よ?! やる気? あんたなんか馬車から引き摺り下ろしてやるからっ」
「やれるもんなら、やってみれい!! 撃ち抜くぞっ」
「二人とも、止めろ!」
グラウスがアグニの異変に気づき、止めに入ります。
「むう、どうやら変性魔法の効果が切れてしまったようじゃのう。ほれっ」
ピエタはアグニに人格変性の呪文をかけましたが、彼女には効きませんでした。
「何っむう・・・もはや詠唱なしでは通用しないレベルにまで上がってしもうたか。皆の者、ちょっとの間、辛抱しておれ」
「お願いします、ピエタ様っ」
グラウスは決死の覚悟で口論を始めたアグニとリョウマの間に割って入ろうとしました。
「焼き尽くすわよっチビ女っ」
「やってみれ! おかめちんこ!!」
「おかめちんこですって? この私に生意気な口をきいて! チビのくせに、ぶちのめしてやる~~っ」
なんということでしょう。とうとうアグニとリョウマは決して広くない場車内で取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまったのです。
「ああ、大変だ。二人とも、止めろ! 止めるんだ!!」
「止めないで、グラウス!! 今ここでこのチビの息の根を止めないと、災いが降りかかるわ!!」
「災いはお主の方だろうがっ」
二人は互いに激しく叩き合いを始めました。
しかしすでにレベル53まで成長したアグニの平手打ちの連続にレベル3のリョウマのそれが敵う訳も無く、彼女は一方的に顔や腹部を真っ赤に赤く腫れ上がったアグニの手のひらで殴られ続けました。
「おっおりょうのかブゴフッ」
アグニはリョウマにおりょうの加護を使う暇も与えず、一方的に殴打し始めました。
「うぐぐ・・・痛い・・痛いぜよっ」
「ほうら、これを見なさいっ」
更にアグニは魔法で手のひらに蜘蛛を具現化させました。
それを見たリョウマは涙を流して絶叫します。
「ぎゃああああ蜘蛛おおおおおおおおおっ蜘蛛は、蜘蛛は頼むから勘弁してくれろ~~~~っ」
「許さないわよ~ほ~れ、ほ~れ」
「よせっアグニ!! それ以上はやめろっ」
グラウスはアグニを後ろから羽交い絞めにし、何とか喧嘩を収めましたが、
リョウマは蜘蛛を見たショックとアグニから受けた殴打による傷で呻いています。
すると、アグニの怒りの矛先は、馬車を操縦していたペロッティに向けられました。
「はっ・・・この獣臭い匂い! きゃあああ獣人族が馬車を乗っ取ってるわ! ぶっ飛ばさなきゃあ!!」
そう叫ぶと、アグニはコアラ姿のペロッティの背中を何度も蹴り始めました。
「クタバレックソコアラッオラッオラッ」
「あうっあうっ」
「ペロッティッ人間の姿に戻れっ」
グラウスがペロッティに人間に戻るよう促します。
「いっ・・・いいえ、これもしゅっ修行だと思って・・・耐えます、ううっ」
「マゾヒストでもあるまいし、馬鹿な真似は止めろっ」
実はペロッティは最初にアグニに蹴られたときに、少しだけマゾの気が目覚めてしまったのでした。
嫌がりつつも、心の奥底ではちょっとだけ興奮してしまっていたのです。
「ねえ、このクソコアラ、皆で食べてみない。良く見ると意外と美味しそうじゃないっ」
そう言ってアグニは涎をだらりと垂らして舌なめずりをします。
「ひえ、流石にそっそれだけはご勘弁をっ」
ペロッティは怯えたような声で後ろに座っているアグニに懇願しました。
「黙りなさい、クソコアラッ。ようし、ミディアムレアに焼き上げてやるわっ」
アグニは場車内で炎魔法を放とうと詠唱を始めました。
「やめろーーーーっ」
グラウスが必死に彼女を制止します。
「グラウスよっ寝ているゼントの口元のフードを取るんじゃっ」
ピエタが機転を利かせて、グラウスに告げました。
「はっそうか」
グラウスは眠っているゼントの口元のフードをずり降ろしました。
すると見たこともないような無防備な絶世の美男子の寝顔が露になったのです。
「許せ、ゼントっ」
「はっ素敵な殿方の香り。きゃあああっ絶世の美男子様~~~子種を下さいませ~~~っ」
アグニは眠っているゼントに勢いよく抱きついていきました。
「ぐあっなんだっ一体、寄り付くなっ離せっ」
目を覚ましたゼントは、唐突な展開に混乱しています。
「あ~ん、そんなことおっしゃらないで~さあ、さあっ」
「ぐっ・・・これだから女って奴は・・・っ」
「ピエタ様、まだですかっもう限界ですっ」
グラウスが泣き言にも近い声を漏らしました。
「もう少し・・・・出来たっ」
ピエタは極限まで魔力を高めた変性呪文をアグニ目掛けて放ちました。
今度は効果があったようで、アグニの脳内に再び雷鳴が轟きました。
「はうっ? あら?? 私ったら、一体何をしてたのかしら・・・」
アグニの性格は再び矯正されました。
「きゃっゼント様っ相変わらず絶世の美男子ですわね~。子種がほしゅうございます。ぽっ」
「うるさいっ早く去ねっ」
ゼントは口元をフードでサッと隠しました。
「ああ~ん、その冷たいところがたまらないわ~~」
「いいからこっちに座れっ」
グラウスがアグニの首根っこを掴んで席に座らせます。
アグニの視界に、傷ついた背中をしたペロッティの後姿が入り込みました。
「まあ、ペロッティ、どうしたの? 背中に痣が沢山出来てるじゃない?
可愛そうに、一体誰にやられたの? ピエタ様、彼に回復魔法をかけて差し上げて」
「・・・」
ピエタは言いたい事をグッと飲み込んで、無言で回復魔法をかけ始めました。
「きょ・・・恐縮です、ピエタ様」
「全部お前がやったんだろうがっ全く」
グラウスは腕組みし、アグニを叱りつけます。
「そんな。私はそんなことしないわ、何かの間違いよっ」
「なっなにを言うとるがじゃ。。。っ全部おまんが・・・やったんじゃろうがいっ」
全身打撲に呻き、もはや回復薬を取り出すことも出来ない戦闘不能状態のリョウマが、搾り出すような声でアグニに抗議しました。
「まあ! リョウマ、大変。大怪我してるわ。このままだと死んでしまうっ。ピエタ様、彼女にも回復をっ」
「ふう・・・流石にしんどいわい」
ピエタはペロッティを回復しつつ、片手でリョウマにも回復魔法をかけました。
大賢者ピエタは魔法を一度に同時に使える特殊能力を持っています。攻撃と回復を両立させる事も可能です。
「ありがとう、ピエタ様。それにしても一体なんなんだあ?? アグニが豹変したぜよ?」
「そうか、お主にはまだ話しておらんかったのう」
ピエタはリョウマにアグニが抱えている事情を説明しました。ゼントもうとうとしながらも聞き耳を立てています。
「なるほど、そういう事情があったのか・・・」
「うむ。だから頼む、アグニのことを許してやっておくれ」
「ええぞ、ウチは根に持つタイプじゃない。今回の事は水に流すっ」
「水に流す? 一体なんのことかしら。私、何も悪い事はしてなくてよ?」
アグニは真顔で首をかしげつつ、そう言い切りました。
その有様を見たゼントを除く一同の全身にかすかに悪寒が走りました。
「ふ~む、レベル53でこの凶悪度・・・先が思いやられるわい」
「全くです・・・ピエタ様、この私にも人格変性呪文をご教授いただきたい。この先の旅が不安です」
「うむ。そうじゃのう・・・お主ほどの魔法センスの持ち主なら身に付けられるかもしれん。ワシが特別稽古をつけてやろう」
「ありがとうございます」
一方、ペロッティはアグニに苛められた事で新たなる技複数と時空魔法を閃きました。
どうやら彼は悪役令嬢と化したアグニの調教を受けることで快感を覚え、新たな能力を閃くようになってしまったようです。
こうして、騒動は解決し、馬車はパパイヤンに向けて勢いを増して疾走していくのでした。
※面白いと感じていただけたら、いいね、ブックマーク、星評価等をいただけると大変励みになります。よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます