第24話『滅びゆく賛美歌《イグナ・エル・フラーレ》』

グラウスの変異に気づいたべヒーモスは、更にグラウスを踏みつけている前足に全身の力を込めましたが、何故か彼に攻撃が通らなくなりました。


 痛みに苦しんでいたはずのグラウスの傷はみるみる内に癒え、そして圧倒的な腕力でべヒーモスの足を持ち上げ始め、そしてなんとべヒーモスの巨体を軽々と投げ飛ばしたのです。


「グオオオオン・・・」


 後方に飛ばされたべヒーモスは瞬時の内に体勢を立て直し、既に立ち上がっていたグラウスに全力で襲い掛かっていきました。


 しかしグラウスはべヒーモスの渾身の一撃を瞬間移動で避けると、 べヒーモスの全身を激しく殴打し始めました。

 その一撃は想像を絶するほどに重たく、巨大な怪物の全身の骨を粉々に砕くには充分なほどでした。


「なっなんだ、あれは!? 一体グラウスはどうなってしまったぜよ??」

「あの体中に浮かんでおる紋様は、神文字じゃっ。グラウス、あの男、一体何者なんじゃあっ」


 ピエタとリョウマはグラウスの無双ぶりに驚きの声を上げました。

 そんな師匠にアグニは声援を送っています。


 その様子を見ていたゼントは舌打ちし、

 「ちっ俺の稼ぎを奪いやがって・・・」

 と、文句を言って、再び眠りについてしまいました。


 グラウスの激しすぎる殴打に、べヒーモスは瀕死状態に陥り、とうとう全く動けなくなりました。

 

 そんな怪物を前に、大きな変貌を遂げた彼は魔法の詠唱を始めました。 


「混沌を漂いし流浪の神よ、今こそ我が応じ我が命ずる。我に絶大なる力を、滅びの御心を、そして偉大なる勅旨を、この御身に授けたまえっ」


「おお、グラウスっなんか強そうな言葉を呟いているぜよ?! あんな特殊能力を隠し持ってたがか~」

「違うっ」

「ほへ?」

「あっ・・・あの詠唱はっ、神魔法っ」

「かみまほう? 何ですの? それは? 強いんですの?」

「魔族どころか、神さえも滅ぼすと呼ばれている禁断の魔法じゃ。この純潔の血を引くワシが修練を重ねても未だ最下級の神魔法しか使えんというのに、あの究極魔法をいとも容易く詠唱できるとは・・・一体、あの男、なんなんじゃ??」

「今のレベルは?? 見えないんですけど??」


 アグニが胸いっぱいの疑問をピエタにぶつけます。


「ワシにも見えん・・・どうなっておるのじゃ、レベル不明など、禁断の地以外では見たこともない」


 そして詠唱が終わると、グラウスはそっと右手をべヒーモスの頭部目掛けてかざし、


「朽ち果てろ・・・滅びゆく賛美歌イグナ・エル・フラーレッ!」


 と叫ぶと、巨大な放射状に伸びていく魔法を撃ち放ちました。

 その魔法は鋼鉄に近いべヒーモスの頭部をあっさりと吹き飛ばしてしまったのです。

 

 そして頭部を失ったべヒーモスは、その場に横倒れになりました。その衝撃で大地が再び大きく揺れましたが、ペロッティはその衝撃を利用して、辛うじて地面に這い上がることに成功しました。しかし受けた傷は深く、地を這うのが精一杯でした。


 一方、頭部を失っても、強靭な生命力を持っているべヒーモスには、まだ微かに息がありました。


「まだ生きておるぞ、アグニ。止めを刺して来るのじゃ!!」

「はいっピエタ様」


 ピエタに言われたアグニは馬車を降り、全力疾走でべヒーモスに近づくと、腰のナイフを取り出して、べヒーモスの心臓部分を何度も突き刺しました。アグニのナイフはダイヤモンドで出来ています。全身を覆っていた魔力防壁は消え、今のべヒーモスの体なら貫くことも容易なのです。


 こうして、アグニがべヒーモスの息の根を止め、戦闘は終わりました。

 

 アグニは、立ち上がると、殊勲者であるグラウスの方に視線を向けました。

 しかし彼の体からは既に神文字の文様が消えており、生まれたままの姿になっていました。


「きゃあああああああああ」


 アグニの悲鳴で、グラウスは正気を取り戻しました。


「何? うあ、なんで裸なんだ~~~~~っ」


 グラウスは必死にさらけ出した一物を隠しました。


「・・・素敵・・・」

 

 アグニは頬を染めて呟きます。


 戦いが無事に終わり、ピエタは重傷を負ったペロッティの元に駆けつけ、回復魔法をかけました。


 リョウマはカバンから布製の服を取り出すと、グラウスに着るように促しました。

 彼は言われるがまま、大急ぎで服を着込みました。


「おまん、凄いぜよ。あんな巨大なべヒーモスをぶちのめすなんてっ」


 リョウマはグラウスの肩を何度も叩き、労をねぎらいましたが、彼は、


「私が? あの化け物を・・・??」


 と言い放ちました。グラウスは全く記憶がない様子でした。


「あん? 何言うちょうがか、そりゃあもうボッコボコの後に、ドガーンって。覚えてないか?」

「全く・・・記憶にない・・・」

「どういうこと、実に一方的な殺戮でしたわよ」

「わからない。自分でも、何をしたのか・・・」


 グラウスは絶命している巨大なべヒーモスに視線を向け、首を傾げていました。


「さ、とりあえずそれは置いといて。こうなったらやることは一つぜよ」


 リョウマはカバンから短剣を取り出しました。


「こいつは何でも切れるナイフぜよ。こいつでウチが肝を取り出しちゃる」

「私がやりましょう」

「ウチの方が慣れとる気に、まかしときっ」


 そう言って、リョウマはべヒーモスの腹部に近づいていくと、ナイフを突き刺し、肝を取り出し始めました。


 傷が癒えたペロッティとピエタがアグニ達に合流しました。

 

「グラウスよ。お主、一体何者なんじゃ?」

「何者と言われても、ただの旅のエクソシストですが・・・」

「お主があのべヒーモスを倒すのに使った魔法、あれは神魔法じゃ。神に選ばれた特別な人間しか使えない禁断の魔法じゃぞ」

「かっ神魔法!? 私が、そんなものを使ったんですか? ご冗談を、いくら私でも、そんな魔法は使えませんよっ」

「いいや、確かにお主は使ったんじゃ」

「正直全く記憶にありません」

「全く・・・お主も謎めいた存在じゃのう」

「あはは・・」

 

 ピエタの追求に、グラウスは乾いた笑みを浮かべ、頭を軽く掻きました。


「(こやつの出生には何か秘密がありそうじゃのう。まあ追々明らかになるじゃろう)」


「取れたぞ~~~~~!」


 ピエタがグラウスの事を考えていたとき、リョウマの絶叫を聞き、一同は彼女の元へ集まりました。


 その肝は、およそ10メートルはあろうかという、超巨大な代物でした。

 艶やかに輝き、夕日の光を受けて更に美しく咲いています。


「なっなんというでかさじゃ」

「ウチの想像以上じゃき。これなら1億どころか、2億出す商人もパパイヤンなら仰山いるぜよ」  

「に・・・2億じゃとっ!!! のうリョウマよ。ペロッティの愛用のレイピアが」

「売買が済んでからと言うとろうがっ」

「むむう・・・」

「心配するな、ウチが超高値で売ってみせるきに。その時に交換だ。道中の戦闘は全部ゼントに任せればいい、安心するぜよ」


 そう言って、リョウマは胸を力強く拳で叩きました。


「うむ、リョウマよ、売買は全てお主に任せたぞい。極力高く売りつけるんじゃぞ」

「しかし、こんな巨大な肝、一体どうやってパパイヤンまで運ぶんですか? まだ距離が大分ありますよ??」


 ペロッティはリョウマ以外が密かに感じていた疑問を代弁しました。


「ふふん。そんなもの、こうするぜよ」


 リョウマはカバンを地面に下ろすと、巨大な肝をカバンに吸い込んでしまいました。


「なんとっ」

「何でも入る魔法のカバン。ウチのとっておきの一つじゃきに」

「一つ? 他にもあるのか?」

「おほん。それは今後のお楽しみぜよっ」


 リョウマは得意げに鼻の下を指で擦りました。


「いいわ、私も神魔法使ってみたいです~」


 アグニが弾んだ声で言います。


「お主にはタタラカガミが宿っておる。レベルを上げ、魔法の鍛錬を怠らなければ何れ身に付くじゃろうてっ」

「ふ~ん、エル・フラーレ~!」


 アグニが両手を突き出すと、僅かながらに魔力が音を立てて発射されました。


「あらら・・・」

「馬鹿もん、枕にイグナと付けずに無茶するでない。下手したら寿命を縮めるぞい」


 ピエタは杖の先でアグニの頭部を軽く小突きました。


「あ痛っ残念・・・よ~~し、もっと怪物を倒して倒して、強くなってみせますわ~!」


 こうしてべヒーモスを倒し、肝も無事に手に入れ、アグニ達は一路パパイヤンに向かうことにしました。


 レベル358のべヒーモスに止めを刺したことで、アグニのレベルは21から53に大幅に上昇したのでした。

 そして新たなる魔法を幾つも閃きました。魔力も大きく上がりました。

 

 アグニの成長は止まることを知りません。

 これからも敵を倒すことで、どんどん強くなっていくでしょう。

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