第23話『窮地』

べヒーモスの巨大な咆哮は、突進してきたグラウスの動きを止めるには充分でした。

 その咆哮は、遠く離れたところにある馬車まで届きました。

 その威圧的な叫びに、ゼントを除く馬車内の一同は堪らず耳を塞ぎました。

 しかしゼントは起きることなく、ぐうぐうと寝息を立てています。



「くう・・・・これはたまらんわい! ええい、もう肝はいらん。ワシの魔法で圧殺してくれるわ!」

「ダメじゃ! 何が何でも肝を取るぜよっ」


 べヒーモスは両足を地面に力強く叩きつけ始め、巨大な地鳴りを発生させました。


 腰のナイフを抜いていたグラウスの体はよろけ、馬車は大きく揺れています。


 そして大地がひび割れ、ペロッティがその地割れに飲み込まれそうになってしまいました。

 ペロッティはとっさにできあがった崖の端に掴まりましたが、べヒーモスから受けた傷が酷く、腕力も限界に近づいていきます。


 更にべヒーモスは魔法を詠唱し、小さな隕石を幾つかグラウス目掛けて落としてきました。

 グラウスはとっさに防御シールドを張り、直撃を避けましたが、それが今の彼の精一杯の抵抗でした。


「おのれ・・・怪物めえっこうなったら、私の風魔法で奴の頭部を切り裂いてやる」


 張り巡らせた防御シールドの中で、グラウスは魔力を極限まで上昇させ、レベル600を超える風の刃をべヒーモス首元目掛けて放ちました。

 しかしそのグラウス渾身の一撃は、身軽なべヒーモスにいとも容易くかわされてしまったのです。


「くっそぉっ」


 べヒーモスは恐ろしい速さでグラウスに近づくと、彼が張った防御シールドを素早い動作で何度も踏みつけ、そして破壊し、グラウスの体を巨大な前足で踏みつけました。 

 防御魔法を自らにかけていなかったグラウスは、その重たい一撃に、致命傷を受けてしまいました。


「ぐはっ」


 グラウスは喀血し、何とか抜け出そうともがき苦しみますが、彼の貧弱な腕力ではべヒーモスの足からは逃れません。


「あちゃ~~こりゃまずいぜよ~~」

「このままではグラウスが死んでしまうわい!! おい、ゼント! 金をやるから今すぐ助太刀に行けっ」

「有り金なら全部出すわっ」


 金という単語が耳に入ったゼントは唐突に目を開いて跳ね起き、


「ふ、最初からそうしておけばよかったんだ」


 とニヒルな笑みを浮かべて吐き捨てました。


 と、そのときでした。

 苦しみもがくグラウスの体に異変が起き始めたのです。

 体の内から異形の魔力が増幅し始め、彼の体を纏う装束はボロボロに剥がれ落ち、グラウスは生まれたままの姿になりました。


 グラウスよ・・・あなたはここで死ぬ定めではありません・・・この力を・・・・使いなさい・・・。


 そしてグラウスの体中が特殊な文様の文字で埋め尽くされました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る