第一部第一章パパイヤン急襲編
第16話『最強のレベル1』
アグニ達の住む大陸はオウェイシスと言います。この大陸には20以上の種族と信仰、50を超える国々があります。その中でもガレリア王国の国土はオウェイシス大陸の15分の1を占め、世界でも二番目の広大な領土を保有していることで知られています。当然その結果、ガレリア一の領土を有するモントーヤ地方はとても浩蕩たるものです。
アグニを乗せた馬車はそんなモントーヤ領地内にある数多くの城塞都市、町、村、集落、バロック様式で建立された巨大な教会の聳える教会都市、あらゆる街という街を素通りして、モントーヤの隣にあるミネルバ州のパパイヤンへ続く草原の道を直進していました。
アグニの旅は時間との戦いです。余計な街や村に寄っている暇はありません。
アグニ自身も窓から見える見慣れた街の風景の数々に特に感傷を抱く事もありませんでした。
私は必ず生きてモントーヤ領に戻ってくる。
アグニはそう強く願っていたのです。
パパイヤンへと向かう馬車の中、グラウスが賢者ピエタにかねてから胸に秘めていた疑問を投げかけました。
「ピエタ殿」
「なんじゃ? グラウスよ」
「私はジャスタールにて確かに大賢者様は男性であると伺いました。しかしあなたの姿はどう見ても幼女です。一体どういうことなのですか? このグラウスの聞き間違いなのでしょうか?」
その質問を聞いたペロッティが馬車を操縦しながら簡素に答えました。
「昔は男性だったんですよ」
「昔は男性? どういうことです。話しが見えません」
グラウスがペロッティを問い詰めると、ピエタが重い口を開き始めました。
「ふむ。確かに昔のワシは2000年を生きた男性で、壮年の男じゃった。じゃがよる年波には勝てず、体中のあちこちにガタが来てしまっての。世界中の高名な場所にある湯治を廻る旅をしておったのじゃよ。そしてワシは小国マガゾの更に南にある湯を求めて禁断の地に足を踏み入れ、命からがら辿り着き、湯につかったのじゃ。するとどういうことか、ワシの体は見る見る若返り、なんと七歳の少女に生まれ変わってしまったのじゃよ。あとで知ったことによると、その湯は前世の湯と呼ばれ、その湯に浸かった者は前世の姿を取り戻すらしいのじゃ。前世のワシは七歳で死んでしまった非業の少女だったようじゃの、オホホホホ。それから300年、今も生き続けておるが、年齢は止まったままじゃよ」
「そんな事情があったんですか・・・」
「ふむ。魔法力はそのままじゃったが、レベルは来世の物を引き継ぐようでの。おかげでワシはレベル1じゃわい。ちょっと期待したんじゃがのう。まあ魔法力が残っただけでも良しとするか。それに今はこの体も気に入っておる。高いところは見えんがの。その少女は超能力があったようで、色んな術が使えるようになったわい。人格変性の呪文も、その超能力の一種じゃよ」
「前世の湯。そんなものがあるのね」
アグニは納得したように呟きました。
「はっきり言って前世の湯に浸かるのはお勧めできんぞ。前世の姿は誰にもわからぬからの。ペロッティのように獣人になってしまう可能性もある。しかも道中は恐ろしくレベルの高い魔物たちが徘徊しており、このワシですら逃げ回るのが精一杯じゃったからのう」
「ペロッティ殿も湯に浸かったのか?」
「はい。私はピエタ様が2000歳になったときから面倒を見ておりますから。死ぬときも生きるときも一緒です」
賢者ピエタとペロッティの体の秘密を聞いたグラウスは、酷く感銘を受け、そしてその秘密を心のうちにしまっておくことにしたのでした。
「ところで、どうやって日ノ本に行くの? 普通に旅して行けるの?」
アグニはピエタに尋ねました。
「ふむ・・・そのことなんじゃが、日ノ本に関する情報は極めて少ない。具体的な行き方もわからん。じゃが手がかりはある。我が祖国ジャスタールの遥か北、大陸の端にスサノオを信仰している国がある。」
「スサノオ? それは戦いの神ではありませんか」
グラウスは驚いたように言葉を発しました。
「うむ。その国の者達のレベルは平均して異常に高く、王国の兵士達は精鋭ばかりじゃ。」
「そのスサノオと日ノ本に何の関係があるんですの?」
「スサノオはタタラカガミと親交の深い存在であった。じゃが彼は放埓な性格での。姉であるヨモギガマラを苦しめて、岩戸に引きこもらせてしまうなど、神界一の問題児として悪事を重ねておったのじゃ。その事態を重くみたニニギノミコトがスサノオを天界から追放し、彼は今もこの人間界オウェイシス大陸を放浪しておるそうじゃ」
「そんなことがあったのですか・・・」
「うむ。タタラカガミと縁の深いスサノオを主神として崇める国なら、日ノ本に纏わる詳しい情報が得られるかもしれぬ。パパイヤンで身支度を整えたら、遥か北、まずは我が祖国ジャスタールを超え、スサノオを崇める国、ラズルシャーチに向かうとしよう」
ピエタの提案に、一同は賛成しました。
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