第14話プロローグ:ドカッバキッボス
モントーヤ邸にアグニ達が戻ってくるなり、父のモントーヤが駆け寄ってきました。
「おお、我が可愛い娘、愛しのアグニよ。無事だったか?」
「ええ、愛しのお父様。私は平気よっ」
モントーヤとアグニは抱擁し、互いに頬に口付けをしました。
「お父様、相変わらずニンニク臭いですわね」
「許せアグニ、健康のためじゃ。ところで私が派遣した選りすぐりの兵士二人の姿が見えんが・・・」
「モントーヤ領自慢の兵士二人なら、怪物を見て逃走しましたよ」
「なんだとっあのモントーヤの面汚しどもめ。蟄居にしてくれるわ」
「お父様、それはあまりにも可愛そうよ、お止めになって」
アグニの口から性格にそぐわない発言が出たため、モントーヤは混乱しました。
「アグニ、どうした。お前らしくないぞ。こうなったらこの私が斬首刑になってお詫びを。執事よ、処刑台を持ってまいれっ」
「お父様、お止めになって」
「ワシの術で性格を矯正しておるのじゃ」
モントーヤが荒れ狂っているタイミングで、彼の視界に僅かに入った幼女のピエタが可愛らしい声で言いました。
「なんじゃ、この幼子は?」
「この方が賢者様です」
「なんですと。こちらの美男子ではないのか?」
モントーヤがペロッティを指差します。
「何をかくそう、ワシが大賢者ピエタじゃ」
そしてピエタはモントーヤにアグニの体内に巣食っている者、タタラカガミの存在と、彼女の寿命を伝えました。
それを聞いたモントーヤは酷くショックを受けた様子で、地面に膝を付き、おいおいと泣き始めたのです。
「ああ、なんということだ。アグニ・・・」
「泣かないで、お父様。まだ希望はあるわ」
「希望、なんだそれは?」
「ふむ、日ノ本に行くのじゃ」
「日ノ本、なんですか? それは国ですか?」
「おぬしが知らんでも無理は無い。何せ古代の文献にしか出てこず、現在は他国との交流も一切絶っておる国じゃからのう」
「その日ノ本に行けば、我が愛しの娘は助かるのですか?」
「可能性の話じゃ。保障は出来ん。唯一の手がかりはその国がタタラカガミを主神として崇めていることだけじゃ」
「そんな・・・」
「お父様。私、旅に出ようと思ってるの」
「旅、旅だとっ?! ならん、ならんぞ、それだけは絶対にならん。アグニよ。頼むから私の傍にいておくれ」
「お父様、私、まだ生きたいの。生き抜いて、素敵な殿方の子種が欲しいのよっ」
「アグニのことなら心配するな。このワシが責任を持って面倒を見てやるぞい」
「そうは言っても賢者様・・・」
「このグラウス・アーサー・アルテナ。命に代えてもお嬢様をお守りいたします」
「このペロッティも同行します。ご安心くださいませ」
グラウスとペロッティの精悍な眼差しをみて、しばし周囲を徘徊し、唸り声を上げた後、モントーヤは二人の前に立ち、小さく頷きました。
「う・・・うむ。あなた方がそこまで言うのなら、娘を預けましょう。」
「ありがたきお言葉」
グラウスは丁寧な所作でお辞儀しました。
「しかしそなた達だけでは力不足だろう。今度こそ我が精鋭のモントーヤ兵を三人ほど・・・」
「それはもう結構です」
グラウスは即座に申し出を否定しました。
「そうか、申し訳ない。我が自慢の近衛兵達は皆王国の魔族討伐要請に応じて派兵させておるからのう。彼らは本当に腕自慢の者達なのだが・・・」
「近衛兵か、期待できないな・・・」
グラウスは目を細め、誰にも聞こえない声で呟きました。
「そうね、ライカールトが不在だったわね。今度も生きて帰ってきてくれるかしら・・・」
アグニは近衛兵の一人の名前を出して心配そうに俯きました。
「それが近衛兵の名前か?」
「そうよ。彼はとっても強いんだから」
「お嬢様の命より自分の命を優先するタイプじゃないだろうな?」
グラウスは怪訝そうな表情を浮かべてアグニを詰問しました。
どうやらよっぽどモントーヤ州兵の能力と資質に懐疑的になっていたようです。
「彼はそんな事しないわ、どんな相手もドカッバキッボスッだもの」
「そうだぞ、ドカッバキッボスッだ」
シャマナ親子は互いに両拳を勢いよく振り回して、ライカールトという名の近衛兵の強さを主張しました。
「そうですか、さっぱりわからんが、わかったことにしときましょう」
そう言って、グラウスはやれやれと本日ひときわ大きな嘆息をしました。
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