第5話プロローグ:交渉

宿屋の主人が木製の扉をノックしました。しかし日記の執筆に夢中になっていたグラウスはその音に気づきませんでした。


「もし、アルテナ様、アルテナ様」


宿屋の主人の呼びかける声でようやくグラウスは気づき、机から腰を上げるとドアの方に歩いていきました。


ドアを開けると、そこには二人の老人がいます。一人は宿屋の主人で、もう一人は見覚えのない老紳士でした。


「私に何か御用ですか」


「アルテナ様にお客人です。どうしてもお話しがしたいと申されまして」


「私に客人?」


グラウスは宿屋の主人から老紳士に視線を移しました。視線を感じた老紳士はシルクハットを取って一礼しました。


「グラウス・アルテナ様ですね。私はシャマナ家に仕える執事のモーガンと申します。実は高名なエクソシストのグラウス殿に折り入ってお願いしたいお仕事がありまして、こうして尋ねて参りました。どうぞお話しだけでも聞いて頂けないでしょうか?」


「いいでしょう。部屋へどうぞ」


 グラウスは老紳士を部屋に招き入れました。


「では私はこれで」


 行灯を持った宿屋の主人は引き下がって行きました。


 室内のテーブルに向かい合うように二人は座りました。


「それで、話というのは?」


「実は、我がシャマナ家のご令嬢に関する話でございまして」


 モーガンはグラウスにアグニ・シャマナの事を話しました。彼女が炎と雷に包まれて生まれてきたこと、ゲテモノ食いをすること、生まれつき素行が悪く執事達を困らせていること。そしてアグニがレベルアップしたこと。


 モーガンから話を聞いたグラウスは顎に手を当て、思案しました、とても奇妙な話だったので、彼自身も内心戸惑っていたのです。


「恐らくそれは悪霊の仕業ではありませんね。何かもっと別の存在だと思います。私がお役に立てることはないでしょう」


「そんなことを仰らないで頂きたい。せめてお嬢様とお会いになって頂けませんか?」


「彼女がレベルアップしたというのはとても興味深いですね。私が出来ることは何もないと思いますが、それでも良いなら会いましょう」


「ぜひお願いします」


 こうして翌朝、グラウスはモーガンが用意した幌つきに豪華な装飾を施した馬車に揺られてアグニ・シャマナの住む邸宅へと向かいました。


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