隊長からおやつもらう軍曹

向日葵椎

おやつの時間

 自軍のテントの周りをぐるぐる走っているサトッチ軍曹が言いました。

「あー。まちきれないなー。あー」

「あー、というのはなに」

 テントの前に立っていたタナッチ曹長は、サトッチ軍曹が次に自分の前を通ったときにききました。

「あー。おやつたべたい。あー」

 そう答えたサトッチ軍曹は、声と一緒にまた遠ざかってしまいます。

「たいちょうのみつだな」

 タナッチ曹長はうなずきました。そうして、サトッチ軍曹がまたやってくると手を広げて前に立ちふさがりました。サトッチ軍曹が不思議そうな顔をして立ち止まりましたので、タナッチ曹長はわけを説明します。

「おやつのてんとは、むこうだよ」

「ほんとうに?」

「ほんとうだよ。ぼくはこれからいこうとおもっていた。だからいっしょにいこう。もしうそなら、ぼくもおやつをたべそこなう。だからほんとうだよ」

「みちづれでなく?」

「どうしてぼくがそんなうそをつかなくてはいけないの」

「それは、ぼくのしらないこじんてきなうらみがあるのかもしれない。ちょっとそこでじっとしていて」

「じっとしている」

 サトッチ軍曹はタナッチ曹長のそばまで歩いていって、顔を寄せてすんすんと匂いをかぎました。

「ずるをしてもうたべたのではないね」

「これからおやつのじかんだから、まだたべられないよ」

 なおもすんすんしていたサトッチ軍曹は顔をしかめます。

「すこしわるいにおいがする」

「きみだってあせのにおいがしているのに。それより、もうみんなならびはじめるころだよ。はやくたべたいなら、いこう」

「あー、といいながらはしろう」

「あー、といいながらはしる」


 *


 二人が目的のテントまでやってくると、中から伍長が舌なめずりをしながら出てきました。

「やー、おいしかった。おいしかった。ぺろぺろぺろ」

 サトッチ軍曹は声をかけます。

「もうならんでいるの」

「ちょっとだけだよ。やー、おいしかった。ぺろぺろぺろ」

 伍長は歩いていってしまいました。サトッチ軍曹はタナッチ曹長に言います。

「いいにおいがしたよ」

「はやくおいしいところにいこう」

 二人はテントに入りました。テントの中には四、五人が奥へとつづくように並んでいて、その先頭にいた兵長が、前に立っている隊長と向かい合っているのです。隊長の左右には台があり、右の台にはミツの載ったスプーンが、左の台には空になったスプーンが並べてあります。先頭に並んでいる兵長は口を開けました。隊長は右からスプーンをとって兵長の口に入れ、口が閉じられると引き抜きます。

「つぎ」

 隊長は言いました。おやつを食べた兵長はテントの出入口へ向かいます。そして次に先頭になった者がスプーンからおやつを食べるのです。列に並んだサトッチ軍曹とタナッチ曹長の横を、さっきおやつを食べた兵長が通っていきます。

「おいしい、おいしい」

 そう言ってテントから出ていきました。その満足げな表情を横目に見ていたサトッチ軍曹はたまりません。

「あー、はやくたべたいなー。はーやーく、たべたいなー」

 タナッチ曹長はその後ろで言います。

「すぐだよ。すぐ」

「いつでもすきなときにたべられたらなー」

 サトッチ軍曹はため息をつきました。

「それはすてき。まえはおやつはくばられるものだったから、もちかえればすきなときにたべられたけど。こうなったのは、おやつをおとしてしまったり、なくしてしまうひとがいたからなんだけど、もうひとつおおきなりゆうがある。もちかえったおやつをいっきにたべるために、れつあくなかんきょうでちょうきかんほかんしていたひとがおなかをこわしたことがあった。そして、それがきみだったね」

「とてもおいしかった」

「ためてるあいだ、がまんできてすごいね」

「においをかいでいました」

「においをかがれていました」

 あの頃、おかしを保管した後のサトッチ軍曹は、おかしを食べるタナッチ曹長の匂いと、おかしを食べた後のタナッチ曹長の匂いをずっとかいでいたのでした。それを思い出したタナッチ曹長は、後ろからサトッチ軍曹をすんすんをかぎました。

「まだたべていないよ」

 サトッチ軍曹は不思議そうな顔をして言いました。

「たべたきもちになれるとおもって」

 タナッチ曹長はすんすんしながら説明します。

「これからほんとうにたべられるよ」

 少しくすぐったそうにサトッチ軍曹が言うと列が前に進んだので、一歩前へ進みます。まだすんすんしていたタナッチ曹長は、首を傾げてぽつりと言いました。

「あせのにおいがする」


 *


「つぎ」

 隊長は言いました。次はサトッチ軍曹の番です。サトッチ軍曹は隊長の右側の台に並んだスプーンとミツがきらきらしているのを見て、そのきらきらの入った瞳を隊長に向けました。そして口を大きく開けます。隊長は同じように、右からスプーンをとってサトッチ軍曹の口へ入れます。サトッチ軍曹はスプーンが口へ入るのを見ると唇をぎゅっと閉じ、そして、隊長はスプーンを引き抜きます。口へと入ったすべてのきらきらが瞳からあふれんばかりなのを、隊長は見ていました。

「つぎ」

 隊長はそう言って。スプーンを左側の台へと並べました。サトッチ軍曹がテントの出入口へ向かいます。おやつの順番待ちをする列は、もう出入口の外まで伸びていました。隊長は次のタナッチ曹長やその次も、同じようにしました。

「つぎ」

 スプーンを右から左。

「つぎ」

 スプーンを右から左。

「つぎ」

 スプーンを右から左。このような繰り返しです。

「つぎ」

 隊長は左へスプーンを置いて、右からスプーンをとろうとする時に気づきます。先頭に並んでいたのはサトッチ軍曹でした。また並んできたのです。隊長はさっきサトッチ軍曹に使ったスプーンを左の台からとって、サトッチ軍曹のおでこにコチンとしました。

「ててて」

 サトッチ軍曹は目をきゅっと閉じました。

「ひとりひとさじ」

 隊長は言いました。

「そうでした」

 サトッチ軍曹はおでこを手でおさえながらそう言って、テントの出入口へと向かいました。

「つぎ」

 隊長は言いました。


 *


 翌日のおやつの時間のことです。

「つぎ」

 隊長の前にやってきたのはサトッチ軍曹とタナッチ曹長でした。二人が横に並んでいるのです。右の台からスプーンをとった隊長にサトッチ軍曹は言いました。

「そうちょうはぐあいがわるいので、きょうはおやつをにかいおねがいします。おやつにはえいようがあるので、げんきになるとおもいます」

 隊長がタナッチ曹長を見ると、たしかに顔色がよくないようです。それに視線も虚ろにおとしたままで、呼吸も少し荒いようでした。

「ひとりひとさじ」

 隊長は答えます。

「ぼくのぶんをそうちょうにあげてください。さいしょはぼくがくちにいれたのをあげようかとおもったのですが、ぼくはのみこむのをがまんするじしんがないので、おねがいします」

 それを聞いたタナッチ曹長は小さく口を開きます。

「ぼくは、くれるならそれでもうれしいといったけれど」

 隊長はスプーンをタナッチ曹長に差し出します。

「ぐあいがわるいならぐんいにみてもらえ」

 タナッチ曹長はぼんやりとしたまま差し出されたスプーンをくわえ、隊長は引き抜きます。そしてそれを左の台へ置くと、次に右の台からとったスプーンをサトッチ軍曹に差し出しました。

「ぼくのぶんはそうちょうに」

 サトッチ軍曹は視線を隊長へ向けながら言います。

「じかんをむだにさせるな」

 隊長がこう言いますと、サトッチ軍曹は逆らえずスプーンをくわえました。隊長はスプーンを引き抜いて左の台へ置きます。

「かなしい、おいしい、かなし、おいし、かなし」

 サトッチ軍曹は難しい顔をして繰り返しましたが、このままここにいるわけにはいかないので、隣でぼんやりしているタナッチ曹長の手をとって立ち去ろうとします。すると、気づけば隊長がスプーンをタナッチ曹長へ差し出していました。ちゃんとミツの載ったスプーンです。

「わたしのぶんをやろう。だからぐんそう、ちゃんとのみこめ。くちうつしでもしてぐあいがわるのがうつったらよけいなてまになる」

 サトッチ軍曹がおやつを飲み込んでいないことは、隊長にはお見通しでした。サトッチ軍曹は後でタナッチ曹長にあげようとしていたのです。タナッチ曹長はぼんやりしながらもスプーンをくわえました。そして隊長は引き抜きます。サトッチ軍曹はおやつを飲み込みました。

「おいしい」

 サトッチ軍曹とタナッチ曹長は言いました。

「つぎ」

 隊長はそう言って、二人がテントの出入口へ向かうよう促しました。隊長はスプーンを左の台へ置いて、また右の台からスプーンを手にとりました。

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