ニコニコ動画(恋)

白川津 中々

 女のユーチューバーなどを見ると途端に暗雲が如き感情が湧き出るのは俺のクソみたいな過去に要因があるのだった。


 学生時代、馬鹿なくせに暇を持て余していた俺はニコニコ生放送にはまり散らかし、「拙者コメント侍でござる」などと如何にもFラン陽キャ擬態クソキモオタクなコメントをタイプしニタニタと邪悪な笑みを浮かべていた。人生の恥部ともいえる最悪の時代。若さ故の誤ちというにはあまりに痛々しい過去のでき事は夜寝る前やシャワー中などにふと甦り隣人迷惑な絶叫を産む。


 これだけでも十分思い出死しかねない暗黒史なわけであるが、さらに俺を苦しめる奇行を過去の俺はしでかしていた。


 とある日。朝起きて早速ニコニコ動画を開き次に囲い込むユーザーを探しているとなんとも美人な女が写るサムネを見つける。それはまだ配信を行なっていない、登録したばかりのユーザーであり詳細不明。インターネッツ上級者を気取っていた俺は「ハハーン釣りだな」思いつつも「だが全力で釣られるのがVIPクオリティ」とマジで発声してチャンネル登録を行なったのだった。当時VIPは既に廃れているばかりか、移民先のν速も下火になりつつあった時代である。そんな時分に釣られクマーAAのセリフを暗唱するなどとんだネット老害なのだがそれは置いておこう。ともかく俺は、若くて綺麗な女のサムネに釣られてチャンネル登録をしたのである。「どうせ釣りだろう」という猜疑心は満に一つの可能性に期待した姑息な自意意識の維持である事、聡明な読者諸君はお見通しだと思う。その辺りがまったく小物で情けない。どうして若い頃の俺はあぁも馬鹿で情けなかったのか。いや今も十分馬鹿で情けないのだが、当時よりは遥かにマシなはずである。もし変わっていないとしたら俺は死ぬから、昔の俺を知っている人間は遠慮なく言ってくれ。葬式に招待してやる。


 話を戻そう。

 チャンネル登録したその夜。早速放送開始のアラームが目に入る。来たなと思った。俺は即座に放送へ飛び「釣り乙」のコメントを打つつもりだった。女の顔を使い視聴者を稼がんとする浅はかな釣り師を嘲笑してやろうと息勇み、謎のマウントメンタリティにより自身の優位性を自己の中で確立しようとしていたのである。

 だが、鼻息は別の意味で荒くなる。画面に映るはサムネと変わらぬ美女の顔。脳を溶かす高音な声と軽快なトーク。唖然とした俺はしばし見入る。が、次々と投稿されるコメントにウカウカしていられるはずもなく、急いでタイプする言葉「初見」の一言。そしてすぐさま返される「初見さんありがとー」の言葉。形成された様式美。ちなみに俺はこの一連の流れが死ぬほど嫌いだったなずなのに、彼女との連携はなんとも心地よく感じた。都合のいい嫌悪感である。


 それから俺はちょいちょい彼女の放送を覗きにいきコメントを残した。彼女は俺のコメントを読み、応え、笑った。スカイプのidを交換した時など朝までチャットで話をした。互いに認識しあい、そして確信に至る。これはイケると。俺と君が紡ぐ恋の詩が奏でられると。


 冷静に振り返れば詠人知らずの駄作をピエロが一人で踊っているだけだと分かる。だが当時の愚かな俺が自身を客観視などできるはずもなく、気が付けば沼。抜け出せないあいつ俺の事好きなんじゃね? という荒唐無稽なご都合主義的妄想に有頂天。就活すらまともにできない人間が酔ったように女に付き纏う様はさながらホラーだ。


 

 そして拗らせた俺はとうとう暴挙に出る。



「これ俺の電話番号! 何かあれば電話かけて!」


 スカチャに上げたるは生番。よくよく考えればこれまでスカイプ通話さえした事さえなかったのだから電話などできるはずもない。だいたい突然自分の電話番号送り付けてくる男など願い下げであろう。極め付けはチャットの文言である。なんだ「何かあれば電話かけて」って。相手にしてみれば今がその「何か」に違いない。よしんば電話がかかってきたとして俺に何ができるというのだ。せいぜい「ファイト」と身にならぬエンプティなエールを送るくらいではないか。そういやこの時の俺はやたら自分の言葉に力があるみたいなわけのわからん自信に満ちていた。典型的な隠キャオタクである。ゲームのやり過ぎだ。


 で、そんな事をしていれば当然距離は取られる。これはまずいと思いTwitterにメンヘラ発狂ツイートしたらリムられた。それ以降、彼女とは連絡を取っていない。見事なサヨナラエラーに俺の恋は終わりを告げた。


 その数日後、とあるコンセプトバーの女の子に貢ぐようになったのは秘密の話である。

 

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