第3話
何も感じない。目の前に広がる大穴があらゆる感情を吸い込んでしまったのか、そう思ってしまうぐらい、何も。手に持っている釣り竿を握る感覚や、足で地面を踏みしめる感覚すら、感じることはない。
「お父さん、約束……果たしたよ」
ソラは無感情なままそう呟く。その虚ろな目に、かつての宝石のような光は一欠片も存在しない。ひとつため息をついてから、
「やっぱり……、月に湖なんて……なかったよ。ただのお伽噺に過ぎなかったんだ」
と、またひとつつぶやく。そこにはお父さんはおろか、口からこぼれおちるその言葉を受け止める人すらいないというのに。それなのに、自然とつぶやいてしまう。
ソラは目の前の大穴に静かに釣り糸をたらし始める。釣り針は真っ暗な大穴の奥深くへとどんどん、どんどん進んでいく。当然、何かが食いつく気配はない。そのまま釣り針は進み続け、やがてその光沢すらも闇に飲まれていく。
「……同じだ。ぼくと」
大穴をただ見つめ続ける。
「次第に底の見えない闇に飲み込まれていくんだ。苦しかった。辛かった。ただただ苦痛で仕方がなかったんだ。でも、それでも……」
また大きくため息をつく。そのとき、ソラの手に軽い振動が伝わるのを感じる。まさか、何か釣れたのか、という考えが一瞬脳裏をよぎるもすぐに振り払う。おそらく、釣り針が穴底にたどり着いたのだろう。
「……それでも、やがてたどり着けるんだ。心身を蝕んできた闇からようやく解放されるんだ。……その先にどんな結末が待っていても、それだけは約束されてるんだ」
ここでソラはふと顔を上げる。目の前には、淡く青白い光を放っているかのように見える、大きな星が居座っている。ソラは哀れな目でそれをしばし見つめる。
「そう、みんなは知らないんだ。『本当に月に湖はない』っていうことを。誰ひとり、その目で確かめたりなんてしていないんだ」
釣り竿を握る力が自然と強くなる。
「それなのに、まるでその目で見てきたかのように語るんだ。偉い人が言ってたから?本に書いてないから?それらを疑って何が悪い!どうして蔑まされなきゃならない!」
ソラの内に眠る負の感情が息を吹き返し始める。しかし、すぐさま静かにその感情を押さえつける。理性を手放してしまうと、自分すらも見失う可能性がある。そうならないために、今までの苦難の中で身につけた『負の感情の制御』。
「でも、もうすぐで、こんなことすらしなくてもすむんだ」
ソラはそっと目を閉じる。あの星の、青白い光すら、視界からは遮断されている。もう何者も、邪魔する奴はいない。
「いま、いくからね」
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いかが※※た※?ソラは※※く※※の※て、ついに※※※しまい※した。せ※※※自らの※※を※したとい※のに。※※な※で※。でも、※時に※※のある※※子でも※りま※。
……あなたなら信じきることができますか?
……それとも、「彼の者たち」と同じですか?
……分からなくても結構です。こういうときは一晩寝れば、世界が変わって見えることもあるでしょう。
それでは、おやすみなさい。そして……
月の湖 杉野みくや @yakumi_maru
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