第2話

 授業が終わり、お弁当を速攻で食べ終わると、ソラはそそくさと図書室に向かう。体がしばれるぐらい廊下がひんやりとしていた分、春のようにぽかぽかとした図書室の中はまるで天国。今日の外はしっかりと雲がかかっており、凍えるほどの寒さだというのに、同級生の元気な声が校庭から聞こえてくる。だが、彼らが外で何をしてようが、ソラにとってはどうでもいい。あの日誓った「約束」を将来果たすために、今日もソラは本を開く。平穏、実に平穏。しかし、皮肉なことにそれは長くは続かない。

「よーよー、ソラくんじゃーん。今日もここでお勉強かいっ?」

 話しかけてきたのは、思春期特有の反抗期が高じ、悪い方向にチャラついてしまったクラスメイトたちだ。ソラは小さくため息をつく。

「……まあね。何の用?」

「おや、その本は……。もしかして、またお月サマについてのお勉強かな?」

「それじゃあ、あんまりジャマするのは良くないな。なんせお月サマで、おおきなお魚サンを釣りに行くんだもんな!」

 図書室の中だというのに大きな笑い声が室内に響きわたる。本の整理をしている図書委員らしき生徒はもはや止めようともしない。万が一止めようとしても、逆に彼らに目をつけられ、返り討ちにあうのが目に見えているからだ。ソラはまた、小さくため息をつく。

「お?なんだよそのしけたツラは」

「別に。なんでもない」

 ソラがそう答えると突然、話しかけてきたクラスメイトの表情が豹変する。

「ちっ。おめーのそうゆうとこが、ムカつくんだよぉ!」

 今度は鈍い音が図書室の中に響きわたる。一瞬、何が起こったのか理解できないソラ。ぼやける視界。痺れる頬。金属じみた不快な味が口の中にじわじわと広がる。そこでようやく、ソラは殴られたのだということを理解する。どこぞのガキ大将ばりの理不尽な理由で殴られたことに腹を立てるも、やり返すほどの力はあいにくながら持ち合わせていない。

「おい、こんなひ弱なやつに構ってないでもう行こうぜ」

 チャラついたクラスメイトの一人がそう言うと、まだ焦点の合わないソラの視界からいくつかのシルエットが遠のき、そして消えていく。図書室に再び静けさが戻る。ようやく視界が戻ったソラは、その静寂を壊さないようゆっくりと立ち上がる。その瞳には、まるで内部が砕けた水晶玉のような刺々しいもやがかかっている……。

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