第18話 上等だぜ?
〈アリオンザード〉に同行する二名の挨拶が終わりそうして一段落がついたところでハンスはレティに話を切り出す。
「レティ様、それではよろしいでしょうか」
クロウとフランソワを連れてくる役目が終わったことで、ハンスは自身の進退を伝える機会と判断したのだ。
「私は構わないが、ここでいいのかい」
さきほどまでの口調とは変わってレティはいつも通りの口調で話す。
レティが気にかけているのは場所ではなく誠司とルーク、二人がいてもいいのかということである。
「はい、ルークにもできれば伝えておきたかったですし、むしろセイジに会いにきたかったですから」
ハンスは、時間を見つけては地上の子供たちに武芸を教えているためルークのことを幼少期から知ってもいる、そして今回の件と誠司に関しては無関係ではないのだ。
名前を呼ばれたことでさきほどまで興味なく話を聞き流していただけの誠司は首を傾ける。
「そうか、君がそう言うということは、やはり――そうなんだね」
騎士団テンペストを辞する。意図はまだ不明だがこれは当初考えていたとおり最後の挨拶なのだろう。
「はい、未熟な身でありながら騎士団長を任されてはおりましたがやはり私には荷が重かったようであります」
「心無い中傷もあるとは聞くが……、ぶしつけに聞いてしまうが原因はそれかい?」
レオール王国最強――、個人の勇でいえば軍である
それはレオール王国の威信にかかわることであり、王国最強と呼ばれた男が負けたといったことはひいては
やはり武門の出とはいっても所詮は甘やかされた貴族の子弟、噂ほどではないのだろう、名ばかり立派な騎士団も王国の守護者などと大層立派な肩書ではあるがその名ほどに実が伴っているか怪しいものだ――お互いが好意的でないこともあってか、主に
相手が悪すぎる――レティなどは橘誠司という人間の化物ぶりを目にしているし、今まで目にしてきた戦士の中でも抜きんでたハンスの技量に疑いなどもっていないためそんな噂など今後の誠司を見ていけば自然と消えるだろうし、そんなことで優秀な騎士であるハンスが気に病む必要などどこにもないと考えている。
「いえ、元々家柄だけで任された経緯でありましたし、自身が未熟であるのは事実その通りのため、そこではないのです」
口ではそう言うが実はハンスより年長の者、若輩の部下からも貴族、平民問わず貴族でありながらどこまでも愚直に王国の騎士であらんとする姿勢に一目瞭然の実力から
取るに足らない自分にそこまでしてくれるのは、感謝がつきないし自分を育ててくれた
「私は、生まれてから今まで、先祖と同じようにこの国を少しでも支えれる騎士でありたいと思っておりました」
その告白が過去形であったのはハンスが騎士団だけでなく騎士というものからすら決別することを意味していた。
「その思いは今でも微塵も変わりません、ですがそこのセイジのおかげで本当の自分に気付けたのです」
レオール王国のおかげで今の自分はある、国への忠義、武門の家系である生家へのしがらみ、そうしたものを超えて抱いてしまった気持ちに嘘はつけない。
誠司に視線を送りながらハンスは答える。
「私は騎士より一人の戦士でありたい――」
今まで27年生きてきたハンスは、およそ自分といったものを出したことはなかった、部下に対して厳しく接するときも女性と過ごすときすら常に彼は理知的で自戒的だったのだ。
厳しくはあってもハンスの自分本位の意見というのを聞いたことが無かったルークは目を丸くする。
どれだけ導力ナーガに長けようとそれを使役する身体が脆弱では意味がない、ことあるごとにそう厳しく武芸を指導してくれていたとき忠告されてきたのでルークはどこか煩わしく感じ反骨心を抱いていたものだがそんな堅物なハンスのことが嫌いではなかった。
心の中では導力を誰よりも上手く使える自分に敵いはしない、と侮っていても彼の誰に分け隔てない態度、職務に忠実で、話を聞かないルークも含めてどこまでも一人一人に誠実に接していた所には一目置かざるを得なかったのだ。
そんな堅物すぎる堅物といった印象を抱いていた彼の発言に驚きを隠せない。
ハンスと目が合った誠司は、視線を外さずに口元には獰猛な肉食獣の笑みを浮かべる。
どういう魂胆かは分からないが、誠司に対して喧嘩の匂いを発しているのだ――、元来の喧嘩好きの誠司はそういった気配に非常に敏いさとい。
ソファーに腰かけながら両手を遊ばせながらも誠司の動きに力はないが一たび動きがあればいつでも動き出せるような豹のような気配を発する。
物騒な気配にハンスも応えるように一瞬、笑うがその笑みを消してレティに向き直る。
よもすればまた、誠司に飛びかかるのではないか、と思われるほどの空気を感じたレティだがそれが収まったことに安堵する。
ところかまわず暴れられてはたまらない、ここは一応レティの執務室でもあるのだ。
なんとか落ち着いた空気になったところでレティが問う。
「これからどうするだい」
この質問は、
レティとしてはハンスのことも気にはなるが、国の軍事力の三割を占める
それを察したハンスは先にそちらから答える。
「叔父が騎士団を率いてくれることになりました、もともと私に騎士団長を押しつけてきた身ですから文句は言わせません」
「ほう、ジョンか――、あの自由気ままな御仁がよく承諾したものだね」
「まあ、自らも省みるところがあったんでしょうな」
ジョン・ブロン・ネイビー、ハンスの父親の弟で前騎士団長にあたる男だ。
人材としても一度ハンスに敗れてはいるものの、その力量に疑いはなくハンスに次いでの人物であるのは間違いない。
50中頃の健康そのものの人物だが二年前の立ち合いでハンスに敗けるとこれ幸い、と周囲の反対を押し切り『最も強い者こそが騎士団長なり、とは初代騎士団長クルス・ネルン・クルーガも仰せである』とうそぶき騎士団長の座を未練なく無理やりハンスに押し付けて早々に楽隠居を決めて王国の首都で酒と女に囲まれた自堕落的な生活を送っているのだ。
そんな男であるため、ハンスの意見など聞く耳も持たず、様々なお為ごかしでなんとか逃れようとしていたのだが、遂にはハンスのハッタリ『それでは父にハンスは死んだとお伝えください、これからはハンスというただの個人として生きていきます』、もうブロン家の人間であることすら辞めるというもので折れたのだ。
ハンスだけでなくブロン家の領主として真面目に治めている兄に若い頃から全く家のことを手伝いもせず若い頃からしきたりや諸々を押し付けてきたジョンも息子が勘当する原因になったとなればいよいよ兄を失望させることなってしまう。年も近くお互いに切磋琢磨してきたタイプは全く違う、兄弟というより親友のような関係である二人なのだ。
それだけではなくジョンも一人の武人としてハンスの想いに感じ入るところがあったのかもしれない。
『お前、そこまで無茶苦茶やる奴だったんだなぁ』初めて我儘を口にした甥に渋々ジョンは折れてぼやくのだった。
ただしハンスの気がすんだら絶対に戻ってくるように確約させるあたり抜け目ない人間ではある。
叔父のぼやきを思い出しながらハンスは今後の自身の進退について語る。
「私はこれから知人を頼ってライン共和国に行きます」
「ライン共和国?」
「はい、かの国には地上より取り入れた武術なるものが盛んであるので、それを身に付けたいのです」
今のままでは、どれだけレオール王国の騎士剣術を極めようと誠司が見えてきそうにない。
まずはあらゆる武に触れて狭い自分の見識を広げて取り入れ昇華させなければならない。
ライン共和国では、地上から取り入れられた素手で行う武術が広く普及されていて実力者ともなれば素手だけでライン共和国の騎士に比肩するほどの者がいる。
幼少より培ってきた導力を併せた剣術を棄てるのではない――、ただ貪欲に取り組むのだ。剣に長年触れてきたせいで自分では気づかぬうちに人の身体の可能性を軽視していたかもしれない。
何も持たない素手の誠司に一瞬剣を使うことをためらったとはいえ一蹴されたことでその可能性に気付かされた。
そしてなにより強さを望む、自分の醜くも抑えられない欲望、本性ともいうべき獣が身体に住まうことにも気付かされたのだ――。
「レティ様には、騎士団テンペストへの便宜を図っていただいたりなど返しきれないほどの恩がありながら、勝手を申します」
レオール王国では、王国治安維持部隊が軍の7割を制するため、どうしても騎士団の待遇が悪くなりがちなのだが、突出した力を持つ組織を好まないレティはそこに関しては過度にならない干渉して待遇は厳しいがなるべく意見ぐらいは公平に言えるように力添えしているのだ。
「いや、ハンス。お互い様さ、君には子供たちも良く看てもらった」
「とんでもない、騎士団の部下を指導するとは違い、子供たちを教えるというのは私にとってあれはあれで得難い経験でした」
召喚された地上人の子供たちは、〈真なる世界〉において色眼鏡で見られがちだがハンスはそうした扱いもせず厳しくはあったが真摯に子供と向き合っていたので慕う子も多いのだ。
世界が変わっても子供は変わらない、小憎らしくもあるが素直である反応に子供たちに武芸を教えている間はハンスは立場上の様々なしがらみから解放されていい息抜きになっていたのだ。
「そう言ってもらえると私の肩も軽くなるよ、王国としては大きな損失だがいずれ大きくなって戻ってきてくれることを期待している」
「はっ、有難いお言葉です。いつとは申せませんがいずれお役に立たせてもらいます」
ハンスの顔には決意が見て取れる。
レティへの旅立つ前の挨拶が済んだことでハンスは、ソファーに腰かけるルークに身体を向ける。
「……ルーク、息災でな。今まで通りレティ様の力になってくれ、それと――」
ハンスの言葉をさえぎるように蠅を払うように手を振るルーク。
「導力の扱いに長けても身体が伴わければ――でしょ?最後まで同じことを言うつもり?」
機先を制したつもりのルークだが、ハンスはその反応に苦笑する。
「いや、今回は違う。……君ほど導力について知り扱える者は私の知る限りでもいない、だからその才能を腐らすなよ、と言いたかったんだ」
急にほめられたことにポカンと口を開けて困惑を表すルーク。
照れ隠しのように顔を振りながら悪態をつく。
「だ、誰に言ってんだよ、あんたは人にあれこれ言う前に自分のことだけに集中しろよ」
「そうだな」
「でも、まあ導力の扱いに長けても身体が伴わなければ、ってのは最近一理あると思うようになったから、これからは気が向いたとき鍛えるようにしてやるよ」
憎まれ口を叩きながらもルークはどこか寂しそうだ。
ルークの素直でないが意外な発言にレティは目を見開き、笑い出す。
「ふふ、ルークからそんな台詞が出るとはね、ハンス、いい土産を貰ったね」
「ええ、本当に……。ルーク、それではまた会う日を楽しみにしておこう」
ハンスも口元に微笑を浮かべている、あの泣き虫だった少年――が、本当にここでの経験は得難いものだった――。
二人してなんだよ、とつぶやき顔を赤くするルークをよそにハンスは無言で誠司に鋭い視線を向ける。
さきほどの刺々しい空気にはならないが余人は立ち入れない二人の空間となる。
煙草の火を携帯灰皿のようなもものに煙草ごと押し潰しながら消すと誠司は立ち上がり、口を開く。
「ここでヤル気はねーみてーだナ……?」
「あぁ、今じゃない。そうだろ?」
今ではない、だがそのときは必ず来る――
召喚されたばかりのとき人間離れした膂力を直接振るわれたハンス、だからこそ誠司の化物ぶりがよく分かる。それでもいずれもう一度挑もうとする自分は大愚なのだろう。
「てめぇの名前は?」
誠司は、ハンスの名前など聞き知っているし会話にも出てはいたがそんなことも承知で名前を聞いているのだ。
「ただのハンスだ」
これはあくまで私的な問題だ、家名を出す話でもない、一個人のハンスという男が誠司というただの男に挑もうとするのだ。
今度はハンスから口を開く。
「セイジ、いずれ私の挑戦を受けてくれるか」
クスっ、馬鹿にしているわけではないが誠司は鼻で笑う。
「嫌だ、と答えたらそれで勘弁してくれるようには見えないぜ?」
「だが断らないんだろう?」
暴力という共通点を持つ二人だけのやり取り、そこには一種の共感シンパシーがある。
「っ!クックック、さてはてめぇ
誠司に挑もうとするのが身の程知らずというわけではない――、そのためだけに他のものを捨て、わざわざ国を越えてまでただ強くなろうとするその精神性が常人ではないことを指して言っているのだ。
「自分でも知らなかったが、そうだったようだ」
全く持って合理的でない――、家を捨て国を捨て、ただ強くなりたい、それだけなのだ。
他者から見たら完全に常軌を逸している。
つい先刻みせた獰猛な肉食獣の笑みを誠司はハンスに向ける。
「上等だぜ?ハンスゥ、今度は殺す気でこい?俺はいつでもいーぜ?…」
前回の立ち合いのときはハンスは、一瞬無手の誠司に遠慮して剣を抜刀しなかった、それを今度は全力で向かってくるように誠司は伝えたのだ・
「あぁ、お前ならそう言うと知っていた――。……こう言ってはなんだが、楽しみだ、セイジ」
「……、俺もだ」
二人は目線をぶつけ、自然と口の口角が上がる。無意識の笑みだが、当人たちには笑っている意識すらない。
誠司に二度挑もうとする人間など〈偽なる大地〉、地上の日本でも滅多にいなかった。皆、誠司の化物じみた強さに畏怖し二度と関わりたくなるのだ。第一、喧嘩で苦戦などほとんどしたことがない。
そのため誠司は常に喧嘩に物足りなさ、飢えを感じていた。
王国一と呼ばれるハンスが自分といずれ戦うために万全を期してくれるのだ、この飢えを満たしてくれる存在になるのかもしれない。
全く理解しがたい二人だけの世界に執務室がなっていたのでレティは、ハンスに呆れたようなげんなりした顔で視線を送りあごでクイッと執務室のドアを示す。
面白い見世物ではあったがどうも健全でない内容だしこちらが疲れてくるため、ハンスには一旦退出してもうことにしたのだ。ルークなどはやはり男の子なのだろう、興奮した面持ちで二人を見ているがレティはもうお腹一杯であった。
レティの視線に気付いたハンスは、一礼して他の慕ってくれていた子供たちへ別れの言葉を告げに部屋を出る。それが終わればそのままの足でライン共和国に向かうという。
去り際レティは、無骨な袋をハンスに渡す。
「レティ様、これは?」
「向こうでの通貨だよ、君のことだ、ほとんど着の身着のまま出ると思ったからね。金はあると便利だ。生活の足しにでもしてくれ」
ハンスが自分勝手に動くと決めたからにはレオール王国を出るのに家は頼れず、かといって自身の蓄えは匿名で様々な方面に気前よく寄付していたのを知っているのでレティはいくばくかの路銀をハンスに用意していたのだ。向こうでの生活に贅沢をしなければ十分数年は生活できる額だ。
「今までの働きに対する報酬か、もしくは投資だと思ってくれればいいよ」
「……、感謝いたします」
自分に生活能力がないことは痛感しているのでハンスはありがたく頂戴する。
ハンスが部屋を出たところで、ルークが興奮収まらない様子で騒ぎ出す。
「いや――、あんなハンスは初めて見たよ!、びっくりしたなぁ……」
「そうだね、ハンスが一番自分に驚いているんじゃないかな」
今まで身を粉にして国尽くした男が自分のために生きることに決めたのだ、並大抵のことではない。
「それはそうとルーク、〈アリオンザード〉では頼むよ?特にフランソワとは揉めないでくれよ」
ハンスと誠司のやり取りに頭を持っていかれていたルークは三日後に迫る〈アリオンザード〉の道程にフランソワという少女が同行することを思い出し顔をしかめる。
「え――、あいつがこっちの言うことに素直に従えばそんなことにはならないけどさ」
ルークとフランソワという少女には一悶着あるのだろう。
「向こうも同じことを思ってるだろうね……」
誠司は二人の会話に入らず煙草で一服している。
大きく煙を吐くとか立ち上がり執務室を後にしようとする。
「セイジ、帰るのかい?」
呼び止めるわけではないがレティは誠司に聞く。
「あぁ、明日また話すんだろ?そのときでいーわ」
意外に明日も屋敷に寄るつもりのようだ、今回の〈アリオンザード〉に同行してくれるようだ。
誠司としては、ハンスとの会合という予想外の出来事はあったがいずれレオール王国の外にも出てみようと思っていたので今回はちょうどいい機会と判断したのだった。
元ヤン、異世界に喧嘩上等 @kyousukekanzaki
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