第17話 来訪者
屋敷の一階、レティが管理するいくつかの建物の一つ、そこの一階、来客用の部屋は普段レティの執務室でもある。装飾品は華美に彩りに豊んではいないが、シンプルでいながら規則正しくいくつも並べられた上質なガラス細工や大自然を模した上品な風景画、詳しい素材すらわからないが高級であると素人目にも分かるようなきめ細かく織られた絨毯、来客者に対して失礼にならず、かといって気兼ねしすぎないような造りとなっている。部屋の中央にある来客用の黒いソファーは布製で大きく地上でもよく見かけるタイプに見える。
良くも悪くもシンプルであり不快感も与えないがこれといった感銘も与えない印象だ。
誠司にも改めて紹介しておきたい人たちである、とレティに同席を求められたため、断る理由もないため誠司はルークと一緒に部屋のソファーに腰かけている。
〈真なる世界〉の一日の周期は地上とほぼ同じであり、時刻の算出も同じであるため今が19時になる10分前だと部屋に備えられた木造の古時計で分かる。地下でありながら太陽のようなものようがあり都合がいいことに地上と同じ周期で東から西に沈む。この世界には初めから存在するようで正確には何なのかわかっていないらしい。
いちいち理屈で考えるときりがないため、一応受け入れてはいるが、地上とのあらゆる類似、言語や数学といった類分学、あえて地上、彼らでいう〈偽なる大地〉から取り込んだもの、〈真なる世界〉から伝えられたものがあるにしても一日の周期、比較的穏やかな一年を通した気候など似すぎていることにきなくささを感じないわけではない。
だからといってそれを解明するのは人の一生では時間が足りなさすぎるし誠司としてはそこまで考える気もない――。
来客の予定はそろそろらしいがあらかじめ、どういった内容かあらかじめ押さえておきたいルークは、部屋の奥の木造の机に腰かけたレティに問いかける。
「これから説明はあるんだろうけどさ、もう〈アリオンザード〉に行くのが三日後に迫ってるのに何が変わるの?」
〈アリオンザード〉、現在、居住している屋敷や誠司の仮の住まいがある、レオール王国の首都に次ぐ都市〈ガロ〉から南東に進んだ方角にある場所だ。
だが領土として明文化された場所ではなく近隣の大国ライン共和国との境でもあり、周辺国も絡む地域なのだ。貴重な資源があるだとか交易都市であるというわけではなく、そこにあるのは導力で発生させた雷を電力として周囲の都市などに効率よく供給するため、地上でいうケーブルをいくつもはわせている、見た目は大がかかりな設備が砂や岩石の多い場所に無骨にあるだけだ。
だがライフラインとしてレオール王国だけでなくライン共和国、周辺国への電力の供給を行うのだ、その意味合いは低くはない。そのため、誰もが立ち入れるわけではなくきちんとした手順を踏んだ者だけが赴くようになっている。
名目上、明文化されていなくても自治領であると主張しているレオール王国と一応、形としてはレオール王国と友好国であるライン共和国が地域の発展のため開放していると題目をかかげているため取り決めとしてその二国で定期的に電力を供給するための使者を交互に派遣している。
今回はレオール王国がルークたちを向かわせる段取りであり、そして地上から召喚された子供たちを含めてルークたち召喚された者の仕事の一端を学ばせる機会でもあるというわけなのだ。
何度も行っている危険もない仕事のため失敗といったこともあるわけではないが万一不手際などがあった場合レオール王国の信用に関わるしライン共和国にイニシアチブを与えかねない。
レオール王国には荷が重いようであれば、自治領の問題でもあるため責任を持ってライン共和国が管理しようではないか――ここまでの大げさな話にはならないだろうが油断はできない。
大国との外交は常に綱渡りなのだ。仮にライン共和国が〈アリオンザード〉をおさえて他国に侵攻しやすいという地理でもないので戦略的に効果は薄いし、電力というライフラインの一つ――他にもいくつも似たような地域はあるがそれでも――だ、そこを統治されるのは今後の力関係にも繋がる。第一そこから治安を守るためといった題目で軍を常駐させるようにならないとも限らない。
様々なリスクは実際の危険とは別にしてあるのでルークは今回の件を任されている責任者として不測要素はなるべく抑えておきたいのだ。今回は、誠司が了承するかわからないが、誠司も一応同伴予定でもあるのだ。今のままでも十分、手順通り進まない可能性を孕んでいる。
「基本的な道程に変わりはないよ、ただ顔ぶれが少々変わるのさ」
ルークの懸念を見越して大筋の変更はない、とするレティ。
「うーん、それでも、また突然だなぁ」
念入りに今回一緒に伴って向かう人員を考えているため、そこにどのような立場の者か来るのか場合によってはそちらにも気を割く必要がでてくるのでルークの不安は残る。
「申し訳ないルーク、無理を言うことになったね」
「まあいいよ、どうせ、どこかからの横やりでしょ」
レティは、王位継承順は低いものの現国王の妹にあたる、だがもっぱら祭事などには関わらず国の経済や生活、外交に携わる実務を自ら望んで行っている。彼女は本来そうした活動をする必要はないのだが10年前、14歳のときから形としてだけ与えらた立場だけ与えられた役目を意外にも精力的にこなし王国でも一角の存在と今ではなっているのだ。
地球表層〈偽なる大地〉つまり地上より召喚される者たちの責任者として地上の情勢や文化をレオール王国に取り入れたり、大国含めた周辺国の情報を集めたりしている。
レオール王国のみに関わる話ではないが国に住み、ともすれば無視されがちな市井の声を聞き、可能な範囲で応えようとし成果も挙げて生活水準の向上に貢献しているため民の人気が高い。実績もあるし魅惑的な黒い肌によく映える金髪、人を吸い込むような琥珀の目をした容姿でもあるので表舞台に出ないわりに一部熱狂的な支持者もいるくらいだ。
レオール王国のトップである国王としても何か事情でもあるのか、彼女の行動に口を出すことはしないし王の立場からしても国の政治には関わってこないため、ひいては成果を上げている彼女の存在は王族の好感度にもつながるため公私を超えない範囲での協力は行っている。
それでも――いくつか存在する既存組織、軍や官僚たちからは、王族とはいえ24歳の小娘が気まぐれで各々の分野にまで手を出してくるのは面白くないし、特定の個人が力を持ちすぎて自由に振る舞うようになればそれぞれの規律が崩れるようになるのを危惧しているため、彼女の諸々の活動は常に監視の目が入っている。
そのため彼女に対しては幾人もの外部から助っ人といった形で協力者が派遣されてくるのだ。
「そうだね、今回は
導力協会グル、レオール王国の導力技術発展を目的としたもので協会長を頭とし1-5等までの導術師が所属するもので地上でいう、公務員のようなものであり、
「ふーん……」
実はルークは
ルークが思案している間に時間がきたようだ、複数の足音が聞こえきて部屋がノックされる。
「レティ様、よろしいでしょうか」
低く、重い声、柔和や甘さといったものを感じさせない。
「構わない」
レティが入室を促し、部屋に入ってきた3人を見て誠司は眉をひそめる。
不快になったというわけではなく、意外にどの顔にも覚えがあったからなのだ――召喚されたときいた14,15くらいの黒髪に大きな黒髪をした不釣り合いな片眼鏡をした少女、今はルークのようなローブを身体で覆わせている。他には、赤い髪をした小動物を思わされる童顔の、俗に言って可愛い顔をしている痩身の剣士、彼は誠司に圧倒されたのかそのときに飛び掛かってこなかった。
そして騎士団長といった立場であり、誠司に倒されたハンス・ブロン・ネイビーという名前の男がいた。銀のざんばら髪に髭を蓄えた彫りの深い顔立ちに誠司ほどではないが立派な体格をしている。180cmのルークよりやや上くらいの上背に重厚な動きをしそうな筋肉に覆われている。それにくわえ日々の鍛錬によりしなやかでスキのない足取りでもある。
ハンスは、誠司に気付くと一瞥しただけで自分を一蹴した男でありながら傍目には表情からは気にしていない様子でレティに挨拶する。
「レティ様、大変お待たせして申し訳ございません」
「いや定刻通りだ、卿が気にする必要はない」
形式とはいえいかなるときもお互いの立場からくる社交辞令は必要なのだ。レティは仮にも王族でありハンスは王族を守護するという大義名分が由来の王国騎士団テンペストに属している、そのため内心はともかくとして立場上、軽々しく接していいわけではない。
レティとしてもこのような場合は王族としてへりくだったり愛想よく振る舞うわけにもいかないため、事務的な無機質なしゃべり方となる。
「今度の〈アリオンザード〉行きに卿けいも同行するとは聞いてはいなかったが……
「いえ、
「ほう……挨拶かね?」
「はっ」
うやうやしく頭を下げるハンス。
初耳であるといった風を装うがレティには何の件で訪れたか、は実は把握している、ハンス・ブロン・ネイビーは召喚された地上人になすすべもなく敗れた、という風評を気にしてか、この
ハンスは、騎士団としての立場からのレティの動向を探るという目的もあったのだろうが召喚された地上人の子供たちの教育にも時間を見つけては武芸を教えに来てくれていたのだ。そのためレティとの付き合いもそれなりにあるため礼儀として最後、顔を見せに来てくれたのだろう。
「取るに足らない些事でございますため、お気にされますように――、今回は彼らの訪問のいわばついででございます」
赤髪の青年と黒髪の少女にハンスが横目で見やる。
何故か、ルークは面白くない、といった表情で顔をしかめながら少女に視線を送る。少女は、意にも介さず平然とその視線をそよ風のように受けている。
「……ふむ、見知った顔ではあるが、諸君らが今回〈アリオンザード〉同行ということなのかな」
レティから発言を許されたため、赤髪の青年と黒髪の少女はそれぞれ答える。
「はっ、王国治安維持部隊デニールより第28部隊所属、副連隊長クロウ・ネーチャムであります、僭越ながらこのたび微力ではありますが〈アリオンザード〉行きに尽力させて頂きます」
赤髪の青年から規則正しい角度での一礼。小動物のような童顔をした、街にいる軽そうな青年ではあるが軍人であるためその所作に違和感はない。
王国治安維持部隊、いわばレオール王国の軍であり300を数える部隊で結成されており、1-50部隊は、その中でも生え抜きの指揮官将校で占められている。その中でも隊の副隊長をまだ20代中頃に見える赤髪の青年が務めているというのだ。
エリート中のエリートと呼んでも差し支えない。
クロウと名乗った青年に続いて少女が口を開く。
「
重々しい一礼ではないものの、クロウに負けず劣らずの優雅な一礼である。余裕さえも感じさせるゆったりとした一礼には品性を感じさせる。発せられる声は十代そのままの高さであるし見た目が小柄な少女のため、いささか大迎にも見えるが。
フランソワは導力協会、1-5等まである導力師、その一等を史上最年少で冠し現存では唯一の十代であるのだ。幼少期、たまたまレティに見出されて以来レティに好意的でない導力協会グルにおいても他を追随させない才覚を示しての結果である。
自信に満ちた表情のフランソワをレティは誰にも気付かれないほど一瞬だけ視線を送ると、了承したように頷く。
「王国治安維持部隊デニール、導力協会グル、それぞれの協力感謝する、こちらこそ未熟なればこそ至らぬ点は多いが、そこは是非、優秀な卿らの力を当てにさせてもらおう」
「はっ」
「ご期待に添えるように」
それぞれのやり方で一礼すると具体的な道程の話を明日することになり、屋敷でクロウもフランソワも〈アリオンザード〉に行くまで過ごすことになった。
うやうやしく一礼してクロウとフランソワが来客室を後にすると誠司とルーク、レティとハンスだけの4人だけが残される。
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