第16話 断れねぇな

講堂に集められていた子供たちに顔見せも終わり、王国の都市に用意されている自分の住まいに帰ろうとしていたところ、ルークに引きとめられる。




「ここには部屋も多し誠司の部屋も用意されてるし、すぐ帰らなくてもいいじゃん」




「もうお前の頼みはきいてやったろうが」




毎朝ルークが街の外れにある屋敷からそこまで近くもない誠司の住まいに足繁く通ってくるので屋敷の子供たちに会うことに嫌々折れたのだ。




「……そうだけど」




すぐ去ろうとしていたがルークがあまりに寂しそうな顔をするものなので誠司はそう早く帰らなくてもいいか、と考え直す。




(こいつの部屋、結構色んなモンあるしナ)




初めてレティに案内されたときに入ったルークの地上の娯楽品に囲まれた部屋を思い浮かべる。




「わーったよ、帰る前に、ちっとお前の部屋には寄ってやるよ」




「え……う、うん、分かった」




意外な返答に少し戸惑ったが、誠司が心変わりする前にルークは自室に先導する。








 ルークの部屋で誠司がパソコンやコンポ、生活家電を触ったり、本棚の本を物色したりしていると気付けば日が沈み始める時間になっていた。




 特に部屋に備えられている漫画に時間を取られたようだ――ルークの好みというより無節操に集められている漫画には日本のものもあり、ご丁寧に日本語で書かれていたりするため、漫画を読む習慣がない誠司も懐かしくなりパラパラとめくってみると続きが気になりついつい次を読んでしまう。




 どうもルークは、地上にいたときから日本のアニメや漫画が好きでそれが高じて、しゃべるのはできないし書くこともできないが読むことはなんとかおぼつかないながらもできるとのこと。




それだけではなく電化製品の持ち込み自体は別だが電気の供給に関しては彼自身が導力と科学の知識も交ぜて駆使して行っているらしい。




 見た目に似合わず器用なやつだ、と少々ぽっちゃりしている身体をしているが芸達者であるルークを素直にすごいと誠司は思う。実際誠司がこの世界の街に出ても明かりを照らしたり、暖冬の機能の導力技術などは目にしたがルークがこしらえた部屋ほどのものにはお目にはかからなかった。




だからといって本人を前に賞賛したりは誠司はしない。








 瀬尾子が好き勝手に部屋をあさっている間、意外にもお互いの会話は二言三言、たまに起こるぐらいであった。元々誠司は口数が多い方ではないがルークももしかしたらこうした状況で話しかけたりするのは得意ではないのかもしれない。




毎朝会いに来るほど誠司に執着していたルークは今はパソコンの前で一心不乱に何かを打ち込んでいる。




ふと気になり画面をルークの後ろから覗き込むとワードやエクセルで表や図をいくつも作成していた。




さすがに気になる誠司。




「何してんよ?」




耳に入っていないのかルークは食い入るように画面に見入ったままだ。




誠司はルークの横面に軽くデコピンする。




「――ッ、な、なに?」




ようやく誠司に気付くルーク、手でぼんやり赤くなった額を抑える。




「何してんだ、それ」




「ああ、今度行く場所の簡単なまとめとか作っているんだよ」




〈真なる世界〉、この世界に召喚された者でないとできない導力を使った生活の手伝いや人間に敵対している獣――俗にいえばモンスタ――を退治したりがルークたちの仕事である。




 生活の手伝いとは、都市に電気を行き届かせるようにしたり人の生活から出る廃棄物などを処分、諸々多岐に渡る。そしてモンスタ――退治、言ってしまえば地上におけるただの動物なのだが〈真なる世界〉の生態系は独自に進化を遂げているため、魔獣と言えるほど地上のそれとは比較できない脅威となっている。




 大きさであっても象などのサイズの肉食獣が平気で少し都市を出れば遭遇するそうだし、導力も使えるため周辺国も頭を悩ませる問題なのだ。導力は生物の意思をトリガーとするため動物であっても使用でき、人より導力への耐性があるため規模も大きく力を振るう、救いは複雑な仕組みなどは理解できないからルークのように雷を起こしたり、あるいは災害のようなものは起こせないことくらいだ。






 モンスター退治に関しては〈真なる世界〉の人間でも訓練を受けている者などはできるが、何しろ魔獣は、導力を大規模の範囲で使ってくるため、対抗するには導力の使用に大きな耐性を持つ地上人の方が向いているわけだ。




 ただそれだけではなく――この世界の住人がわざわざ危険な魔獣の処理をやりたがる者がいないということも手伝う。




 報酬も良く待遇も良いが召喚されてきた地上人はどこか体のいい便利屋なのだ、地上人だけでなく元々は同じように身寄りも少なく幼少期から召喚された者でさえも成長して国での地位を得ると当時の自分たちと同じ召喚者たちを地上人と同じように扱うので始末に負えない。もちろん、全ての人間がそうであるわけではないが成長するにつれ元地上人といえるほどに〈真なる世界〉の住人となるのだ。












 いくつもの思惑が絡んでいる地上人の扱いではあるが、ただひたすらに16の少年がプロ意識を持って任された仕事をこなそうとしている。




 同じ年頃の子たちと比較すると大層立派なことではあるのだろうが誠司にはそれが自然なこととは思えないし、美しいとも思わない。自身の暴力と諍いに彩られた青春期も決して健全ではなかったが、それでもあくまで不良という枠組みの中で子供らしく、不平や不満を発散させていたのだ。




 それに対してルークは背伸びをした子供が大人の真似事をしている、それだけ――だ。








そんなことを考えながらふと、頭に浮かんだことをルークに尋ねる。




「お前は、講堂での話を聞かねーのか」




 屋敷に入った先でレティが何か説明をしていた講堂には何十人か召喚された地上人がいた。




講堂でいた子供たちとルークの年はそう違わない、こんな自室で引き籠もらずにあそこに混じっていてもおかしくないはずだ。




「だってもう知ってることだし」




ルークは二年前までは他の召喚された地上人たちと同じ机に並んでいたが、レティから地上人のまとめ役として一つの組織を任されてからは、講義などに参加しなくてもよくなった。




 第一、今回のレティのオリエンテーションは、今度のルークが任された仕事について肌で体感させるためのものであり、そのため十分内容は把握している。




それに説明するのはレティであってもオリエンテーションの資料は実際に現場で動くルークが年齢関係なく理解しやすいように作成したものなのだ。




「そうかよ」




 そう言いながら上着の胸ポケットに入れている赤マルボロを取り出しながら、適当に街で手に入れた携帯灰皿のようなものを使い遠慮せずにルークの至近距離で誠司は一服。正確には赤を基調とした鉄製の物体で〈真なる世界〉では導力を効率よく使うための宝石をいれておくものであるのだがおあつらえ向きだったため携帯灰皿にした。




 煙草の煙を肺に入れながら、レティは誠司に〈真なる世界〉のあれこれを知ってもらうためにルークを紹介したことを思い出す。そもそも地上人には通常、自由に毎朝誠司を訪ねて街を一緒に時間を過ごすことすら本来自由にはできないはずだ。




 他の者とは違い成人している性格も扱いずらい人間を任せるくらいだから、どういった立場かは分からないが特別扱いされるだけの信頼と能力があるのだろう。さすがに20余年生きてきたため自他ともに御しやすい人間でないことを誠司は理解している。




 一服する誠治から吐かれる白い煙を見ながらルークは抗議するわけでもなくパソコンのキーボードを打ち込む手を止めぼんやり見ている。




「煙草ってなにがいいの?」




 地上でもルークの周りで喫煙するものはいなかったし、この世界でも煙草やそれに類似したものは高価な嗜好品のためあまりお目にかかったことがないので興味がわいたのだ。




 身体に悪い、匂いは臭いしで一見するとルークからしてみれば喫煙する理由が分からない。




「あん?」




 喫煙者でないと分からないだろうが、煙草を美味しいと感じることもあるが一番は吸わないと落ち着かなくなる、といった理由が最も煙草を嗜む者に多いのではないだろうか。




 ただ完全に習慣となっているため、これといって答える理由があるわけでもないので面と向かって言われると答えに困る。




「……何がいいんだろうナ?」




うまく答えられず誠司は左手で煙草を吸いながら右手で煙草を取り出し箱の底を小指で添えて小さく振り器用に一本飛ぶ出させてパソコンを置いた上質な木製の机に座るルークに向ける。




「やってみるかよ?」




 興味があるのだろう、静かに頷くルーク。向けられた一本をおぼつかない手つきで抜き出し、見よう見まねで誠司のように左手の人差し指と中指の間に挟む。形は整ったもののどこか困ったように首を振りながら目線を周囲に送る。




 その様子から火を探していることを察した誠司が火をイメージして導力で指の先に小火を灯す。




「口にくわえて火が付いたら、深呼吸するように煙を吸ってみろ」




「――ん」




誠司はルークが煙草をくわえたところで指からともした小火を煙草の先端に付ける。




「――ッ、ごほっ、ごほっ!」




案の定、煙を勢いよく吸い込んだことでルークの肺は初めての異物感に拒絶反応をしめし、大きくむせる。




煙も目にしみたせいか目尻に涙を浮かべる。




もう結構、とばかりに口から煙草を左手の人差し指と中指で挟み取り出す。




「こんなの……苦しいだけじゃん、全然わかんないよ」




初めての喫煙は苦いだけであったようである、ルークが二度と吸うかと決意したところで扉の外から規則正しいリズムでノック音が聞こえる。




「ルーク、ちょっと入ってもいいかい」




「レティ?いいよ、勝手に入って」




入室してパソコンの前でルークが火を付いた煙草を携えているのを見てレティはとがめるような視線を誠司に送る。




「……ルークはまだ16なんだけどね、いい社会勉強をしてくれたみたいだね」




 もちろんただの皮肉である。希少であり、〈真なる世界〉では地上の煙草など触れるのもむずかしいためこの世界では禁止などされていないが、十分身体に毒であると知っているレティはさすがにまだ16の少年が喫煙することに当然感心などしない。




「これもいい経験だぜ?」




 話の流れとはいえ未成年への喫煙推奨した誠司は悪びれない。




「経験、というか二度と吸いたくないね」




ルークはげんなりといった様子で興味本位で煙草を吸ったことを後悔している、左手に煙草をまだ持ったまま、火が付いたままのため少しずつ灰になっていってるため誠治が取り上げ、携帯灰皿に放り込む。




「それがいいだろうね」




「そうだよね――、ところでレティ、急にどうしたの?」




レティは用もないのにルークの部屋を訪れたりしないのでなにかあるのだろう。




「今度頼む仕事について急な変更があってさ、そのことで何人か訪ねてもくるから君にも同席してほしいんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る