第15話 かったりーな
屋敷に入ると、周囲を見回しても誰もいないため誠司はルークを見やるとルークはそのまま屋敷の二階に進むと大学の大教室のように何十人も収容できるような講堂の入り口に出た。
区切りのない長机に収納式の背もたれが並べられいくつもの段差がある。
仕方なくルークに従って進むと講堂は当初物静かな空気であったが皆がルークに視線を移し、続いて誠司に視線がうつると一斉に騒々しいものになる。
(あの人が例の?)
(へぇ)
(うそ!?うそ!?ちょーイケメン……)
(でかいしなんだか怖くね、、)
誠司にいくつものざわめきと視線が集中する。
うっとうしい視線を感じてルークが自分とのいざこざを物語にして子供たちにつらつら話したんだろう、と誠司は勝手に決めつける。
だが実は、今回の注目に関しては誠治にこそ原因がある。
実際、190cmに迫る肩幅の広い体躯に加えて、言動としかめ面で声を大にして面と向かってはあまり言われないが、大陸の騎馬民族を思わせるような精悍で鼻筋通った顔立ちをしているため、そんな人間は地上にいたときから街を歩くだけでも男女問わず注目を集めていたものだ。
それに加えて恰好も今は、白いワイシャツに黒いチノパンに白のストライプのジャケットを着てブーツを履いている。
、ファッションに関してはヨーロッパの中世然としている〈真なる世界〉では珍しいことも手伝う。
「レティ、オリエンテーション中ごめんよ。」
ルークは講堂の最奥、にある大きな黒板の前で教鞭のようなもの持ちながらフレームのない眼鏡をしているレティに声をかける。
白衣のようなものに身を包み華美だが品のある出で立ちは、金髪の褐色の肌によく映える。
レティは、召喚した子供たちの教師のようなこともしているらしい。
「おや、ルーク。セイジを連れてこれたんだね」
講義を中断されたレティに批判の色はない。
気のせいかもしれないがどこか面白がっているようにも見える。
「ああ、また泣かれたらたまらんからな」
誠司の意地の悪い言い方に講堂にいるいくつもの目はルークに集中する。
よく見ると下は12歳ほど上もルークと同じか少し上くらいの子供ばかりだ。
ルークが形としては彼らのリーダーとなっていると知っているからこその意地悪でもある。
とりあえず二日分ほど付き合わされて疲れさせられた意趣返しはしておく。
「そうだね、あれはなかなか困るよね」
意図を察したレティも悪ノリする。常に役割を演じているような空虚感を感じさせる、ユーモアが欠如しているように思われる彼女にしては珍しい反応だ。
「はぁ?セイジに、レティも何を言ってるんだよ、僕は泣いてなんかないぞ!」
必死の弁明、だがそれはかえって周囲の疑念を強くする。
「そうだな、お前は泣いていない。……そうしときゃあいいか?」
「だから違う――っっ!」
いつのまにか周りの視線は、疑念のものから同情のものへと変わっていた。
一人騒ぐルークを無視してレティは手に持っていた教鞭のようなものを立てかけると誠司を手招きする。
「セイジ、良かったら彼らに自己紹介してもらってもいいかい」
遅かれ早かれいつかは顔を合わすことになる、誠治と同じように召喚されてきた子たちを前に衆人の目に晒されるのは柄ではないが観念したように思い足取りでレティの隣に立つ。
「橘誠司だ、セイジと呼べ」
愛想も愛嬌もない抑揚もない短い一言。
それだけ言うとそそくさと部屋を出ていこうとする。
何を言うかと、好奇の目をしながら反応を期待していた講堂の子たちは頭に疑問符を浮かべて取り残される。
同じくセイジが何を言ったか聞こえはしたがそのまま場を去ろうとする誠司をルークが慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと、セイジ、それだけ? 」
講堂を出ようとする足を止めてわずらわしそうな視線を誠治はルークに送る。
「あ?悪いかよ」
ただでさえ見知らぬ子供たちの前に立つなどと億劫なことをした、誠司としてはもう役目は果たしたつもりなのだ。
「もっとさぁ、、あ!ならセイジがみんなの質問を受けるってのはどう!?」
名案が浮かんだといった顔でなんとか誠司への妥協案を提案するルーク。
さながら突然別れ話を切り出された男女がすがりつくように考え直してもらうため引き留めようとする姿のようだ。
何を言ってやがる、そう答えようとする前にレティが賛成の意見を述べる。
「いいね、それ。それじゃあセイジに聞きたいことがある子はいるかな」
いっせいに何本もの手が上がり、レティはその中の少女に呼びかけセイジへの質問を促す。
「あ、あの、雷を身体に受けたって聞いたんですけど身体は大丈夫なんですか」
少女は、誠司の気を損ねないように恐る恐る言葉を発する。
ここはレティが役者というべきか、帰ろうとしたところをいつのまにかレティのペースにはめられてしまい、質問を答えざるを得ない状況にされてしまう誠司。
「……」
小動物のように怯えながら切り出した少女を見ていると意地を張ってすぐに帰るほどでもない、と誠司は溜息をつながら答える。
「大したことはねーよ、ちとピリッとしただけだ」
「ピリッ、ですか……」
相変わらず素っ気ない誠治の返答だが場をざわつかせるには十分だった。
「ハンス先生を壁にのめりこましったてのは本当なんですか――」
ルークよりやや上か、それでもまだ20にも満たないだろう青年からの質問。
先生と呼称がついていたことと聞き慣れない名前に誠治は、視線を宙に浮かせるが壁にのめりこまたといった情報から召喚された時、自身が文字通り壁にのめりこませたざんばら髪のヒゲ男だと思い当たる。
「あ――、あいつか、生きてんの、あいつ」
多少は身体が頑丈そうだから死にそうにないと人間離れした誠司の力で壁にたたきつけたのだ、だがもしかしたら打ちどころが悪かったのかもしれない。
質問をした青年はそれには答えず、誠司の反応を肯定と受け取って唖然とする。
「……凄い、な」
途方に暮れる青年、周りにも驚きの波長が広がるが青年とは違い興味は次に移り質問の嵐が誠治に飛び交う。
「導力には慣れました?」
「地上にいたときに彼女はいたんですかぁ、もしかして結婚してたり……?」
「どんな娘がタイプなんですか、有り無しだと年下とかありですか!?」
「これからは一緒に屋敷で暮らすんですか!?」
「どうやったらそんなに強くなれるんですか!?」
それぞれが好き勝手に誠司が答えるより前に矢継ぎ早に聞いてくる、強面の誠治に対して対面なら怖気づくのだろうが今の彼ら彼女らはまるでエサに群がるひな鳥だ。
「……」
身体には毒ではあるのは周知だが無性にニコチンが欲しくなる。
まずは一服したい、ところかまわず喫煙する誠治だが下は10代になるかならないかのような子供も混じっている場ではさすがに煙草を吸わない分別はある。
そのため誠治のうっぷんは溜まる一方なのでとりあえず、近くにいるルークの頭を一発叩いて解消する。
「いたっ、急になにすんだよ、暴力男!」
突然の暴行にルークは非難の目を向けるが誠司は特に意を介さない。
ルークの当然の非難は無視して誠司は、もう十分だろ、と言いたげに薄目でじろり、とレティを見る。
さすがに収拾がつかなくなってきていることもあるので、苦笑しながら頷くとレティは場を仕切るために両手でパン、パンと二拍子する。
取り立てて大きい音ではなかったがレティの行為に皆、騒ぐのを止める。
子供ばかりではあるがレティには一応従うらしい。
ようやく静かになった子供たちに対してレティが口を開く。
「みんな、そんなにどんどん質問していったら誠司も困ってしまうよ。聞きたいことがあるならこれからまた自分で聞きなさい。」
自分一人では近寄りがたい雰囲気がある誠司に気軽に話しかけになどいけない、周りの子たちはレティの言葉とはいえ残念そうに顔をうつむける。
ただそんな気持ちを察してか、一つだけレティは皆からされたいくつも質問の中からひとつを悪戯を思いついた少女のように褐色の肌から白い歯を見せながら誠司に聞く。
「ところで、誠治、地上に彼女はいたのかい」
〈はぁ?、なんだいきなりこの女〉
ようやく周りが落ち着いたと思ったら、急に話を振られた誠司はあっけにとられる。
「別にいねぇよ」
その返答に子供たち、主に女の子の黄色い歓声が上がる。
ようやく収まったと思っていたのにこの有様、あまりの騒音にルークは両目を塞ぎながら耳を抑える。
その質問には特に答えたくないわけではないので誠司はあっさり答えるが、ただこの場で自分が答えたらまたやかましくなる、と思っていたので嫌だったのだ。
基本的に女性と長続きはしない誠治だが、端正なルックスとただ愛想がない受け答えがミステリアスに思われるのとその不器用さに庇護欲をくすぐるためか、女性が切れることはない。
召喚される前の一月前までは実際、友人の紹介で出会った女性とも2か月ほど付き合っていた、ただその女性も今までと同じ理由で別れている。
別に誠司は聖人でもなんでもない性的指向は普通の成人男性のため、夜のお供に一夜限りの相手を求めて街に出ることもある。
ただ特定の人間と付き合っている間は意外にも他には手を出さない。
だがどうも愛情表現を直接あらわさないタイプなので女性がそれに不安を感じたり疑ったり寂しくなるらしく腰が引けたりして皆、離れていくのだ。
仲のいい友人曰く、お前は人を本当に好きなったことはないんだよ、とのこと。
ただそんな高説をのたまう当人が結婚してからもハプニングバーの会員にこっそりなったりしているので誠司としても真面目に受け取ってはいない。
また騒がしくなった場をレティはさきほどと同じように両手で二拍子すると立てかけていた教鞭を手に取る。
「さぁ、満足しただろう。それでは明日の説明に戻るよ」
実はレティが恋人の有無を聞いたのは誠司の色恋沙汰に興味があったわけではない。
その問いをすればどう答えても場が盛り上がり子供たちも少しは誠司を知れたことに充足して自然に授業に戻れるし、なにより誠治が地上に恋人を残していたりすれば今後の行動に影響を与えかねないため、いずれは知っておきたかったからだ。
ただ表向きは、いないと答えても実は恋人か、そうでなくとも別の何か大事な心残りがあるのかもしれない。
まだ熱気冷めやまぬ空気ではあったが、今度はスムーズに子供たちも目の前の黒板に向き直る。
新参者への興味は尽きぬが一度熱気が臨界点に達したためいい区切りになったようだ。
誠司はルークを連れ入ったときと同じように入口から静かに退出する。
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