第14話 遠い記憶

薄暗い部屋の一室、小さな外灯が一つ部屋の真ん中に置かれながら微量の光を放つ。




室内は思いのほか、何人も収容できるほど広い。








 建物の表向きの管理者でも知らない方法で地下に備えられたこの部屋は、よほど世の中に知られては都合が悪い話をするときのみに所有者によって用意される。




その証拠に部屋の上の階層には何の変哲もない酒場が開かれ、それぞれの日々の疲れを発散するような夜の喧騒に包まれている。




 あえてそんな店を建物の入り口に用意することに少しでも目をそらさそうとする意図が隠れ見える。




木を隠すなら森だというべき発想なのだろうか。第三者からみるとどこまでも大仰で馬鹿々々しいが当人たちからすればどこまでも大真面目なのだ。








  この場所の所有者もどんな会合が行われるかは知らない、ただ求められたときのみ条件を満たした顧客に開放しているだけなのだ。ただの商売人である所有者からしてもわざわざ知りたいとも思わない、口には出さないが商売人である所有者からしたらなんにせよどうせろくでもないことだと考えているからだ。




そしてその推測は、的を得ている、




地球の地下中枢に存在する〈真なる世界〉、地上である〈偽なる大地〉どちらでもこんな日もあたらないじめじめしているような陰湿な場所で話されることなど古代からろくでもないものなのだ。








 だが質が悪いことにその場所で会合している者たちにはそれが非常に重要なことであると信じている。




その場の中心人物ではないがまとめ役である〈真なる世界〉のライン共和国の反社会的組織〈黒犬〉構成員の男が念押しする。




「それでは諸君、段取りとしては今説明した通りだ。だがあくまで今回の件、一番大事なことは忘れるなよ」




神妙な顔をして頷く面々。




男を認めているわけはないがそれぞれが異議を唱える話でもない。




一人だけ喜劇にもならない、出来の悪い演目を見るような目でそのやり取りを静観していた男が口を開く。




茶色の髪を短く切りそろられ、琥珀の目は刀傷のように細い。




「要は、成功することではなく、失敗したときに余計なことを漏らすなということだろ」




水をさされたように感じる男は、非好意的な目を茶髪の男に向けながら口には肯定の意見を発する。




ただ一言付け加えるのは忘れない。




「その通り、だが始める前から失敗のことを考えるのは感心しないな。成功すれば諸君らには働きに見合った報酬が用意されている。是非それを掴みとってほしい」




先ほどの自分の発言などを無視し今度は成功の話をちらつかせる。








うさんくさい限りだがその場にいるものたちは茶髪の男以外が肉食獣の目を光らせる。




「話はわかったからこれで終わりでいいな」




茶髪の男はいつまでも馬鹿げたお遊戯会に付き合う気はないため早々に場を後にする。




薄暗い場所のため、周りには見えないが苦虫をつぶしたような表情の〈黒犬〉構成員の男は内心毒づく。




事が終われば茶色の男をどうするかは、各方面で結論が出ている。出自からも扱いに困る存在である彼は、時機がくれば人生にさよならを告げることになっている。




それはあくまで現時点では男のみ知っていることである。




(根無し草の浮浪者が、報酬に目がくらみせいぜい最後まで浮かれているがいい)












誠司とルークの対決より後――――




誠司はともかくルークの消耗は大きいものではあったため、身体が快方するまでは屋敷で静養するようになっていた。




どれくらいになるかは分からないが医者の診断から数日で大丈夫だろうと、レティは誠治に伝える。




 その間に今後の誠司の待遇について、またレティ達住まうレオール王国についても詳しく教えるいい機会だと判断する。








 二人は、屋敷の一室で様々な話を煮詰める。




 まずは衣食住の話から、基本的にはルークたちと同じ屋敷で生活を希望するが誠司自身の意思を尊重するため王国の都市にも住まいを用意させることになった。




 食事に関しては屋敷であれば三食全て用意するが、特に強要はしない。




もちろんこの世界においても金がなければ自分で食事もままならず生活にもことかくため、十分生活に枷がかからないように貴族ほどとは言わないが一般労働階級の毎月の賃金の5倍ほどであるレオール国での通貨を毎月支給することで合意。




 その際にこの世界の貴族も誠司たちの地上と同じように爵位でもあるのか聞いてみたところ、レティ曰く貴族制がない共和国を除き各国共通で爵位ではなく王族、貴族と分けられているのみで家名の大きさはその名前で判断するらしい。




分かりずらい仕組みに思えたが皆がそれを不便に感じてもいないため取り立てて問題になることもないそうである。ちなみにその家名で武門の家柄、官僚の家柄などと分かるようになっていらしい。








 例えばレティの名前、レティ・レオール・クローディア・オルセウス三世、などは先祖のミドルネームが入っているがまず名前にそのようなものがついている時点で貴族とわかるようになっており、レオールの名を冠することから王族でもあることが分かるようになっている。




「現在の国王の一応年の離れた妹になるね。とはいっても女子であるから王位継承順は低いし母親の出自も大したことがないからお姫様ってほどのものじゃないけどね」とはレティの言である。




この国では女子の継承順は男子に劣るようだ。




ちなみに召喚されたとき、誠治が一撃でのした王国一の騎士という触れ込みであったひげをはやしたざんばら髪の髭を生やした男はハンス・ブロン・ネイビー。由緒正しい武家の一族、ブロン家出身らしい。












 衣服に関しても食事と同じように好みもあるだろうから誠司自身で王国を散策しながら十分な金は用意しているから選んでもらうことに決まった。




 とりあえずはズタズタのスーツからルークのものを適当に拝借して着替えているがサイズも違うし、趣向も合わないため誠司としてはいつまでも着ていたくない。




世界的児童小説にでてくる魔法使いみたいでぶっちゃけダサイ、誠司としては今の自分を鏡で見る気は全く起きない。




それはともかく衣食住や待遇の話をしていきながら、


よほどの悪待遇でないかぎりは気にすることもなかったし、自分の思っていたよりも、いたせり尽くせりだったため彼としても文句一つ無かった。




 ただ思い入れのあるものであったブランド、地上のブランドのスーツだけは機会があれば弁償させることは念押ししておいた。




「いいか、適当に同じものを見繕えばいいわけじゃねぇからな。ちゃんと俺のサイズで仕上げなきゃ意味ねぇんだよ」




「それなら君のスーツを仕立てたところで同じものを作らせるよ」




「おう」




馴染みの店を教えたところで〈真なる世界〉にいるレティが用意できるとは思えないが、召喚したが帰ることはできません、とは誠司は考えていない。




おそらく地上〈偽なる世界〉にも何人かこちらの人間をレティは派遣しているはずだ。








最後に誠司が気にしたのは、自身の嗜好品でもある煙草だ。




〈真なる世界〉にも似たものはあるらしいがどうもいつからか地上から持ち込まれてからこの世界の金持ちたちに地上の煙草がこっそり人気であるため、用意も問題ないとのこと。




幸いメジャーな銘柄であるため赤マルボロもちゃんとあるそうだ。




それに関しては早速4カートンほどレティが用意してくれていた。いや




レティは喫煙者ではないが誠司の吸っている姿から想像がついたのだろう、なかなか侮れない。












「セイジ、今日は屋敷に来てよ。みんなセイジに会いたがってるよ」




 三日間寝込みはしたもののもうすっかり元気を取り戻したルークは快復してから連日、王都にある誠司の住まいに訪れていた。毎朝、大きくはないが小奇麗な家にノックが聞こえればルークが立っている。




 この家を訪れる者自体、ルーク以外はいないため訪問者が彼であることは一目瞭然ではある。




毎朝ルークを一瞥するとにべもなくドアを閉めるがなかなかルークはしつこく引き下がらないためここ二日ほど彼に付き合って王国の探索に付き合わされている。




 それでも屋敷に寄ること自体は最後の一線とばかりに拒否しているのだ。




(ガキ一人でこの始末、これがまだまだいるなんて考えたくねぇ……)




 レティとの話し合いが終わってからの誠司は、やることがないから暇か、というと意外にそうではない。




何だかんだいっても彼はこの世界の新参者、気が向けば歴史も知ってはおきたいがそこにいたるよりまずこの世界の文化であったり地理を知っておく必要がある。




 ただ街をぶらつき食事するたけでも発見なのだ。ルークに付き合わされ色々案内されるのも勉強にはなるのだが終始やかましい。




ルークのことが嫌いではないのだが限りなく面倒なのだ。




 地上にいたころも誠司は、ルークによく似た知り合いににもよく付きまとわれたものだ、今となってはかなり昔のことのように感じて懐かしい気持ちも沸き起こるときがある。








――(おぉい、セイジィ、またぁ一人でカッコつけて黄昏てんのかぁ。)――


  (あぁ、なんだよ、トオルくん。いつも俺ンとこきてさぁ、同じ年タメのヨウイチくんとかコウジたちとツルめばいんじゃんか)


  (んぁ、あいつらはいーんじゃあ、おめーはすぐワシが見とらなぁ、すぐ喧嘩だぁ、なんだぁモメンからのぅ)


  (はぁ?、なんだよ、それ。保護者なんかいらねーヨ。それに広島にいたときねーのにその話し方ってオカシーって)




今よりもずっと幼い頃の橘誠司は、視線をいくばくか自分より低い身長のよく先輩風を吹かす少年に視線を合わせて笑う。先輩風の少年も同世代では背が高いが誠司がやや身長タッパがありすぎるのだ。




幼少期から尋常ではない喧嘩の強さと本人の他を寄せ付けづらい性格から常に仏頂面でいる橘誠司とは思えないほどに屈託のない年相応の可愛い笑顔だ。




誠司がこんな顔を向ける相手は数少ない。


昔の橘誠司少年は、10歳で米国から日本に来てからずっと独りでいた。




そんななか、そんなことはおかまいなしにズカズカとこちらの心に入り込んでくる、お節介な、ちょっとデリカシーはない、一つ年上の似非広島弁を使うちょっとぽっちゃりの大きい目をした先輩が大好きだった。




  (んにゃぁ、わしゃぁ親父が広島じゃけぇ、DNAに広島が組み込まれとんじゃぁ)


(おじさん、ンなしゃべり方しねーじゃん。それにそんな風に話すようになったの去年くらいからじゃねー?)


ちょっと小バカにしたように誠司少年は、トオルと呼んだ少年を笑いながらあげつらう。




  (そうだったかのぅ、どうでもいーんじゃぁんなことはのぅ)


からかわれたことなど気にした様子など全く無くトオルは少々わざとらしく豪快風に笑う。


  (ったくよー、それ漫画か映画の影響だろー?)




呆れながらもトオルにつられて誠司は笑う。


本当にトオルという少年のことが誠司は大好きだったのだ……。








 誠司が面倒に感じてもルークをバッサリと突き放せないのはトオルという少年にルークが似ていることも関係しているのだろう。




「わーったよ。しゃーねぇな」




「うわ!ほんと、言ったね?いまさらやっぱダリィとか無しだよ」




ほんの短い付き合いで誠司の人となりを見抜いたルークは釘をさす。




「うるせえ、さっさと行かねえとマジでいかねぇぞ」




「わ、わ、ま、待ってよ!」




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