第13話 見え始めた思惑
「どうやら決着はついたようだね」
よもすれば大惨事になると思っていたレティは、二人のやりとりを見守りルークの屈託のない笑顔を見て胸をなでおろす。
「あ、レティ。いたんだ」
ルークはレティの存在に今気付く。
よほど集中していたのだろう、その様子にレティは思わず苦笑する。
「そりゃあね、でなければこんな場所、誰が用意するんだい」
「あーそれもそうか」
「それでセイジ、これからどうするんだい?」
ここでレティが押さえなくてはならないのはルークの身体の安否よりも常識外の力を持つ誠司の動向だ。
頭をかきながら誠司はめんどくさそうにルークを指さしながら答える。
今後のことなど何も考えていなかったのかもしれない。
「そうだな、まぁ退屈はしなさそうだから、お前の狙い通りこいつに付き合ってやるさ」
「そう、助かるよ」
正直誠司がどう動くかは全くわからなかったがとりあえずは協力してくれるようだ。
「それにしても誠司、身体は大丈夫なのかい」
ルークの身体も導力を使いすぎなのは心配だが外傷はない、直接雷を食らっている誠司に関しては見た目からは分からないが大事ないのだろうか。
「ピリピリはするけどな、まぁ平気だな」
ピリピリ、という軽い表現にレティは呆れる。
「まるで君は、魔人ルドゥだな」
「なんだそりゃ」
「え、なにそれ?やっぱり人間じゃないの?セイジ」
いたっ、とりあえずルークの頭を小突く誠司。
「ルーク、〈真なる世界〉の数ある国を2200年ほど前に統一した〈降魔王シャカハン〉のことは学んだだろう?」
「うん、、確か〈シィチゥ〉って名前の国だったよね。レティの先祖でもあるよね」
「私たちのレオール王国だけではなく、ヴォルト帝国や他の国々もその流れを汲んでいるけどね」
レティたち住まう〈真なる世界〉は現在、12の国が治めている。
国力比でいうと全体でヴォルト帝国4ライン共和国2レオール王国1の三すくみに他9か国が加わった形である。ちなみに他の大国の二国に国力で劣るレティたちのレオール王国は外交に力を入れ周辺の小国とのつながりが強い。
現状はそうだが、過去2200年程前は、〈シィチゥ〉なる国が世界を統一しておりその立役者が降魔王シャカハンと呼ばれる人物とのこと。
この世界に、降り立ったシアンなる人物を〈真なる世界〉の言葉で地上から降りた言葉として〈降魔王〉と呼んだらしい。
ちなみに表向きは、ライン共和国を除く全ての国が過去全てを統一したとされるシイチゥ国の後継であるとする正統性を主張している。
だからといって2000年以上前の国の後継を主張していてもその意味は今の時代、ほとんどない。
「そしてこの世界を統一した降魔王シャカハンが地上人であるとは知っていたかい」
「そういう説があるのは知ってたけどそうなの?」
目を丸くするルーク。
導力だけではこの世界の歴史についてもルークはある程度学んでいる、降魔王シャカハンが地上人という説があるというのは出自不明であることから唱えられたよた話と思っていたのだ。
「いたずらに広げる話でもないし、地上人がこの世界の統一者だと恰好がつかないため、今となっては多少ぼかされてはいるけど、王家に伝わる書物からも間違いないだろうね。おそらくヴォルト帝国の主たる重鎮たちも皆知っているだろうね」
「でもそれがセイジをその魔人ルドゥって呼ぶのと何の関係があるの?」
「〈
「当時から地上を人召喚する技術はあったんだぁ」
話よりもついその当時の召喚技術に思いを走らせるルーク。
それを無視はせずにレティは、律儀に答える。
「今ほどの技術はないし、今よりよほど大規模でそれこそ国を挙げての一大儀式だったらしいけどね。そのわりに対象の特定もできないし成果もほとんどなかったようだけどね。
地上の人が宇宙に上がろうとするのと同じかな、この世界の人たちも地上の存在を知り何があるか知りたかったのかもね」
ついつい脱線しそうになる話だがレティは話を降魔王シャカハンなる人物に戻す。
今より2200年前、当時の情勢では小国に過ぎなかった後の統一国〈シィチゥ〉に名前を変える前のハルン国が、〈降魔王〉シアンを召喚したとき、その場にいたものは皆狼狽したという。
シアンは、身の丈2mになる大男でその身を包んでいた鎧はあらゆる場所が痛んでおり、手に携えていた剣をかたどっていたであろう鉄の塊は半壊していた、なによりその身はその場の者をおびえさすほどに鮮血に染まっていたそうだ。
その双眸も荒々しい光を放ち、髪はざんばらにのびきりどちらも漆黒に染まっていたようだ。
数十人の規模で召喚した者たちは、自分たちが何を呼んだか、わからなかった。それまでは老若男女問わず身なりもバラバラだが血に染まった人間などいなかったからだ。
「その異様な様子に召喚した者たちは、恐怖からか何なのかは分からないけれど、愚かにもシアンに対して数十人からなる雷を放ったそうだ」
大昔の話ではあるものの、レティの口調はどこか突き放したようなものである。
それが事実なら到底、信じられないことである。
類い稀なるセンスを持つとはいえルーク一人が起こす擬似的な雷とは、技術の差があるとはいえ数十人からなる雷は比較すらできない。
自然発生する雷に近いほどの威力のはずだ。
「え、え、いくらなんでも僕のとは違うよ。いくら技術が伴っていなくてもそれだけの人数からならひとたまりもないよ」
興味がなさそうに話を聞いていた誠治もぴくりと眉を寄せる。
「さすがに〈
この世界に呼ばれたばかりの彼は言葉もわからなかったそうだから余計混乱もしたんだろうね。」
そしてレティは一旦言葉を区切る。
「だが彼が魔人ルドゥと呼ばれる所以はここからだ。」
「さすがの大男も観念したか、と皆が雷を止め、シアンに近づいていくと彼は何事もなかったかのように、突如立ち上がり、近寄ってきた者を掴むと、地面に投げ飛ばした。その者は首があらぬ方向に曲がり絶命していたらしい。それを皮切りにシアンは素手のみでその場にいた人間の半数を殺してしまい、残りの半数はその威容に気付けば平伏していた、と記録には残されていたんだ」
レティの幼少期にあてがわられていた部屋には〈降魔王シャカハン〉以外の人についても記された書物がしきつめられていた。
だがシアンの他とは全く違う暴力性とそれに相反するような親しいものへの情け深さ、そのどこか矛盾した魔人と呼ばれながらも人間臭いところに惹かれずにはいられなかったものだ。
(シアンってどんな人だったんだろう、会ってみたかったな)
レティも幼少期にはよくそんな風に子供心を輝かせていたのだ。
「それで魔人ルドゥ、なんだね。でも確かに誠司に似てるね」
フン、つまらなそうに魔人ルドゥなる人物と比較された張本人は鼻を鳴らす。
「なんだそりゃ、どれだけ盛ってんだよ。そんな大昔のこと、誰にもわかりゃしねーだろ」
レティもまるまる信じてはいなのだろう、誠司に同意する。
「まあそうだね。脚色されてるだろうし話半分くらいに思うべきだね。でも雷に打たれても平気な君と被ってね」
「……〈降魔王シャカハン〉シアンか。しかしよくそんな地上の野蛮人が王様とはよく皆従ったな」
召喚されてからの自分の行いは棚に上げて、誠司はシアンを野蛮人と断じる。
シアンの人間離れした話よりもそんな男が地上人でありながら一国の王だけでなく、世界すらも統一できたのか、そちらの方が誠司にはひっかかる。
「あーそれは僕にも分かるよ。救世の剣クラヴィスでしょ。」
心当たりがあってルークは口を挟む。
「お前ら、俺は一応ここにきたばかりってこと忘れるなよ?」
また新しい単語が出やがった、文句を言う誠司をよそにレティは微笑みながら続ける。
「そうだね、セイジ。でもこれは説明しておいた方がいいから聞いてもらえるかな」
〈真なる世界〉地球、地下中枢に位置するこの世界にも大小様々な宗教が地上と同じように存在するが、
最も大きな宗教、アリシア教――その教えにより数千年前よりこの世界に伝わるおとぎ話がある。
楽園に住まう、子たち。我が子たち。この世界を生み出しし女神アリシアのすべての子たちよ
アリシアは願う。貴方たちがこれからも永遠に健やかに暮らせることを、苦しむこともなく楽園が栄えることを。
アリシアは祈る。世界に眠る救世の
おとぎ話ではいずれ救世の
その教えがいくつも形を変えはしてはいても根本は救世の
〈真なる世界〉に住まう者は地上人でない限りは国問わず、幼いときからその教えが刷り込まれているらしい。
〈降魔王シャカハン〉シアンは、救世の
その剣はシアン以外ではあまりの重さにふるうこともできず、常に導力をつかっているかのような負荷がかかるためシアン以外では触ることもためらわれたそうだ。
本人の化物のような強さにおとぎ話の伝説までぶらさげられては、当時の人々はただ畏怖し従属するしかなったようだ。
しかし何を思ったかシアンは没前、一度だけその剣を携えて従者も付けず南の森に赴いている。
(いきなり竜やら伝説の剣やらと、唐突にファンタジーの世界だな、2000年も前の話だから地上と同じで摩訶不思議な要素を入れていてもわざわざ誰も突っ込まないか)
レティの説明を冷ややかに聞きながら誠司は口を出す。
「で、その救世の
「シアンならばそんなものがなくても統一していたかもしれないほど、強かったから関係はなかったかもしれないけどね」
〈真なる世界〉統一という偉業の理由は救世の
「フン、さぞ大層なものだな。その救世の
そんないつの時代のものかもしれない遺物、さぞ錆びて使い物にならないだろう、どんな力があったかもしらないが誠司は真面目に考えるのも馬鹿らしくなる。
「さあ?」
それまで長々と説明していたレティも興味がなさそうに短く答える。
「さあって、てめぇ…、説明した方がってお前が言ってただろ」
何のための長い話だったんだ、誠司は眉間に皺を寄せる。
「それはそういったおとぎ話があってこの世界の人はそれが意識下にあるよ。ってことだけさ。
その剣でシアンが世界を統一はしても何かおとぎ話のように世界をどうこうした、とは歴史書にもないし具体的にはどんな力があるかもいろんな説はあるけど結局のところ、何もわからないんだよ」
「なんだ、そりゃあ」
漏れ出る息と共に力が抜ける誠司。
その様子を見ながら知っていることであったため、わざわざ口を出さなかったルークはここにきて我慢できない、といったようにレティを伺いながら口を開こうともぞもぞする。
その様子にレティは小さく頷く。
満を持してルークがレティの代わりに話す。
「その意識下ってのが大きいことなんだよ、セイジ、そんなおとぎ話があるせいでこの世界最大の力を持つヴォルト帝国の皇帝でさえも召喚された地上人が2000年間誰も扱えなかった救世の
世界を救う言い伝えがあるから是非とも皇帝になってほしい、こう言ったかは知らないがそんなガラクタを携えただけの異邦人に禅譲するなんて正気ではない。
誠司のいた地上でも過去多くの王や皇帝なりの権力者が占い師や預言者といったうろんな輩に付け込まれ好き放題された例はあるが、さすがに皇帝にまでなったなどという話は聞いたことがない。
その皇帝は気でも狂っているのか、それとも何か思惑でもあるのか、誠司は半ば呆れる。
「意味が分からん、第一そんな昔のガラクタ。今でも使えんのか」
ルークはそれには答えず話を続ける。
「うーん、見た目は、ホント剣というより鉄の塊だけどね。大昔すぎて真偽は誰にもわからないから、もしかしたら偽物かもしれない。
でも大事なのは偽物であれなんであれ、この世界最大勢力のヴォルト帝国、その皇帝はレオナルド・S・スペクターという名前の地上人であるということ。おそらくセイジにもどこかで今後関わってくるとは思うよ」
「興味がない」
皇帝になりたかったか、なって欲しいと懇願されたかはしらないが、それを平気で引き受けれるような人間とはお近づきにはなりたくない。
「でも二人の境遇は似ているんだよ、彼はセイジと同じ成人していながら呼ばれた召喚者なんだ!レオナルドはセイジより全然年上だけどこのタイミングでの召喚に、僕は何かを感じるよ」
成人されて召喚された規格外の二人の男、片方はおとぎ話の剣を携え片方はその人間外の力を実感したばかりだ。この二人はどんな化学反応を見せてくれるのだろう、ルークは胸の高鳴りを感じる。
勝手に感じていてくれ。当人を無視してなにか勝手にワクワクしながら目を輝かせているルークはさておき、同じように成人してから呼ばれたといった点に誠司は興味を抱く、それにこのタイミングとはどういう意味なのか。
「フン、それでそのレオナルドってのは皇帝になって何がしたいんだ?」
「それは――」
ルークが興奮しながら答える前にレティがそれを制して先に答える。
「それを調べてもらうのもセイジやルークにお願いすることの一つでもある。ヴォルト帝国 神聖皇帝レオナルド・S・スペクター。彼の行方は、現在不明だ。皇帝が変わってもヴォルト帝国の脅威は依然変わらない。死んではいないだろうが何か狙いがあってのことかもしれない。君たちには、地上人ならではの活動に加えて無理をしない範囲でそのあたりも探っていってほしい」
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