第12話 決着

小規模とはいえ人の身で雷を起こしたルークへの負荷は途轍もなく大きい。




導力ナーガを限界まで使用するというのは、身体の何かを持っていかれるというべきか、立つことさえままならないほど身体への疲労感が襲う。




疲労であればすぐ回復するというものではない、身体の免疫なども落ち病気にもなり、ひどい場合だと導力中毒症、導力ナーガを使用していなくても使用しているときの疲労感が常につきまとう症状になる。




そうなってしまうと、病気と同じで安静にして身体の機能不全が快方に向かうのを待つしかない。




その状態では導力ナーガを使用しようにもマッチほどの火をかろうじておこしたりといった小さなものしかできなくなるからだ。この世界の生物、全てにも言えることだ。








だからこそこの世界の大小問わず動物も野生の環境でのその状態になってしまうと文字通り死を意味するためよほどのことがない限りは許容範囲での導力を使うにとどめるように本能で分かっている。








 ルークはこのまま地面に意識を預けてしまいたいほどの限界ではあったが、それをしてはいけないと彼の何かが訴えているため、ただ誠司へ視線を送るだけだ。




誠司のスーツは雷であらゆる場所がズタズタに切り裂かれており、般若の顔でこちらへ徐々に近付いている。








自分のできることは出し切った―――




誠司のダメージはいかほどか分からない。そんなことはもうどうでもいい。




一人の男が全力を求められ、それに応えた。




よもすれば満足したともいえるルークの表情は疲労困憊の身体とは違い清々しいものだ。




あとは敗者としてのルールを守るだけだ。




それまでは意識など失ってはならない。




それではけじめがつかない。




表情を見るに誠司の怒りはすさまじい。その怒りは歩み寄ってくる誠司の空間が歪んでいるようにさえ見える。大気が震え恐れおののいているようだ。




当然だ、誠司なら死にはしないと思ってはいたが、それでも人間が雷の直撃を受けたのだ。




この国一の騎士を素手で倒し、自分を軽くあしらった誠司の力、それをルークが今度は受け止める番だ。








「てめぇえ、、」




さきほどから何度も同じ台詞を吐く誠司。




その歩みはルークへゆっくりではあるが歩を止めない。




そして二人の距離が数メートルといったほどになったとき、ある意味観念しているルークと固唾を飲みながら見守るレティを驚愕させることが起きる。








ぶわっっ、突風が二人の顔を殴る。




いきなり竜巻でも起きたかのような風が起きたのだ。




何事か、全く分からない。




一瞬の砂塵を含めた突風に目を細め、ルークが次に目を見開いた時には目の前から誠司が消えていた。




一体何処に――その答えは、痛みとともにルークは数瞬後知ることになる。




「スーツがおしゃかじゃねーかっ!」




いつの間にかルークの背後にいた誠司は大きく手をジャンケンのパーのようにしてルークに、正確には




ルークのお尻に対して振りかぶる。




パァッァァアアン、快音が轟く。








「んんーーっーーーーーーーーーーーっー」




言葉にもならない呻き、体験したことのない衝撃、ルークの身体は、前方に2,3メートル飛んだ。








「!っっ――!!」


今まで受けた身体的接触をどれよりもはるかに大きく上回るダメージを受けた少年は、声にもならない叫びをあげて飛び宙が世界が逆さまになるものを感じる。






身体を襲う衝撃、雷に打たれるという人生初めての体験、何度もしたいものではない。




だが誠司の頭に浮かんでいたのはその激痛をもたらした少年への怒り、ではなくン十万もしたブランドのスーツをズタズタにされたことに対する怒りだった―――




気合を入れてりゃ身体はなんとかなるが、スーツはそうはいかない。もちろん普通は雷に打たれたら十分身体もただではないが、誠司は自分の身体の頑強さを長年の経験からよく知っている。


それに並みの修羅場をくぐってきていない〈喧嘩道化〉総長は、スタンガンや電気ムチなどといった攻撃を受けたこともあるので電気の攻撃が初めてといったわけではなかったのだ。






(思い入れもある、気に入っていたオーダーメイドだぞ、このヤロゥ)




誠司以外には普通およそ理解できない理屈だが誠治を激怒させていたのはそこだったのだ。




ルークを焚きつけたのは誠司である、だがお痛をした子供は躾けなくてはならない。




古今東西、子供への折檻はお尻ペンペンと決まっている。




そうと決めたら火をつけるのと同じようにもしかしたら風を起こせるのではないか、と思い大きく一歩を力を込めて踏み出すと突風が誠司の身体を運んでくれた。




(理屈はわからんが、めちゃくちゃだなぁ、だが悪くねぇ)








当初いた場所より2,3メートル飛ばされたルークは苦痛に顔を歪めながらうずくまっている。




目尻には涙さえ浮かべている。




誠司は今度は静かにルークに歩み寄る。




そしてルークの前にヤンキー座り、俗にうんこ座りともいわれる――すると声をかける。




「小僧…満足したかよ?」




何と言われたか耳には入っても頭には入らないルークは言葉を発さず苦痛の顔で誠司を見つめる。




「ふぅ、、、まだやるかよ?」




今度ははっきり分かったようで人間扇風機さながら顔を振る。








誠司は立ち上がるとルークを片手で引っ張り上げ立てらしてやる。




身長差から自然と誠司を見上げる形になるルーク。




痛みが引いてきたのか表情は落ち着きを取り戻し涙をぬぐう。




「ならルーク、わかっているな?」




小さく頷きルークは答える。








「うん、僕の負けだよ。もう出せるものはなにもない、……なんでも君の言う通りにするよ」




敗者のケジメ、元々負けたら誠司の言うことを一つ聞くと条件をもらって始めた対決だ。




そこは、勝負の鉄則、そこを歪めることは誰がではない、誰もが許されない。




「よし、なら今から言うことをよく聞け。今後は俺をおっさん――じゃなくセイジと呼べ」




それだけ?、ルークは拍子抜けして大きな青い目をさらに見開く。




「あ?不満なのか?これでもまだ若いつもりなんでな」




誠司は怪訝な目をルークに向ける。




20代後半にさしかかったばかりの誠司は十分若い部類だし、ルークの誠司へのおっさん呼ばわりは敵意をもった侮蔑の呼び方であるだけで本当にそう思っているわけでもないのだが、誠司は変なところを気にしていたようだ












肩に入っていた力が抜けてルークは年齢相応の可愛らしい笑みを浮かべる。その姿に遠い知り合いを思い出しながらセイジは少し目を細める。




「ううん、文句なんかないよ、分かった。セイジ――、これでいい?」




「おう、てめぇは変にスカした態度よりもいつもそうやってる方がよほどらしいわ。」




(スカした態度か、、今までよっぽど僕は勘違いしていたみたいだ)






面と向かって言われるとつらにくさを感じないこともないが今ならどれだけ自分が肩ひじを張っていたのかよく分かる。




「セイジ、一つ聞いてもいい?」




どうしても聞きたい気持ちが抑えられず、誠司に対する警戒心もなくなったことでルークは素直に尋ねる。




「あ?なんだ」




「僕の雷、どうだった?」




ルークの全力、誠司にはどうだったんだろう、ルークの好奇心が顔を出す。




「あーみりゃ分かるだろ。ン十万もしたスーツがズタズタだよ、このヤロー」




思い出したように自分のあらゆる場所が裂けているスーツに視線をやり誠司は、不機嫌になる。




「そ、それはゴメン、ってそうじゃなくてさ!」




あらぬ方向に話が飛びそうになるのをルークは軌道修正する。




そんなルークを見て何を聞きたいのか誠司は察する。










煙草に指で火を付けると静かに答える。


「退屈ではなかったな」




その身に雷を受けてそれだけ。




よく見ると裂けた部分から見える誠司の身体には多少、焼けているように見えるだけだ。




信じられない、という思いよりどこか納得するルーク。




初めて転ばされた時から人間じゃないと思ってたけどやっぱり人間じゃないんじゃないかな、そう思うとどこからともなく笑いが込みだす。




「なんだ、てめぇいきなり。ラリってんのか?」




不審な目をルークに向ける誠司。




(適わない―――適うわけない、こんな人間かどうかも分からない奴)


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