ローファと宮薙
「嘘だろ、なんでここにいるんだあのババア…」
「本当だよ…」
同刻、店の隅に席を陣取る男二人は、見知った女を見つけて同時に嘆き崩れる。隠れるように席に戻った二人は、レベッカと同じくヴァーグリードの専属騎士であるローファと、咬谷の努める八丸技研の整備部に属する宮薙である。荒れた社会を生きる二人の若き戦士は、仕事の合間にこうして酒を飲みながら愚痴をこぼし合うのが癒しの一つでもあった。そんな癒しである酒場を苦手な女上司をみつけた途端にどんよりとした空気を漂わせる。
「………」
互いに腕を組み、沈黙する。トイレにでも立つと同じ店にいることが知られてしまうようなこの危機的状況を切り出す作戦を、もんもんと頭の中で考えているのだ。
「よし、見つかる前に早めに切り上げて二軒目行くか」
「そうだな。そうと決まればはやく平らげてしまおうぜ」
宮薙の提案に、ローファは頷く。テーブルの上にずらりと並んだ肉料理を二人は目にも止まらぬ速さで次々と口へ放り込んだ。
「なあ、つーかレベッカさんのなにが不満なんだよ」
「ん?」
唐揚げを二つ口に頬張り、ビールで流し込んでいるローファは宮薙の問いに首をかしげる。
「あんなに綺麗で頭の良さそうな上司の何が不満なんだって話」
「あのなあ…お前、あのババアの怖さを知らないだろ」
ローファはため息をつき、慣れない手つきで持つ箸を宮薙に向ける。
「だいたいレベッカは世話焼きすぎるんだよ。いつまでも俺を子供あつかいして、仕事にしつこくチャチャを入れやがる」
「…なぜかレベッカさんだと羨ましく聞こえるな…」
「なんでだよ」
宮薙の恨めしそうな視線を受けながらローファはさらにビールを煽った。
「…宮薙は咬谷さんのどこが嫌なんだよ」
「咬谷先輩はなあ…」
宮薙は一息つくとYシャツの胸ポケットから取り出した青いパッケージの煙草を一本取り出し、慣れた手つきで火をつける。そしてローファにも一本、ライターと共に差し出した。
ローファは礼を言い、宮薙が発する言葉に耳を傾ける。
「仕事中にうちの部署に来てなにかとベタベタしてくるのが嫌」
「そっちこそ自慢じゃねえか」
「自慢な訳ねえだろ」
二人同時に白く濁った煙をため息のように吐き出した。疲れた脳にニコチンが隅々まで染み渡るのがなんとも心地良い。
「レベッカは、俺の手の甲を灰皿代わりにすんだよ」
「俺が煙草を貸さなかったら咬谷先輩にローキックされた。しかもケツ」
「………」
「お互い、苦労してんだな」
「そうだな……」
目を合わせ、店に入る前よりも濃くなった気がする隈に二人して憐れみを感じるのだった。
「よし、そろそろ行くか。セクハラババアに気づかれないように」
そう言い宮薙が腰をあげた瞬間、ぬっと黒い影が顔を覆う。
「ふはは。誰がババアだって?」
「聞こえているぞ、君たち」
見知った顔と声の主である女上司二人に席を囲まれ、男二人は時が止まったように凍りつく。
まさかの、さっきまで悪態をついていた女上司が目の前に佇んでいるのだ。嘘だろ、という言葉も口にできないまま、酒で熱った頬がひやびやと冷めていくのがわかった。
女二人はそんな彼らを獲物を見つけた狼のように、しかしどこか思春期の可憐な少女のような笑みでにやにやと見つめている。
「…………あの、」
「座れ座れ、まだまだ夜は長いぞ」
すでにほろ酔い気分の陽気なレベッカに肩を掴まれ無理やり席に戻された宮薙とローファ。
青ざめる彼らとは真逆に、頬を赤く染めた咬谷とレベッカは、どかどかと遠慮なしに二人の座席に座った。
「…さて、ババアがなんだって?話の続きを聞こうじゃないか」
「……………すみませんでした………」
咬谷の憎たらしい笑みに、宮薙とローファは引き攣った顔でテーブルに額を擦り付ける。
数年しか年が変わらないのになぜこんなにも威圧的な笑みを浮かべることができるのか。
二人が顔を上げる頃には並々と注がれたビールが用意されていた。
女上司二人が加わった隅の席で、若き部下たちの夜は更けていくのだった。
〈終わり〉
うちよそ2 日泣 @hinaki00
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