世に悪役令嬢のありしこと
「うーあー」
コテンと寝そべって吐息を一つ。
あの後。港町のテロ事件の後、私はめっちゃ怒られました。主にカッホとクロノス殿に。水霊の鎮圧はなって。ついでに私は王宮と騎士団から勲一等貰ったんですけど、それはそれとして我が身を省みず危ないことをしたわけで。
「お嬢様!」
「カノン!」
「聞き飽きましたよ~。しょうがないじゃないですか。あの時対応できるのが私しかいなかったんですから」
そゆことで。王宮も私の戦術価値には一目置いてくださるよう。たしかにその気になれば一都市くらいは消し去れるんですけど。魔法ってどれだけヤバいのか……。
「お姉様……お姉様……! 今回のお話も面白かったです!」
クオリア殿下は眼をキラキラ。ちなみに編集に催促されて次の出版はカーミラに決めました。ことさら思念を誘導する気は無かったんですけど、乙女に於いては思うところもあるらしく。乙女艦隊の皆様方はバイブルのようにかき抱き。たしかにちょっと禁断の恋って惹かれますよね。さすがに殿下に手を出すと問答無用で極刑になりそうですけど。
そんなわけで寝そべって現実逃避。
「カノン」
「まだ何か?」
「マジで危ないことは止めてくれ」
「いや。貴方が言いますか」
「俺は良いんだ。騎士だから」
「いや。私の不幸を誰より望んでいるでしょう?」
「投げっぱなしジャーマン!」
「うわお」
ちなみにカッホが受け止めてくれました。
「お嬢様ももう少し何とかなりませんか?」
「例えば?」
「クロノス閣下の想いとか」
「?????」
「いえ。差し出口です」
いや本気で分からないんですけど。
「あとお茶」
「緑茶でよろしいでしょうか?」
「ええ。ありがとうございます」
湯飲みで構えて喫茶します。ああ。幸せ。
「で、結局テロの概要は?」
「隣国の陰謀……と」
「帝国ね」
そこら辺の地理感覚はようとわからんのですけど?
「それなのにテロリストと戦ったので?」
「というか向こうの方が私に用があって」
津波被害を防ぐ私が心底邪魔でしたのでしょう。
「ということは帝国は……」
「ええ。お嬢様を警戒対象に……」
「え? そんなことになるの?」
流石にソレは聞いていません。
「お姉様の闇魔法は素晴らしいので……!」
悪役令嬢の面目躍如。
「結局カノンは何者よ?」
オリビア殿下は不機嫌そう。何かしましたか?
「どこにでもいる乙女ですよ」
「そんな奴がテロを防ぐの?」
「適材適所で」
その場に居合わせなければさすがの私もどうしようもないわけで。
「殿下の政治思慮の方が大切だと存じますが?」
「クロノス閣下もそう思う?」
「政治判断の有無が助かるのは事実だな」
どこか素っ気ない口調。
「っ!」
だから何で私を睨むんです。恋敵であるまいし。
「嫌われ者にだって心はあるのさ」
そんなわけで嫌われ者のバラードなんか弾いてみたり。六弦琴でね。
「またお前はそうやって」
「好きな曲なんですけど」
「いや。良い曲なんだが皮肉に聞こえて」
「怪獣って概念がつまり人と隔絶しており」
「お前だってのか?」
「だって嫌われてるでしょ? 怪獣にだってクオリアはあるのさ」
「その自己否定をまず止めろ」
「令嬢としてはマズいですか」
「というか俺にとってマズいんだが……」
「カッホ。意味を新約してください」
「わたくしめからはとても」
なんなんでしょう?
「そんなこんなで――」
六弦琴をかき鳴らしていると、
「あの」
同じ学友。女子生徒がこっちに話しかけ。たしかに勇気要りますよね。ここにはクロノス閣下とクオリア殿下ならびにオリビア殿下がいらっしゃる。
「なにか?」
「ベルナシオン様」
私に用事? この三人ではなく。
「私たちのお茶会に参じて貰えませんか?」
「何故私……?」
さすがに裏を勘ぐる。
「英雄譚を聞きたいですわ」
「えーと」
「なんでも王室から勲章を貰ったとか。その冴え渡る魔法によって……ですよね?」
然程のモノでもないのですけど……。
「なんだかなぁ」
琴を弾きながら空を見上げる。
「いいんじゃないか?」
とは閣下の言。
――何が?
「ここからちょっとずつ社交界に復帰していけ」
「あまりそういうのは……ちょっと……」
悪役令嬢に社交界って頑強な死亡フラグなんですけど。お茶会も。
「あー、考えておきます」
「色よい返事を期待しております」
涼風のような笑みを浮かべて学友は去って行きまして。
「私は少し好意的に?」
「とっくに見られてるぞ」
ジト目のクロノス殿。
「うーん」
「信じられないか?」
「あんまりそういうことには縁が無いので」
「お前が今更ソレを言うか」
たしかに覆水盆に返らず。
「自然にコツコツ過ごせれば良かったんですけど」
「帝国からも注目されてるぞ」
「暗殺対象?」
「あとは皇妃候補とかな」
「……正気で?」
「多分お前よりはずっと」
ソレこそどういう意味でしょう?
「仮に言い寄られたらどうするんだ?」
「前の何とか伯爵みたいな」
「アレもそうだが」
「どうなんでしょうね?」
我が事と捉えられないというか。恋愛ってもうちょっと私には幻想なんですよね。
「まず正当で素敵な男性が私に惚れるはずありませんし」
お茶を飲みつつ卑下。
「ほう」
「ほう」
「はあ」
クロノス殿。オリビア殿下。カッホの順です。
「お姉様は私が幸せにします……」
「クオリア殿下は愛らしゅうございます」
頭を撫で撫で。
「にゃー」
懐く彼女の愛らしさ。
「こうなるとライバルがヤバいな」
「心中お察しします。クロノス閣下」
「閣下は……その……」
よく分からない三人の会話。
「クオリア殿下は次はどんな話が読みたいです?」
「禁断の恋!」
知識を掘り返せばありますけど。ハーレクインロマンスがお好きなようで。
「後はお姉様の恋心……!」
「……っ」
「……っ」
「いやあの、ご期待に添えず悪いんですけど語りませんよ?」
とっさに耳をそばだてるクロノス殿とオリビア殿下には掣肘を。
「クオリア殿下には愛しい異性はいないのですか?」
「みんな眼が卑しいです」
さすがに王家の血統。気に入られればそのまま覇王街道ですしね。眼がギラつくのはしょうがないかと。
「お姉様だけです……。私を素のまま見てくれるのは……」
だからって惚れじとも……。
「計算高い友情は懲り懲りですので……」
「それはわかります」
今の私には縁がない物でもあり。
「なのでお姉様……私のお茶会にも来てくれませんか……」
「いやぁ。そこでやらかした私が門を潜るのはどうかと」
「兄様は……まぁ」
デスヨネー。
「その婚約者も……まぁ」
デスヨネー。
さすがはカノンお嬢様。
「だから私が……払拭します……!」
「その熱量がどこから来るのか。カッホはどう思います?」
「お茶会くらいならよろしいかと。お嬢様は普遍的にそんなお立場ですし」
いや。今は男爵なんですけど。
なんとなーくちょっと認識とズレているような?
「次は危ない真似するなよ」
「クロノス殿がそれを仰いますか」
「殿を付けるな」
「?」
「呼び捨てろ。昔みたいに」
「…………クロノス?」
「それでいい」
赤らむ顔がちょっと印象的な。
「手首は大丈夫か?」
「感覚はないですけどね」
先の一件の後遺症だ。左手の手首から先が皮膚機能を失っている。
「ぐ……」
「貴方が負うべき責務じゃないですよ」
「お前を守れなかった……」
「そこは指差して『ざまぁwww』じゃないですか?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「幼い頃の幼馴染み?」
「……そうなんだが」
「むぅ」
そしてオリビア殿下の不機嫌面よ。
「とにかく生活は俺がサポートするぞ」
「え? 私の?」
「悪いか?」
「いやカッホがいますし」
「使用人は幾らいても困らんだろ」
「将軍閣下を――」
「クロノス」
「――クロノスを顎で使うのは」
「お前の手の感覚が戻るまでだ。その責任は俺に帰結する」
「学園での立場はどうするつもりで?」
「押し通る」
さすがの閣下だった。
「お前は……迷惑か……?」
そんな捨てられた子犬のような瞳で見つめないでくださいよ。
「――貴方! 私のモノになりなさい!」
「――ボク?」
そんな夢が幻視できました。
なんでしょうねホント?
悪役令嬢フェアリーテイル ~文学少女の文芸無双~ 揚羽常時 @fightmind
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