湿度を操る魔女

田村サブロウ

掌編小説

摂理に反する私益には、反動がついてまわる。


この法則はあらゆるジャンルの異能に共通する。


もちろん、魔術も含めて。






とある小さな公国の話。


公国は隣国との戦争が長期化していて、いささかまずい状態にあった。


その原因は、火薬の備蓄量にある。


隣国は潤沢な火薬資源を持つ一方、公国は火薬を輸入に頼るゆえに備蓄はお世辞にも多くない。


今でこそ戦力は拮抗しているが、これ以上の持久戦は敗北に続くのは明白。


どうしたものかと国の首脳陣が頭を悩ませていると。


軍の上役の一人が、ローブを着た怪しげな女を連れてきた。


なんでもその女が、戦況を逆転できる魔術を使えるというのだ。


「この魔女は、指定した場所の湿度を操る魔術を使えるらしい。この魔術を敵の火薬庫に使ってもらう。敵の火薬がすべて湿気で使い物にならなくなれば、わが公国の残りの火薬量でも敵を押し切れる」


軍の上役の言葉を、首脳陣は怪しく思った。


この魔女とやらがそんな術を使えるのなら、なぜ今まで黙っていた?


その問いに、軍の上役はこう答えた。


「なぜなら、魔女が魔術の対価として多額の金品を要求しているからだ。上申しても受け入れられないだろうと判断した。今回この魔女を連れてきたのは、他に戦況の打開策が見つかりそうにないからだ」


その言葉を聞いて、首脳陣は魔女にいきどおった。


国を守るための作戦に金品を要求するとはどういうことだ。お前には国を愛する気持ちは無いのか、と。


だが魔女の要求が覆ることは無く、他に良策も見つからなかったため、最終的に上層部は魔女と契約を結んだ。金品を対価として、魔女に湿気を操る魔術を使わせることとなった。


戦争の流れが、この一件によって変わった。


ここまで拮抗していた公国と隣国との戦力。それが、一気に公国の優位に傾いたのだ。


公国の火薬が尽きる前に、隣国の火薬が湿気って使い物にならなくなった。


湿気を操るという魔女の魔術は、たしかにその役目を果たしたのだ。


最終的に公国は、隣国との戦争に勝った。


戦争の勝利を祝おうと、祝賀会の準備が始まる。


そのさなか、魔女を連れてきた軍の上役はなぜか暗い顔をしていた。


「魔女が怒って帰ってしまった。首脳陣が約束を破って、魔術の対価となる金品を出さなかったからだ。嫌な予感がしてならない」


この先の未来を不安に思う軍の上役を、部下は心配しすぎだといたわった。


ところがその数日後、悪い予感は的中する。


魔女を連れてきた軍の上役をのぞく上層部の人間すべてが、一斉に干からびて死んでしまったのだ。


湿度を操る――その言葉の裏の意味から、軍の上役は魔女の犯行だと悟った。


同時に、上層部で自分だけが助かったわけを理解して戦慄した。


魔女にとって軍の上役はただひとりの例外だったからだ。彼だけは魔女に契約どおりの金品を渡していたのだ。


軍の上役は自分が魔女に粛清されなかったことに胸をなでおろした。同時に、魔女との契約を破ることの危険性を実例をもって学んだのだった。

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湿度を操る魔女 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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