第2話かくあるべしのパラノイア
「大丈夫かトキオカ?ていうかお前生きていて疲れない?大丈夫?」
テーゼ、かっこつけてテーゼなどと書いたがテーマでもいい。俺はだいたいの事のテーマはわかるが答えを出せる気がしない。というか、テーマを立てることで答えに一歩近づき、答えのようなものを得たとしても、それは偏った人生の主観観測上の偏見と思い込み、苦虫を噛み潰すかのようにして自分が諦めてしまった地点での思い出と過去でしかない事を俺は知っている。希望というのは常に未知の中にあるのであり、答えとはすなわち絶望、逆説的に絶望を並べれば即ちそれが種々の答えとなると言っても過言ではない。希望は語り得ない。抽象的な話になってしまっているが人生ってやつはヘイトでファッキンで腐ってるに決まっている。
ドベシッ
「トキオカ、てめー人が心配してやってるのに無視すんなよ。お前次の授業体育だぞ。なんで社会の教科書読んでんだよ」
俺を体操袋で殴ってきた山田次郎が机に立てていた社会の教科書を取り上げる。もう体育の時間か、遅れてしまう。
「熱心に何書いてんだよトキオカ?ノートがお前の青春と同じくらいに真っ黒じゃないか。明らかに社会の内容じゃないぞ。気持ち悪い」
衝立にしていた社会の教科書が取り払われてしまったからには俺の厨二妄想全開の小説ともつかぬ書き物が読まれてしまうのも致し方ない。あわてないあわてない。俺は一休法師。ポクポクポク、チーン。
「何をいう山田次郎。社会というのはだいたい真っ黒だ。即ち真っ黒なものは社会だ。社会などというものはシニフィアンによる便宜上の構造体であり、さらにそれを内面的に解釈する超自我と折半した、心理学上の解釈では作られた認知に過ぎない。つまり俺の感覚を書いたものもそのまま社会と言って差し支えがないであろう」
山田次郎が俺のことをゴミを見るような目で見ているが気にしてはいけない。高尚なる人間の論理を下々の人間はわからないのである。俺はテーマと答えの間で茶を濁す必要性だけはようく心得ていた。書き物の設定上の中身は大人だから酒のなかに濁してもいい。
「いや、確かに俺は社会について考えているぞ。本当だぞ山田次郎。俺はこの小説を通して社会についていけなかったものの悲哀について描くつもりだ。保守的な観念に縛られたまま時代の移り変わりの早さについていけず、旧来のライフモデルの中で生きることを許されず、さりとて自己の更新もできず、発達した超自我の中で統合失調症を発症し、引き裂かれてしまった人間を描こうと思う。俺は小説で食う」
「トキオカが小説で食っていくのは無理じゃないか?お前の小説、つまりは肥大化した自意識以外の中身はないじゃないか」
「失敬なヤツだな山田次郎。否定はしないが俺にどんな選択肢があるっていうんだ。年功序列のエスカレーターで昇進できるサラリーマンというのはファンタジーになったんだ。フリーターやら派遣社員なり契約社員に雇い方が変わったなら、レールにしがみつこうとして必死こくよりフリーランスの方がストレスなく生きられる。ストレスを強要する親には死んでもらう。というか、俺が人の下で雇われて生きることができない。うんざりするほど無理なんだ。だいたい俺の家の親父は工場勤務のブルーカラーでホワイトカラーのサラリーマンですらない。ライフモデルとしてどんな生き方にしろピンとこないのだよ。生活を愛することができないんだ。だのにあいつは正社員しか許さねえみたいなことを抜かしやがる。ロクに知的な文化資本も残しやがらない癖に、親から子供ってのは社会階層が引き継がれていくものだってことすら知らねえ。トンビが鷹でも産むと思っていやがる。こうなったら俺は文化的にグレてやる。中身のないものの中身をさぞ知性を使って語り切ったように誤魔化して、ろくろを回して生きてやる。小説家には小説家という社会があり、たんに社会人などという定義の社会人はこの世に存在しえぬものなのだ山田次郎」
俺はどこぞのCEOのインタビュー写真のように空気を捏ねながら一息に吐き出した。実際のところ俺はコミュ症なので、途中アッ、とかウッとかつっかかっていたかもしれない。
「お前の怨嗟と主張はわかったよトキオカ。だが現実をみろ。次の授業は陶芸じゃない。体育だ。テニスでペアになっているお前がいなければ俺は誰とペアになればいい?言いたくないが日陰者同士それなりにやる気を見せて体育の内申を良くしたい。俺は学力はからきしダメだからな。そういった俺の悩みに応えることも社会性であると俺は思うのだが?」
「あのよう山田次郎、テニスが多少出来たからってなんだっていうんだよ。将来テニスプレーヤーになる訳じゃないだろう。お前は俺とテニスをするぐらいなら壁打ちでもやってた方が上手くなるんじゃないかって気がするぞ。お前は体育もダメだろう」
「だからだよトキオカ。お前はサーブもレシーブも的確で打ちやすいからな。相手をしている俺の方も上手く見えるんだ。そもそも人がスポーツをやるのは上手い下手じゃない。ともかくサボろうなんて思わずに授業に出ろ。テニスは楽しいぞ」
「俺になんの得が?」
「得が?じゃねえよ高等遊民が。授業だから出るんだよ。小説家なら小説家としてあらゆる経験を小説のネタとダシにすればいいだろう。それが此処での現実だ。逃避をするんじゃない。体育の橋上に言いつけるぞ」
俺は山田次郎に引き摺られるようにしてしぶしぶ教室を後にした。
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