赤目の少女


連れ帰った少女は、暴れに暴れた。

縛っているにも関わらず逃げ出そうとする。あまりにも暴れるので、最終的にはアルフレッドが睨みをきかせて黙らせるという強硬手段に出た。


「アルフ、そんなに怖い顔をしてみせたらこの子も怯えるわ」

「大人しくさせるためだ」


そう言いながらアルフレッドはまだ少女を睨みつけている。少女はアルフレッドの視線から逃れようと、目線は床に向けていた。


「この子、何も話してくれないわね」

「言葉は通じているはずだが、答える気が無いようだな」


帰ってから何度かピベル王国の言葉で少女に話しかけてみた。しかし、この少女は無言を貫き通し、何も答えてくれない。


「ギル達はまだ村の跡地を捜索しているのかしら?」

「ああ、何か手がかりがないかと探しているんだろう」


隠れ家に戻った後、ギルとベンは手早く風呂に入るとすぐにまだ村の跡地へと向かった。先程の爆発音で誰か来ていないか、そして跡地に何か情報となるものがないか探すという。


この少女は何者なのか、そしてあの村とこの少女はエミリアの呪いと何か関係しているのか、今の所何一つ分かっていない。


(この子が何か話してくれるといいんだけど…)


集団自殺をするような者達の仲間だった少女だ。敵に捕まり情報を吐くくらいなら死を選ぶ、という思考かもしれない。身体検査はしたので手榴弾は持っていなさそうだが、まだ油断はできないので慎重に行くべきだ。


そんな事を考えながら少女を観察していた時だった。


『ぐぅううううう〜』


室内に腹の虫の音が響く。エミリアではないのでアルフレッドだろうか、そう思い彼の方を見るが首を横に振られた。それではこの少女だろうか、そう思い少女の方を見ると少女は顔をしかめていた。


「お腹が空いているの?」

「おい、あまり近寄るな」


少女に声をかけながらエミリアは少し近寄る。過保護なアルフレッドが制止するので、あまり近づくことはできない。


「…」


未だ無言を貫く少女にエミリアはある事を思いつき部屋を出た。


「どこに行く」

「すぐ戻るわ」


言葉通り、エミリアはすぐに戻った。手にはアルフレッドが作ってくれたスープの皿を持っている。


スープの匂いに少女は顔を上げる。

相当空腹なのだろう、赤い目は飢えていると訴えかけているようだった。


「エミー、俺がやる。お前は近づくな」

「あっ!」


アルフレッドかエミリアからスープの皿を取り上げてしまった。自分で少女の元へ持って行きたかったのに、と残念に思う。


手にスープの皿を持ったアルフレッドは少女に近づき話しかけている。このスープが飲みたければ、お前の事を話せと言っているが、少女はアルフレッドを睨みつけるだけだ。


「アルフ、それじゃ可哀想よ。お腹が空いているんだから、食べさせてあげましょう?」

「そんな甘いことを…」

「お願い。ね?」

「…」


アルフレッドはエミリアのお願いに弱い。ね?と言われて言葉を詰まらせている。そしてため息をつくと、少女に向かって話し始める。


『王女の優しさに感謝しろ』


その言葉に少女はエミリアをチラリと見る。しかし、ニコリと微笑むエミリアからすぐに視線を外してしまう。


そのまま少女は目の前に置かれたスープ皿とアルフレッドを交互に見る。変な薬が入っているのではないかと疑っているのかもしれない。


エミリアはスープのお皿に近づくと、お皿を持ち上げて自分で飲んでみせる。少しでも少女を安心させたいと思ったのだ。


「おい、離れろ」

「すぐ離れるわ」


すぐにアルフレッドは怒るので、エミリアは素早くスープ皿から離れた。すると少女はエミリアをじっと見つめると、そのままスープ皿に顔を近づけ飲み始める。


本当にお腹が空いていたのだろう。その後、少女はスープを五杯おかわりをした。アルフレッドは部屋とキッチンを往復する羽目になったので、少し不服そうだ。


少女のお腹が落ち着いた頃、ギルとベンも戻ってきた。


「なんだアルフ、お前手料理で少女を懐柔したのか」

「違う。エミーが食わせてやれと言ったから食わせたんだ」

「なるほどね〜」


うちの王女様優しいだろ?と、ギルは少女に話しかけるが、少女はやはりそっぽを向いて会話をしようとしない。


「何か情報を掴めたか?」

「これ、見つけたっす!」


アルフレッドの言葉に反応したのはベンだった。懐から石のついたネックレスのような物を出してアルフレッドに見せる。


「何かしら…?」


エミリアも近寄ってよく見ようとした時だった。甲高い声が部屋に響く。


『それを返せ!』


その声に全員少女の方を向く。言葉を発したのはこの少女だったのだ。


『これ、お前のなのか?』


ベンからネックレスを取ったギルが、ネックレスを揺らしながら少女に近づく。


『関係ない。返せ!』

『簡単には返せない』


ギルの返答に怒ったのか、少女は甲高い声で何かを叫んでいるがか聞き取れない。これはビベル王国の言葉ではないのだろうか。


「何て言ってるのかしら?」

「簡単に言うと、クソ野郎って言ってるっす!」


エミリアの疑問にベンがすぐに答える。どうやらビベル王国の言葉ではあるようだ。


「アルフや俺や王女様が聞きなれない言葉が混じってるが、何故だ?」

「多分古い言葉使ってるんだと思うっす。だって俺分かりますもん」


そう言うとベンは少女に話しかけた。


『女の子がそんな汚い言葉使っちゃダメだよ!』


その発言にギルとアルフレッドとエミリアは脱力する。確かにそうだが、今はそういう話ではない。


しかし、ベンの発言に効果があったようで、少女はピタリと口を閉じた。そしてマジマジとギルの顔を見ると、ゆっくりと口を開いた。


『お前…よく見たら赤目じゃないか。なんで敵国に居る』

『え? いちゃダメなの?』

『当たり前だ。祖の想いを忘れたのか』

『祖ってだれだっけ?』

『お前!それは…』


少女は口をピタリと閉じた。アルフレッドとギルとエミリアが居ることを思い出したようだ。


「ベン、お前もしかして記憶喪失とかになってないよな」

「隊長酷いっすよ!俺記憶なんて無くなってないっすよ!」


どうやらベンが知らない赤目の一族について、この少女は知っているようだ。


「ギル、ベンは拷問や誘導尋問の経験は?」

「ご察しの通りゼロだ」

「だよな…」


ベンに少女から情報を聞き出させるように指示しても、上手くできるかどうか怪しい所だろう。ベンは悪い子ではないのだが、頭はあまりよくないのだ。


少女はベンとネックレスをチラチラと見ている。あのネックレスは相当大事な物なのかもしれない。


「ベン、あのネックレスはどこで?」

「死体――じゃなくて、敵の遺品っす!」

「そうなの。それじゃあ、少女にとって親しい人の物だったのかしら」


エミリアは話しながらギルが持つネックレスに手を伸ばす。しかし、少女がまた声を上げる。


『触るな!』


その制止を無視してエミリアはギルからネックレスを受け取った。そして、そのまま少女の元へと向かう。


「おい」

「落ち着けアルフ」


アルフレッドがエミリアを止めようとするが、それをギルが止めてくれた。それをありがたく思いながら、エミリアは少女の前にしゃがみこむと、ネックレスを少女の首にかけた。


『えっ…』

『大事な物なんでしょ? だから、返すわ』


返してもらえるとは思ってなかった、そんな顔をしながら少女がエミリアを見つめる。


そんな少女にエミリアは笑いかけると、彼女にも分かるようにビベル王国の言葉でアルフレッド達に指示を出す。


『一旦王宮へ帰りましょう。調べたい事もあるわ。もちろん、この少女も連れて帰る』


アルフレッド達は頷く。その様子を少女は何とも言えないような顔をしながら見つめていた。



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戦場の夜叉と恋するエミー 七瀬ひまり @himariii

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