言って良いこと悪いこと
長月瓦礫
言って良いこと悪いこと
「考えてみればさ〜、この人別に推しでも何でもないんだよね〜」
「は?」
さかさかと線を描きながら、そんなことを呟いた。絵が色づき、形となっていく。
黒髪に癖がつき、目に光が宿る。
名前も知らないキャラクターでも、制作過程を見るのはおもしろい。
お互いに時間が空いたので、適当に通話しながらそれぞれ作業していた。
俺は締め切り間近の小説、コイツは誕生日プレゼント代わりのイラストだ。
何でも毎年描いているとのことで、今年も記念日を祝うべくイラストを描いているらしい。
その考えは分かる。絵描きでなくても、記念日を自分なりにお祝いしたいと思うのは誰だって同じだろう。
「とりあえず、ショートケーキはいっぱい食べさせたいよね〜」と、塔みたいなバカでかいケーキをテーブルの上に真っ先に配置したところから始まったのだ。
「……好きだからソイツ、描いてるんじゃないの?」
俺は噛み砕くように言葉を返す。
日本語が理解できない。
「いや、箱推しだからそういうのないんだよ」
ペン先は弾丸のように線を引き、形作る。
服を描き、その流れで手に移る。
コイツ曰く、作品そのものが好きなようで、強いて言えば作者推しらしい。
特にこれといってお気に入りのキャラクターもいないので、ファン同士との会話に苦労するようだ。
じゃあ、何でこの人を描いているんだ。
てか、その一言で大戦争が起きるの、分かった上で言ってんのか?
「だって、あなた知らないでしょ。この作品。
別によくね?
あーっと、これはどっちがいいかなー……」
今は本人が持っているバラの色で悩んでいる。
まあ、ハマるときは本当にハマるのは知っている。突然態度が豹変し、それ以外のことが考えられなくなるのだ。
気がつけば上の空、考えていることは分かる奴以外は分からない。ただの不気味な人と化す。
本当に分かりやすい。
「じゃあ、好きと嫌いの比率はどうなんだ」
「6:4くらい?」
「割と好きなんだな」
「いや、ハマり方が違うというか……」
本人も言葉にできないようで、手が止まっている。どちらに悩んでいるのだろうか。
このキャラクターに対するスタンスか、現在進行形で描いているこのイラストか。
ほとんど完成しているように見えるが、何に悩んでいるのだろうか。
「じゃあ、何で描いてんの?」
「知らね」
いや、他人事みたいに言われても困るんだけど。
「なんかねー、気になるんだよねー」
「気になる、とは?」
そんな恋に自覚する前の女子みたいなことを言われても困る。気になってる時点で好きになっているんじゃないのか。
「とりあえずねー、ケーキはいっぱい食べさせたいんだよねー」
「それはさっき聞いた」
この人は不遇な生涯を送ってきたらしく、とにかく幸せな思いをしてほしいらしい。
それはファンの間では常識と言っても過言ではないようで、この人は毎年バースデーケーキに埋もれている。
ウェディングケーキを描くのは思考停止でも結婚願望でも何でもない。ただの必然なのだ。
「そうだなー……なんかねー、描きたいのよ。
ああ、アレだ。昔、理科の授業で鶏の頭を解剖したでしょう。あの感じだわ」
納得いったように手を叩く。
あの感じと言われても、全然分からない。
鶏の頭を開いて脳の構造を知るように、この人を細部まで描くことで何かを得ようとしている。どうしよう、全然分からない。
コイツの思考回路こそ、バラすべきではないのだろうか。
何も言わない俺に興味を失ったのか、コイツは解剖対象を一心不乱に描いていたのだった。
言って良いこと悪いこと 長月瓦礫 @debrisbottle00
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