COLORs

留辺或舞

第一章 海月

 深夜、慌ただしくケータイが鳴り出した。

「やっぱ起きてた。」

「違う、君の電話で起きたんだ。」

「ワンコールで出たくせに。どうせ星でも見てたんでしょ。」

「そういう君はどうなんだよ。」

「私も見てたよ。」

「そっか。」

 少しの沈黙が流れる。

「どうしたのこんな時間に。」

「えっとさ、星見に行こうよ。久しぶりに。」

 胸が高鳴り、心拍数が上がる。

「分かった。」

「やった。じゃあ、いつもの公園で。」

「うん。」

 電話を切り、服を着替え、望遠鏡を担いで家を飛び出す。

 午前二時、家に置いてきたワイヤレスイヤホンからは『天体観測』という曲が、ケータイが離れていくギリギリまで流れ、プツンッと切れた。


 公園に着くと彼女は、ブランコに乗っていた。白いワンピースの少女が夜空に向かってブランコを漕いでいる。

 なんて綺麗で儚いんだろう。月明かりに照らされる彼女の服はまるで死装束の様だ。

「水渡がそんなにポエミーだったなんて。」

 僕に気づくと彼女はブランコから飛びおりて、僕の隣に来た。

「漏れてた?」

「なんて綺麗で儚いんだろう。」

 彼女はわざとらしく両手を合わせ月を見つめる。

「最悪だ。」

「君的には、さっき飛び降りたのも『舞っているようだ』なのかなぁ?」

「そんな事考えてない!」

 彼女はお腹を抱え笑っている。

「笑いすぎ。」

「ごめんごめん。行こっか。」

「あぁ。」

 彼女は振り返る事なく、ゆっくりだがどんどん進んで行く。その後を必死に付いていった。

「いつもの所に行くんじゃないのか?こっちは商店街だぞ。」

「今日はいつもより星が綺麗だから。特別な場所で見ようかなって。」

「そっか。」

 彼女は空を見上げ目を輝かせている。君にはどんな星が見えているんだろう。

 いつしか月しか無くなった僕の夜空の分まで綺麗な星々を見てくれているだろうか。


 彼女は商店街の端にあるパン屋で立ち止まった。

「ここのパン屋はね、チョココロネが美味しいよ。」

「へぇ。」

「学校終わったら必ず買いに来るの。いつからか 私の分をね、カウンターの横に置いといてくれるようになったんだ。」

「どん急に教えてくれたの?」

「知って欲しかったから。」

 一瞬、彼女の表情が寂しげに見えた。 

 そんな気がした、気のせいだろうけど。

「好きなものって共有したいでしょ。」

 彼女はまた満面の笑みでこちらを覗く。

「確かにね。」

「共有記念に、私がパン屋に行けない時は君が代わりに買う事を許可しよう。」

「君が買いに行けない時なんてあるのかよ。」

「どうだろうね。」

 立ち止まっていたパン屋の前から進み出す。

 今度は君は僕と並んで歩いてくれている。


 歩きながら色々な話をした。天文部に入った理由。チョココロネの食べ方。最近ハマっている事。空白だった一ヶ月の事。少し複雑な家庭の事。どこへ向かっているのか。その他にも沢山の事を。

「どうしようもなくさ、明日が怖くなる時があるの。」

 さっきまで笑っていた彼女は少し落ち着いて切り出した。

「君も無い?」

 歪な笑みで問いかけてくる。

「分からなくもないよ。」

「そっか。」

「うん。」

「私はね、もうそれに耐えきれなくなってきちゃったんだ。」

「うん。」

「自分が見えないの。」

 横に居るはずの君が、どこまでも遠退いて行った。引き留めようと、慌てて横に居る君の手に触れたけど、すぐに引っ込めてしまった。

「そう、なんだ。」

 君の手を握る勇気なんて僕にはなくて、彼女の表情も見れずに、そのまま歩くしかなかった。


 微妙な距離のまま、彼女に連れられて海についた。つくと彼女は砂浜に座ったので、少し間をあけ隣に座る。

「一ヶ月前は、ごめんね。」

「いいんだよ。」

「急に行かなくなったからさ、怒った?」

「全然。こっちこそ無理に天体観測に付き合わせて悪かったな。」

「無理にじゃないし、天文部も楽しかったよ。」

「でも、君が星を嫌いになってなくて良かった。」

「うん。」

「そろそろ、望遠鏡出す。」

「そうだね。」

 肩にかけていた天体望遠鏡を下ろし手早く設置した。

 設置し終わって横を向くといつの間にか彼女はおらず、波打ち際で夜空を見つめていた。

「望遠鏡出し終わったよー。」

「うん。」

 歯切れの悪い返事だけが帰ってくる。

「今日、波高いし危ないよ。」

「ごめん、水渡。私さ、星見えないんだ。」

「えっ。」

 今までうるさかった波の音が消えていく。

 よく見ると彼女の右手にはカッターが握られていた。

「散々、付き合わせちゃってごめんね。」

「そんなことで謝んなくていいから、だから早く戻ってこいよ。」

「ありがとね水渡。水渡と話してると行けなくなっちゃうからさ。もう行くね。」

「待ってよ、待って!」

 彼女止めるため走り出すが砂場に足をとられ転んでしまう。

「私欲張りで最低だから。好きな人とはね色んなことが一緒がよくてさ、いっぱい聞いてもらっちゃった、ありがとう。水渡が一番好きな星は最後なのに一緒に見られなかったけど、本当に好きだよ。話したこと全部私のことだからさ。」

『わ す れ な い で。』

 最後の声は波に拐われていった。

 彼女はその言葉と笑顔を残し、握りしめたカッターナイフで首を切った。倒れてゆく体、飛び散る血。

 彼女を抱き締めようと再び走り出した時、波は彼女の声だけでなく彼女を、彼女がいたという証拠さえも拐っていってしまった。波が過ぎ去ったあとには、彼女の体も血も足跡も何もかも残っていなかった。

 夜空に浮かんでいた他のものなど霞んでしまう程輝いていた月は海に沈み、辺りがうっすらと明るくなって、うざい程星々が空に輝きだした。


 太陽が照りつける頃には家に帰っていた。いつ帰ったのかは全く覚えていない。

 もしかすると、全部妄想だったのかもしれない。そう思って、いつも通り学校にいった。けれども彼女はやっぱりいなかった。彼女の席は空っぽのまま一日が過ぎた。

 学校が終わり彼女のおすすめのパン屋に行って、彼女の代わりに来たと言ってチョココロネを買った。その後、彼女のこだわりの食べ方でチョココロネを食べながら水族館へ向かった。


 そして今、クラゲのショーケースの前にいる。かれこれ二時間ぐらい眺めてる。いつからか、僕は透明な何かを隔ててでしか物事を見ることが出来なくなったんだと思う。だから、彼女が沢山話してくれた助けてのサインにも気づけなかったんだ。

「みづき…。」

 彼女の名前が口から漏れた。その後は何度も彼女を呼んだ。涙が溢れだしてきて、嗚咽もまじり何を言ってるのか分からなくなっていた。

 なんで僕は一回も、彼女が居なくなってしまう瞬間すら、名前を呼ぶことが出来なかったんだろう。


 僕しかいない水族館内に僕の声だけが響いている。気づけば、目の前のショーケースからクラゲが姿を消していた。

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