次代を構成するもの

稔は極めて珍しい、はにかんだような笑みを見せる。

それはこの麗河を全面的に信用し、全幅の信頼をおいていなければ、到底出来ないことだ。


そして麗河は、稔のそんな一面を知っているからこそ、尚一層、それに応えるように頷いてみせる。


すると稔は、表情にふと厳しさを戻すと、再びパソコンの前まで歩み寄った。

それに気付いた麗河は、テーブルの上にグラスを置くと、稔の後に次いで、その当のパソコンを覗き込む。


「──これは…」


そこに映し出されたデータを一瞥した麗河は、それ自体が齎す意味を、そのただの一目で察したのか、難しげな表情で眉根を寄せた。


…すっ、と、稔がそのデータの中の、とある一点を指差す。


「…お前の能力を借りたいのは、ここだ」

「……」


麗河は右手で、口を覆うようにして考え込んだ。

…その抜きん出て良い脳内では、恐らくは今、稔の指摘した箇所やそのデータ自体に対して、あらゆる事象や結論を想定して、思考が巡らされているに違いない。


「タイプSH10-N… 紫苑の身体データか…

しかし稔、こんな物、一体どこから──」


何気なく言いかけた麗河は、己の言葉から何かに気付いたらしく、ふと稔へと目をやった。


「ハッキングか?」


麗河が前置きなく、ずばりと尋ねる。

それに稔は、あからさまに顔を逸らした。


「…、ああ。だが、ファイアーウォールやウイルスの各トラップはともかく、あまり手間をかけることで、逆にこちらのパソコンのデータ入手、或いは破壊を目論まれたら厄介だからな。

…向こうの対応の早さを考慮しても、そこまでを引き出すのが限界だった」

「いや…充分過ぎるだろこれは」


麗河の頬には冷や汗が伝う。

…何をどう間違えたとしても、この緋藤の後継…

稔だけは敵に回したくない。


そう、痛感したからだ。


「紫苑の、雷の能力の方の伝達手段──

いわゆる、“力の繋ぎ目”の部分を、俺の時の能力で、打ち消すなり、滅ぼすなりしようって腹か…」

「ご名答だ」


そう低く呟いた稔は、続けて別なパソコンの方へと、その指を滑らせた。

麗河がつられてそちらを見ると、そこにはもうひとつ、別な種類のデータが存在していた。


「…これは… 氷藤梁牙?

成る程、梁のデータ…    !?」


何気なく目を通した麗河の動きが、一瞬にして止まった。

その瞳は、突然つきつけられた驚きに、大きく見開かれ、食い入るようにデータのある一部分を見つめていた。


…しばしの驚愕の後に、麗河がその声に余韻を残しながら呟いた。



「稔…

お前は、この事実を知っていたのか?」



「…、ああ。薄々…な」


稔は珍しく言葉を濁すと、その黒銀の目を伏せ、データの処理をすると、パソコンの電源を落とした。


「…梁を初めて見た時、どこか言いようのない違和感を感じた。

その違和感の正体がこれだ」

「…いや、それにしても…これは…」


麗河は動揺を隠せずに困惑する。

そんな麗河に、稔は静かに近付くと、そっとその肩に手を置いた。


不思議そうに顔を上げる麗河の瞳を、稔はその黒銀の双眸で、貫き、縛る。


「…お前だから見せた。他言するな」

「…、ああ、分かっている…」


麗河は稔の目から、ひいてはその心から、その視点そのものを逸らすことなく答えた。

その言葉を聞いた稔は、静かに手を下ろすと、自らを普段の状態に戻すかの如く、一度だけ、短く息をついた。


「…さて、こうなると取れる行動は決まって来るな」

「彩花の方が現段階での放置を余儀なくされる以上──

藍花の側に接触を図るか、捕らえるか…だろう?」


麗河のこの答えを聞いた稔は、緩やかに、けれど深く笑った。



「ああ…その通りだ」

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Blue Moon 如月統哉 @Christmas168

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