第10話 目立て(4)
笠原がそろそろベッドに入ろうかと考えたとき、彼のスマホにメッセージが届いた。差出人を想像しながら笠原が老眼鏡をかけて、見ると、それは丸橋からであった。全く想定から外れていた。何故ならば、初日以降両者は連絡を取っていないからである。
『急にごめんなさい……今すぐ、お話ししたいことがあります。お部屋に行ってもいいですか?』
そのメッセージを笠原はじっと見つめる。
(彼女は、水鳥さんのところに行ったはずだ。何故だ?)
『無理ですか? お願いします!』
その考えを追いやって返事を急かすように次のメッセージが届いた。
(もしかしたら緊急事態で、彼女の身に危険が? あるいは俺か? 明日の投票先に選ばれたのか?)
次のメッセージは届かない。
(俺は、決めた。優先順位をつけると決めた。丸橋さんは、味方ではない)
(だが、もし、俺しか頼るところがないようなことだったら? 俺は、明日以降も、教員として……違う! 俺は、先生だ。子供が困っているんだ。彼女に助かってほしい。そう思うから助けるんだ。……だが、俺をすでに頼っている子供たちを危険に晒さないか? どちらも助けられるのか?)
笠原はスマホをテーブルに置き、考える。そして、スマホを手に取り、しばらく画面に視線を落として、置き、目を閉じる。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して、そして……。
「急にごめんなさい、笠原先生っ」
間近で見ると、彼女は思っていたよりも小さい。そう笠原は思った。申し訳なさそうにモジモジと両手を体の前で動かしている。
「いやいや、大丈夫ですよ。ほら、座って」
笠原が優しい声で椅子を勧めると、丸橋はホッとした様子で席に着き、それから笠原の方を向いた。
(どう、したのだ? まさか本当に俺に? あるいはあの子たちに?)
「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいから話してごらん」
笠原は目の前の椅子に腰かけた。丸橋は笠原の目を見て、言いにくそうに目を逸らし、もう一度目を見て、逸らして、ごくりと唾を飲んで、言った。
「私も先生のところに入れてほしいんです!」
可愛らしい声の主の視線は、笠原の左肩の真上に向いていた。
「……」
笠原は黙って微笑みながら目の前の丸橋をじっと見つめた。丸橋は所在なさげに指を動かして、その指を見ている。
「えっと、だめ……ですか?」
沈黙に耐えきれなくなった丸橋が笠原に話しかけた。
「どうしてでしょうか? 丸橋さんは水鳥さんと一緒に、ここから脱出するために、頑張っているんですよね?」
笠原は優しく静かに言った。
「あ、私、出てけって言われたんです。あまり頭良くないから、足引っ張っちゃって、それで、究君に怪我、させそうになって……」
丸橋は紅くなって、関節が不自由なロボットのように腕を動かしながら説明した。
「そうですか……」
笠原の振る舞いは、普段彼が生徒と接しているときと何ら変わらない。
「大丈夫ですよ。きっと、今頃心配しています。戻ってもう一度謝りましょう?」
「でも、戻っても、怒られちゃいます……。お願いです! 先生のところに入れてください!」
丸橋は、怖くてたまらないと身を縮こませているが、それでもしっかりと、力強く伝えた。
「きっと、大丈夫ですよ」
笠原は立ち上がると、丸橋の小さな肩に手を乗せた。丸橋はビクッと体を震わせると身を固くした。
「きちんと謝れば、彼は許してくれますよ。怪我、しなかったのでしょう? 先生のところに行こうとしたけれども、先生が頑固親父で無理だった、そう言って謝れば、許してくれますよ。大丈夫ですよ……」
「でも……」
「大丈夫ですよ……」
笠原はそのまま体を動かさず、丸橋を見続けた。その丁寧な物腰に丸橋は胸が締め付けられた。そして、彼の言う通りにしようとぎこちなく笑った。
「あ、はい……。あの、ありがとうございました。あと、ごめんなさいっ」
丸橋は何度も頭を下げて、それから姿を消した。
笠原はそこから動くことができなかった。笠原は、長年正しく生きてきたことを証明するように、意識せずともそう振る舞うことができていた。
(俺は、何故? 何を考えている? 彼女は……、俺たちの味方になった振りをして、情報を水鳥に流すために、ここに来ていた……。あの子たちを危険に晒そうとしていた……。俺は初日に取捨選択をすると、覚悟を決めたはずだった……)
笠原は足に力が入らなくなって、そのまま床に座り込んだ。
(俺は、何故、彼女の身を案じた? 何故、助けた? そして、何故、何故、殺さなかった……。あの場で首を絞めれば簡単だった……。自分が生き残るために俺を、俺たちを、あの子たちを陥れようとした、彼女を……)
(俺は何を考えているんだ! 人を、それも子供をこの手で殺そうだなんて!)
(いや、明日でもできる。後から呼び出せば、あるいは、話し合いのときに説明すれば……、だから! 違う。それは違う。それなら、これまで他の方々にしてきたことは? 彼女がしたことは?)
「俺は……、俺は……!」
笠原はどうしようもないジレンマの中で呪った。このゲームを、ニニィを、自分を、丸橋を……。そうやって、慣れない感情を表にしたことに精魂が付き果てて、笠原はそのまま床の上で意識を失った。それでも床はなぜか柔らかく暖かく、笠原の眠りを快適なものにした。
**
ニニィって何者?
ニニィはニニィだよ。実は、モニターに映る姿はアバターでした。ってことでもいいよ。ネコミミ&オーバーニーソのハイパー美少女でもいいよ。うにょんうにょんな触手が生えた半透明のクラゲ的サムシングでもいいよ。「ホッ○ーは濃い目にしてたこわさを、熱燗にはエイヒレを」なおっさんライクなおっさんでもいいよ。あ、でも、ぜんぶ混ぜちゃダメ! こないだ近所に出没した、ネコミミ&オーバーニーソの触手の生えたおっさん(シゲオ(仮名)47歳、無職)がみんなの枕元に召喚されちゃう! 防ぐには「ニニィちゃんかわいい!」と心を込めて呟くのだ!
透明な殺人鬼ゲーム 第1章 Vivere est militare. Kバイン @Kbine
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