第10話 目立て(3)

 影山の部屋には彼と同じグループのメンバー全員が集まっていた。影山は最後に藤田がやって来たのを確認すると立ち上がった。

 「まずは、みんな、上手くやってくれた。ありがとうございます」


 隣にいる関口が他でもない人物にお礼と称賛を、もう何度目になるか分からないが、送る。

 「司会の影山さんが一番大変でしたよね? ありがとうございます!」

 その言葉を「ああ」と小さく言うことで受け止めた影山は、別の立役者を個別に褒めたたえた。

 「松葉さんの入り方も良かった。あれで、あの中に法律関係者がいないことも分かった」


 「いえいえ、お役に立てて何よりです」

 松葉は他人事のように微笑んだ。


 「まあ、私は法学部生ですけどね」

 さらりと外崎が言った。しかし、その声はよく聞くと震えていた。腕を組んで体を椅子の背もたれに張りつけている。


 「安心してほしい。もし他のグループに知られても、学生だから含まれないという理由に賛成する」

 影山は力強く伝えると、続きに移った。


 「それに、吉野さんのところに利原さんがいるとはっきりした。この類の話は彼女の仕事、まあ2番手3番手かもしれないが、それも分かった」


 つまり、今日の話し合いは始めから終わりまでほとんど、影山たちが支配していた。それは何も今日に限った話ではない。全ては演技で、ルールも、時間も、情報も、概ね影山たちが想定した範囲のシナリオ通りに進んでいた。


 「今日も、途中であの……柘植か、彼が入ってきたな。第三者が介入した場合を想定するのはやはり必要だ」

 そして、シナリオに多少の分岐を加えて、不確定要素にも容易に対応していたのであった。


 「その分、覚える量が多くなりましたけれど、大丈夫でした? ほら、僕は最初の出番で終わったから、あまり変わらなかったけれど……」

 松葉が、主に自分の隣にいる別宮に伝える。

 「あ、はい。大丈夫でした」

 別宮は小さな声で謙遜した。


 「もしかしたら……、妹尾さん、出遅れませんでした?」

 松葉は薄くコーティングされた声で言った。そこに含まれている意味は計り知れない。


 「あいつが早すぎるんですよ。あれ以上早いと不自然です」

 対する妹尾は自分の正しさをはっきり主張すると、そこで話を終わらせた。お互いに喧嘩をしているわけではなく、物の言い方こそあっても、自分たちが生き残るために事実の確認と意見の交換をしているだけなのである。

 「しかもおめでたいこと言ってやがったし」


 「まあ、それから、話をせずに他の観察をしていたみんなも良かった、と思う。俺には自然に見えた」

 だから影山も気にしていない。周りも、別宮と若林が少し心配そうに両者を見ているだけで、後は気にしていない。


 彼らはそれからそれぞれが話し合いの席で手に入れた情報、言葉になっていたものだけではなく誰かの挙動や表情、アイコンタクト、田川の死への反応などを整理した。さらにそれ以外の時間、広間にいた人たちの分も追加して、そこから組織図の手直しをしたが、ポーンはほとんど動かなかった。


 さらに、個々人の性格や能力を分析していく。それは、相手のグループ内の各人の立ち位置や弱みの、明らかな部分を知ったも同然である。ただ、相手がそれを織り込み済みで嘘の振る舞いをしているかもしれない、自分たちの振る舞いが相手に情報を無償で提供するかもしれない、そうした別角度の視点を交えて、彼らは明日のシナリオを作っていった。


 当然その最後には、明日、誰に投票するかを含んでいる。投票する、というのは誰を殺すかということである。守りの票も同様である。ただし全員、ここで話された人に必ず入れるとは限らないし、入れたかどうか証明はできない。



 彼らが一度解散した後、しばらく経ってから、影山はそこに集まったメンバーに告げた。

 「まずは、みんな、上手くやってくれた。ありがとうございます」

 先のグループ内の会話のいくつかも、妹尾のミスも、影山たちの本当の台本に書かれていることであった。彼らはもう一度本当の台本を作り始めた。誰が誰の味方で敵か、分からない。





 (今更ながら……とんでもない……)

 柘植はベッドに腰掛けて、自分の部屋で今日の話し合い、特に自分が発言したときのことを思い出していた。すでに瑞葉は自分の部屋に戻った後だ。


 (プレゼンや学会発表は……目じゃない。視線の数は、むしろかなり少ない。ただ、その質が……)

 柘植はその性質をよく理解していた。

 (半ば殺意、こじ開けようとするほどの興味、わずかに救いを求める視線……)


 (三番手であれほどだった。一挙手一投足が監視されていた。味方がいて視線が緩和されていればまだ違っただろうが……、グループにまともに所属していないデメリットだ)

 水を一口飲んだ柘植はゆっくりと深呼吸すると、目を閉じた。


 (それでも、やらなければならない、だろう。可能ならその前にパワーバランスが変わってくれればいいが、期待するだけ無駄だ)


 (問題は、私と瑞葉がどれだけできるかだ。瑞葉は……未だに不明だが、頭は良いから、私が言ったことを理解できるし、覚えられるだろう。そう動けるかが問題だ。それに、私自身が耐えきれるか……。瑞葉は多少の粗があっても自然なものに映るだろう。私は極めて難しい。念のための保険になるか分からないが、一応影山たちとはつながっている。……上手くいかなければ切られるな、保険にならない)

 柘植はベッドから立ち上がるとそのフットボードを下から持ち上げた。


 (誰がどう来るか、誰にさせるか……)

 柘植は顔写真の貼られたマグネットを色々つつきながら考えた。彼の考えている計画は道筋を立てることが困難であった。霧の中で針に糸を通し続けるように、どこかでつまずいては元の段階まで戻ることを数度繰り返した柘植は、瑞葉がいた方が、聞いてもらった方がよくまとまることに気が付いた。柘植は、ベッドを元に戻すと、普通通りに使って明日を待つことにした。

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