本編 その7

「誰でもかまいません。それこそ異端と呼ばれても仕方がないです。悪魔に魂を売ってでも――」


 パチンと指を弾く音が聞こえる。


「あなたの魂、僕が買うよ」

「えっ?」


 その瞬間、目を覆っていた布がはじけ飛ぶ。するとマリークレールの目の前に、漆黒の霧のような闇が現れ、そこから声が聞こえてきた。闇をかき分け、姿を現したのは、自分よりも頭ひとつ以上背の低い少年。


 自分を中心に、球体のような空間が確保される。その周りの色は反転し、灰色に染まって動かなくなっていた。マリークレールにも理解できただろう。

 目の前の可愛らしい少年が、この世ならざる存在だということが。


 今度はしっかりと血液を余計に補給してきた。『界』を渡っても、マリークレールのいるこの空間に干渉しているとしても、魔力は十分に確保されている。

 エーリッシュは格好いいところを見せたいと思ったのだろう。魔法を使い、マリークレールの腕と首の戒めを解く。


 瞬間、彼女の腕のあたりから、首のあたりから何かが弾ける音がした。腕が自由になり、首にかけられていた縄がなくなっているのが感じられただろう。

 エーリッシュ魔法を空間への干渉を続けたまま、更に行使してふわりとマリークレールを抱き上げる。


 エーリッシュは彼女を立たせ、つかつかと歩いて少し離れる。くるりと回れ右。右手を胸に当てて、足を一歩引いて会釈をする。エーリッシュは『決まった』と思っただろう。


 漆黒の服を着て、シルクハットのような帽子を被り、黒い髪、白い肌。金色の瞳。間違いなく人間ではないと思えるだろう。

 下から見上げるように、あざとい笑みを浮かべる。口元からは八重歯のような二本の歯が覗く。可愛らしく、それでいてぞっとするような凄みすら感じる。それはさながら人外である悪魔の微笑み。


「僕がね、お姉さんが呼んでた悪魔です」

「……はい?」

「マリークレールさん。初めまして。僕の名前はエーリッシュ。お姉さんの魂は、僕に売ってくれないかな? その代わりに、願いを聞き入れてあげるからさ」

「はい?」

「過去に二回ほど、ここに来たような夢を見たでしょう?」

「はい……」

「死罪になることも、知ってたでしょう?」

「はい」

「僕が何もないところから現れたのと、この外側の景色見てどう思う?」


 マリークレールは、自分の死刑を見に来た観衆を落ち着いて見ていられるのも、たしかにおかしいと思っている。

「はい」

「僕が人間じゃないのも、わかるよね?」

「はい」

「もちろん、ここは夢の中じゃないよ?」

「はい」


 彼女は自分の手の甲を、ついさっきつねってみた。確かに痛かった。


「あの……」

「なんでしょう?」

「何故私を、助けようとするのですか?」

「それはさ、僕がお姉さんのことをね」

「はい」

「なんて言うか、その」

「はい」

「ごにょごにょ……」


 エーリッシュはうつむいて口をもごもごとさせ、小さくつぶやいた。

「大丈夫です。私しか聞いてませんから」

「あのですね。綺麗なお姉さんだよね、って思ったんです」

「それだけですか?」

「うん。それにね」

「はい」

「最初の二回は慌てて駆けつけたけどね」

「はい」

「今回はね」

「はい」

「寝ないでずっとみてたんです。この場このとき、このタイミングになったら、絶対に助けられると思ったから」

「はい……」

「とりあえずさ、僕の話を聞いてくれるかな?」

「よ」

「よ?」

「喜んで」


 エーリッシュと同じ長い黒髪。やや赤みを帯びた頬。黒い瞳。傷だらけだが、薄桃色の唇。マリークレールもうつむいて了承する。


→↓↘●


「坊ちゃまのヘタレ」

「確かにそうとも言えますね」

「バレてないよね?」

「えぇ。大丈夫かと思います」

「最初の『あれ』は、本当に起きたことだけど、二回目以降は、『必ずあれになるよう』に私がかけた呪いだと、坊ちゃま気づいてないんだ。でもさ、二度目でやっと動いてくれた。お節介した甲斐があったってもんだよ」

「えぇ。ご主人様の好みの女性かた、探すの大変でしたからね。あの方、本当に迫害を受けておられましたので……」

「結果的に助けてあげたんだから、いいじゃない?」

「だと思いますよ」


 見つめ合ってお互いに照れているエーリッシュとマリークレール。それを見ている万里とミランダ。


「あ、一度連れて帰るみたいだよ」

「そうですね。絶対にバレてはいけません」

「わかってるって」


 場を取り繕う二人。万里の前に、漆黒の霧が現れる。そこから出てくる、少年と背の高い女性。

 二人とも黒髪。違うのは目の色くらいだろう。


「おかえり、坊ちゃま」

「お帰りなさいませ、ご主人様」

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご主人様であり坊ちゃまでもあるうちの王子様は、お優しいからついついお節介をしてしまうんです。 はらくろ @kuro_mob

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ