第13話 結の起
もう、夏も過ぎて、秋になっていた。
メンバーに言わせてみれば、「読書の秋」なのだそうだ。
月1回の集会も、もう……7回目になっていた。結構多いな。
「そろそろ、この集会の集大成としての作品を作ってみないか?」
乾杯した後、チワワさんが切り出した。
「集大成っすか?」
「そう。例えば、『ごまだれ』なら、劇団で上演する戯曲を1本書くためにここに参加したんだろう?」
「まぁ」
「ごまだれ」さんが劇団の演出家であるというのは、さっき本人に確認をとった。「ええ! 職業は非公開でいくんじゃなかったの!?」と、本人は不服そうだったけれど。
「『スマホ太郎』さんは、自分の書きたいモノを書いたらいい。ゴーストライターなんかやる必要はない。ライトノベルの長編を書いてみたらいい。アレだよ……原稿をアイツの目の前に出してさ、手を伸ばそうとしたところで取り上げて『これは、俺の原稿だ』って言ってやれよ」
「スマホ太郎」さんがゴーストライターであったことは、「ごまだれ」さんにも既に話した。「え、そうだったんだー!?」と言っていた。
「ヒガシ君も、何か考えておいたら良いんじゃないか?」
「こんなに長い間活動したんだからさ、誰か1人ぐらいマトモに『泣ける話』を書いてみてもいいじゃないのよ」
「確かに……泣ける長編小説に挑戦してみますかね」
うーん、なるほど、集大成かぁ。どうしようかな。金の絡む話以外が好ましいし、バットエンドは嫌だな。メリーバットエンドってのに挑戦してみようかな。どうやって書くのか分からないのだけれど。
ちなみに、俺が詐欺師だったというのも、2人に明かした。2人とも、寛容であった。「ごまだれ」さんには、すっごい怒られたけれど。……まぁ、寛容であったと言って差し支えない。
「ヒガシ君さぁ、ペンネームをさ、『東s』じゃなくてさ、『東sm』にしなよ」
「スマホ太郎」さんが、パソコンに「東s」と「東sm」を打ち込んで言った。どうでもいいが、さすがにパソコンを打つのが早い。俺がここまでのスピードで打ち込めるようになるには、一体全体どれくらいの時間がかかるだろうか。
「『ヒガシズム』ですか」
「そうそう、ずっと惜しいと思ってたんだよね」
「惜しい、ですか?」
「そう。『m』を付けるだけでさ、ほら」
満面の笑みで言った。
「いや『日が沈む』のに『東』なんかい! って言えるでしょ?」
ああ、大好きな言葉遊びか。
「いいですね、そうしましょう」
「本当かい!? やったね!」
こうして、「スマホ太郎」さんは、俺こと「東sm」の名付け親になった。
さて、しかし、どうしたものだろうか。何を題材にどんな小説を書こうか。
でも、それより気になることがある。
「ごまだれ」さんの正体の、残りの1割は一体なんなのか?
そして、一切素性の明かされないチワワさんの正体はなんなのか?
そのヒントは、意外と早くやってきた。
「おい、ヒガシ君」
あ、呼び方は変わらないんですね。
「なんですか?」
「そろそろ、あげた本も全部読み終わった頃だろう?」
「はい、読み終わりました」
「それじゃあ、もう1回買いに行こうか」
「え、いいんですか!?」
「もちろんさ」
そうして、俺とチワワさんは再び書店に来た。
チワワさんは、前回とは作家が被らないように、でも目についた本をポンポン俺に渡してくる。
恋愛小説を。
推理小説を。
純文学を。
コメディを。
SFを。
ファンタジーを。
ホラーを。
時代小説を。
経済小説を。
政治小説を。
歴史小説を。
官能小説を。
児童文学を。
青春小説を。
ライトノベルを。
短編集を。
詩集を。
戯曲を。
台本を。
絵本を。
仕掛け絵本を。
エッセイを。
私小説を。
自伝小説を。
偉人伝を。
海外小説を。
ジュブナイル小説を。
ジャンルがよく分からなくさえある本を。
さすがに、国語辞典は今回は……英和辞典に変わった。
そんな風に買い物をしている中で、チワワさんが一瞬目を止め、フッと笑って通り過ぎる作家が何人かいた。
少し気になったので、何人か記憶して、後で調べてみることにした。
人を調べ上げる技術は、仕事柄よく心得ていた。
待って、閑話休題。
今、俺、「仕事柄」って言ったか?
今、俺、もしかして無職じゃね?
「無職って、ムショに近いよな」
なんて、「スマホ太郎」さんの真似。
違う違う、ふざけてる場合じゃあない。何とかしないと、明日食う飯に困る。人を調べる前に、まずは職探しだ。
「いいですよ~! ウチで雇いましょう!」
「本当ですか!?」
快く承諾してくれたのは、「生け椿」の店員さんだった。
「ヒガシ君、ウチの劇団も手伝いに来なよ」
と、その常連さんだった。その名も「ごまだれ」さん。
「みなさん、本当に、ありがとうございます」
「じゃあ、早速さ、ビール注いでちょうだい」
「は、はい!」
日常が、にわかに騒がしくなってきた。
さて、安定した生活が保障されたところで。
チワワさんの気にしていた小説家たちを調べてみよう。
元詐欺師の力を最大限に使って。
みんな、同じ出版社から本を出したことがある。それ以外のプロフィールは、全くバラバラだ。
年齢も。
出身地も。
性別も。
ジャンルも。
ペンネームの付け方も。
デビューの時期も。
評判も。
受賞歴も。
ただ、1つだけ。
ふと気になって、「スマホ太郎」さんがゴーストライターをやっていた小説家の経歴とも見比べてみた。
「……同じだ」
共通点があった。
みんな、必ず1度は、共通の編集者に担当されていた。
名前を、「鎌瀬健太郎」と言った。
「カマセ ケンタロウ」である。
泣ける話 @15jourin
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