第12話 転の結

「さて、警察署といつもの居酒屋、どっちが良い?」

「……やっぱり、気付いてたんすね」

「気付いてたから止めたのさ」

「……どうやって気付いたんすか?」

「んー、いっぱいヒントはあったからな。で? いつもの『生け椿』で良いか?」

「はい」

 どうやら、長い話になりそうだった。


「ヒガシ君の小説は何故か金の絡む話ばっかりだったからね。人格なのか何なのか、とにかくなにかしら理由があるとは思ってたよ」

 ……そんなところからバレるのか。

「だからね、ほら、君には『本を読む』という課題を出したじゃないか。他の人に課題を出していないと考えるのは、少し不自然だよね」

 確かに、そりゃそうだ。

「『スマホ太郎』さん、ずっとヒガシ君の後をつけて観察してたんだよ? 気付かなかったかい?」

 全く気付かなかった。え? じゃあ、今もどこからか見ているんだろうか? そう思って、キョロキョロする。

「今はいないよ。もう帰って良いよと言ったんだ。『スマホ太郎』さんは、今回、完璧な働きをしてくれたしね」

「そうですか……そうなんですね」

「実はね、何かおかしな様子があれば俺に知らせるようにって言ってあったんだ」

 なるほど。それで、「スマホ太郎」さんは、俺が「ごまだれ」さんのことを好きになったんじゃないかと勘繰った時、チワワさんに連絡しようとしたのか。

「ヒガシ君が彼女と会うようだって聞いたから、来てみたのさ」

 そうしたら。

「そうしたら、君が詐欺をはたらこうとしているのが分かった」

 ……それは、確かに、「スマホ太郎」さんは、完璧な仕事をしたわけだ。


 そう、俺は。

 恋人を作っては金を巻き上げて消える、詐欺師だ。


「なーんちって」

 ……何が?

「本もロクに読んだことがないような感じなのに『泣ける話』を書きたいだなんて、変なヤツだとは思った。でも、ヒガシ君の正体までは見破れなかったんだよ」

 だったら、どうして……?

「『結実』に連絡した」

 ……あの、全員のペンネームと、その読み方を当ててみせた、天才女子高校生か。

「まったく、彼女の天才性は度を超えている。将来が楽しみだね」

 そう言って、チワワさんはパソコンを取り出した。

「ヒガシ君に、俺と『結実』ちゃんのメッセージのやりとりを見せてやろう。特別だぞぉ〜?」


〈結実〉4月30日


「久しぶり」

「元気だった?」


「お久しぶりです!」

「おかげさまで、以前にも増して創作活動に力を入れております!」


「そりゃ良かった」

「ところで、聞きたいことがあるんだけど」


「何でしょう?」

「私にお答えできることなら何でも」


「君は最初に『東s』を『ヒガシズ』と読んで呼んだだろう?」

「どうしてだい?」


「正確に言えば『ヒガスィズ』と読んで呼んだんですけれどね」


「アレ、わざとだったのか!」

「てっきり、噛んだだけなのかと」


「確かに『須磨 穂太郎』さんも笑い転げてましたしね」

「でも、『東s』さんだけは、酷く驚いたようでした」

「それで私は確信しました」

「『東s』は『ヒガスィズ』と読むのだと」


「……あまり分からないな。順を追って説明してくれないか?」


「もちろんです」

「まず、『東s』の『s』が気に掛かりましたね」

「明らかに、推理小説を読んだことがない人間が作った素人アナグラムに思えました」

「字が余ってしまってるんです」

「『鎌 成塗』さんは『東s』をローマ字に直す時、どうしますか?」

「どんな綴りですか?」


「“higashis”だろう」


「そう思いますよね?」

「でも、それだと、やたら子音が多いんです」

「まぁ、私自身は先に“tous”や“azumas”の可能性を考えました」

「というか、そっちの可能性の方が高いと思ったんですが」

「全ての可能性を考えた結果、『ヒガシズ』が1番面白かったので」


「確かに、アナグラムにするには不便かもしれない」

「面白い……?」


「それで、思いついたんです」

「実は“higashis”じゃなくて“higasis”なのではないか? と」

「これが、面白いんですよ、私にしてみれば」


「なるほど」

「だから『ヒガスィズ』っていう発音になるのか」


「そして、明らかなアナグラムを名前に使っているのはどういう人間なのか想像してみました」


「プロファイリングか」


「そんな大したものじゃないですけど」

「例えば」

「自分でヒントを出しておきながら、周りの人が自分の正体に気付かない、という状況を楽しむ、快楽主義者」

「あるいは、人を騙眩かすことを生業としている人」

「ここまで考えて、1つ、『ヒガスィズ』の語感にしっくりくる名詞を見つけました」


「……なんだ?」


「『詐欺師』です」


「……“sagisi”……いや、“sagishi”か」


「そうです」


「しかし、アナグラムの前後で『し』の綴りが違っているが」


「普段からミステリーを読む人にとっては重大な問題でしょうが、素人にとってみれば些細な違いにすぎません」


「しかし、これでは、誰も正解に辿り着くことはできない」


「誰にも、正解に辿り着かせる気はないんですよ」

「『詐欺師』だと、バラしているようで、絶対にバレないようにしている」

「最初から破綻しているんです、この謎解きゲームは」

「私も、正直自分の推理……推測に、自信はありませんでした」

「さっきも言いましたが“tous”や“azumas”の可能性も大いにあり、『詐欺師』と読むのは、あまりに無理矢理な、こじつけな、牽強付会なものだったので」

「なので、試してみました」


「初対面の時、名前を読んでみることで、か」


「はい」

「どうやら合っているようでした」

「『ヒガスィズ』という読み方で」

「びっくりしてましたからね、『ヒガスィズ』さん」

「そして、確信……とまではいきませんが、軽い自信を持ったんです」

「彼は、『詐欺師』である、と」


「……なるほど」

「ありがとう」

「助かったよ」


「いえいえ」

「お力になれたならば幸いです」

「もし真相が分かりましたら、ぜひ教えてくださいね!」


「勿論だ」

「では、また」


「はい」

「また、ぜひ」



 ……全く、天才だ。

 破綻している推理ゲームすら解いてしまうのか。

 その人の使う文字、たった2文字から、俺の性格をプロファイリングして、俺の職業を当ててみせる。

 あーあ、相手が悪かったな。

「はい。全く、『結実』ちゃんの言う通りです」


 俺は、詐欺師だ。

 定職に就いていない。


 詐欺師だから、カモの女を騙すために、泣ける話を捏造したかった。


 詐欺師だから、集会をすることが決まった時に「そんなに沢山、詐欺師みたいな人はいないのかもしれないけれど」と思った。既に俺がいたから。


 詐欺師だから、出かける時はいつも身だしなみに気を遣うのだった。いつ何時、俺のことを金持ちだと勘違いしている人間にバッタリ会うか分からないから。


 チワワさんが俺を「自分の人生と才能に絶望したことのある顔をしている」と評したのも、頷ける。俺は、自分に何もできないことを悟って、自分にできないことをできるフリをしようと思って、詐欺師を始めたのだから。カモの前でだけは、何かができる何者かでいられるような気がしていたから。


 詐欺師だから、自己紹介のときに「泣ける話を書きたいと思った理由、職業、本名はカットで」とチワワさんが言った時は、正直ホッとした。


 詐欺師だから、カモを連れていく時は高いバーと決めていた。


 詐欺師だから、彼女は「一応」いるのだった。相手は俺のことを彼氏だと思っていても、俺にとってみれば、ただのカモだったからだ。チワワさんにとってみれば「例外」だったわけだ。


 詐欺師だから、「東s」の「s」は欠かせなかった。


 詐欺師だから、小説については門外漢なのだった。三点リーダーもメリーバットエンドも知らないのだった。文末の記号に関する感覚もイマイチ分からないのだった。「辞書は読み物だ」という人のいうことが理解できないのだ。


 定職に就いていないから、パソコンを打つのが遅いにも関わらず、原稿の提出が早いのだ。


 この集会に参加したのも、詐欺師としての仕事の一部だと考えていたので、家に帰って「参ったな、こんなに読まされるのか。もうちょっと楽だと思ってたんだけどな。こりゃ大仕事だ」と、独り言をこぼしたのだ。


 定職に就いていないから、四六時中、本を読んでいることができるのだ。


 詐欺師だから、彼女とのデートが生き甲斐なのだ。生き甲斐というか、生命線だが。デートしないと生きていけない。冗談ではなく、物理的に。


 全て、何もかも、俺が「詐欺師だから」なのだった。


「今まで、騙していて、すいませんでした」

 頭を下げる。

「この前、チワワさんが『スマホ太郎』に言っていたことの意味を、自分なりにずっと考えていました。『才能はなくても、資格はある』っていうアレです。みんなを騙してここにいた俺には、もう、ここにいる資格はありません。バレたら出て行こうと決めていました。……今まで、ありがとうございました。お世話になりました」

 思ったよりスラスラと言葉が出てきた。

 俺は、他の3人のように真剣に文章に向き合って生きることはできない。何もできない自分に絶望したことのある俺は、好きなことのために努力することのできる人たちの中に混ざって活動することはできない。それは、失礼に当たるだろう。

「詐欺師ってのは、自分の感情に嘘吐くのが仕事か?」

 チワワさんの、硬い声がした。

「少なくともな、俺が出会ってからのお前は、頑張っていた。本を読むことは苦手と見た。それでも、時間をかけて、少しずつ克服して、『スマホ太郎』がゴーストライターであることも見破って、俺の期待に応えてみせた」

 ……やっぱり、チワワさんは、「スマホ太郎」さんがゴーストライターだと、わざと俺に気付かせたのか。

「1回目の書記よりも、2回目の書記の方が確実に上手くなっていた。創意工夫をして、成長したんだろう?」

 ビールジョッキも覗いていないのに、世界が歪んで見えてきた。

「お前に何もできないだと?」

 「世界が歪んで見えてきた」なんて、最近の癖で思わず自分の状況を描写してしまったけれど、この涙の表現は、あの時のチワワさんは、書いていなかったのではないか?

「ふざけるな!」

 ……あれ?俺は、泣いていたのか。

「お前は、努力ができる」

 チワワさんの言葉が、鼓膜をかっ飛ばして、脳内に直接、文字になって刻まれるのを感じた。

「お前は、人を騙すことができる」

 俺の脳にあった、何かマイナスなものが、チワワさんの文字に削り取られていくのを感じた。


「なぁ、完璧に人を騙すことのできる、『小説家』って職業に就きたいヤツを探しているんだが、名乗りを上げる気はないか」


 こみ上げる涙と嗚咽で、最初は上手く返事ができなかった。

 だから、何回も何回も言ったんだ。

「……い……はい……はい!宜じぐ、お願いじます……!」

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