第33話 生きると決めた私は、あなたに恋をした。

 メルは、私が働いていた食堂のシャロンさんの養子になった。


 もう少しでメルは、クロエ姉さんが孤児院に預けられた頃の年齢になる。


 クロエ姉さんの代わりになどならないけれど、クロエ姉さんの分までメルを幸せにすると、シャロンさんは誓ってくれた。


 もちろんメルの魔法のことも伝えて。


 それでも、メルもシャロンさんもお互いに触れ合うことを拒否しなかった。


 幸せな家族になれる。みんながそう思うことができた。


 実はその時、メルと一緒にシャロンさんに料理を教わる約束もしていた。


 今まさに、その約束が果たされている。



「メル、卵割るの上手!!」

「えへへ、毎日おかあさんに教えてもらってるんだ!」

「いいなあ、私ももっと上手になりたいよ……」


 私の割った卵には、盛大に殻が紛れ混んでいる。非常に残念な感じだ。これではまずい。誰にもあげられない。


「メルもソフィアも、気持ちが一番大事なんだよ。“美味しくなあれ”っていう誰でも使える魔法があるのさ。“誰かのために”って気持ちを込めれば、それもまた、その“誰かの特別”な料理になるよ」

「じゃあ、ソフィアおねえちゃんの料理はいつも特別だね!」

「ちょっと、メル!! 何を言いだすの!?」

「なんだ、アランのためかい。じゃあ、少しくらい欠片が混じってても気にしなくて平気だよ。アランはちょっと怒りっぽいようだから、カルシウム入りだって渡せばいい」

「もうっ、シャロンさんまで!!」

「えへへ」


 もちろん、私が作った料理を食べてもらいたい。約束もしているし。


 これから猛特訓しなくちゃ!!


 私の大切な宝物のクロエ姉さんのペンダントは今、メルの胸元に飾られている。


 私が持っているよりもメルが持っていてくれた方がいいと思ったから。


 クロエ姉さんがいたからこそ、シャロンさんとメルが家族になれた気がするから。


 少しだけ私の胸元が寂しいけれど、心が温かいからそれで良かったと思う。


 私は、というと、このまま王城で暮らすことになった。


 聖女の力はやはり強大すぎて、危険がつきまとうから。私だけでなく、周りの人たちも否応なくその危険に巻き込んでしまうから。


 もちろん、私の意思で決めたこと。ただ、決め手となったのは、それだけではないけれど。




 今日も騎士訓練場で、いつも通りの怒号が鳴り響く。夕方になるにつれ、緊張感を切らさないように、それはさらに増していく。


 あれほどまで豹変できれば、いっそ尊敬に値するな、と私は思う。絶対に口にはしないけれど。


 現に、彼を崇拝する若手の騎士様は多いという。みんなきちんと怖さの中に隠された、彼の本当の優しさを知っているのだろう。


 王城に来た当初は、震え怯えていた私でさえも、その怒号を聞いて、とても微笑ましく思えるのだから。


 そう思った矢先、一際大きな怒号が聞こえてきた。


 やっぱり怖いかも……


 訓練の様子が眺められる特等席に、いつも通りに私は座る。


 相変わらず律儀に用意してくれているチョコレートは、今日も甘くて美味しい。餌付けされている気もするけれど。


 私は、ポケットから大切な、大切な宝物を取り出し、その文字を追う。



 ----ソフィア


 必ず迎えに行く

 だから、約束をしよう

 俺は、聖女である君の騎士であると。

 何があろうと、君を生涯守り抜くと。

 それまでは、

 大切な家族であり、大好きな君が

 笑顔で幸せでいることを願う


 ----テオドール



 小さな手紙に書かれたテオの言葉を、私は胸に深く刻みこむ。


 私は、テオに、みんなに一体何をしてあげられていたのだろうか? 


 いくら考えてもきっと答えは出ないと思う。けれど、これからみんなのためにしたいことは決まっている。


「みんなのためにも、自分のためにも、私は幸せになるからね。私の中に、私の大切な家族が生きた証があるのだから」


 空を見上げれば、あの瞳と同じ、燃えるような夕陽が私を見守ってくれている。


 優しくて、それでいて、家族を思い出す。朱色が全てを包み込んでくれる。



「俺のために生きる、って約束は?」

「わあ!?」


 私の背後から聞こえるその声に、驚きと、愛しさが込み上げる。


 先ほどまで訓練場に響いていた怒号とも言える恐怖を纏う声色ではなく、私を包み込むような優しい声色だから。


「俺のために生きろ、俺がソフィアと一緒に生きていきたいから」


 あの時のように力強い、けれど、とても優しいアラン様の言葉に、私はしっかりとその瞳を見つめて、そしてはっきりと答える。


「はい!」


 強い意思を込めて紡いだその二文字は、声となり、そして、聖女の大切な騎士へと届く。


 聖女は格好良い騎士に守ってもらう。

 けれど、守られるだけじゃない。


 アラン様のために生きる。国を守る騎士様たちのために、聖女としてこの先もずっと私は生きていく。もう絶対に迷わない。


 ふわりとそらを舞うように、優しく抱き上げられ、私はラベンダーの香りに包まれる。


 今ならまだ、私の頬を染める赤色は、夕陽の所為だと言い訳ができる。


 でも、もう言い訳などいらない。自信を持って、私は伝えられる。



 私は、俺様な騎士あなたに恋をした。



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偽聖女をやめた私は、生きるために下僕として邁進する所存です。〜助けてくれた騎士様は、なぜか俺様でした〜 海伶 @kai_rei_88

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