78代目の鈴木太郎は西園寺たかのりになるらしい

ちびまるフォイ

78代目としてどこに出しても恥ずかしくない

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」


「男の子なら78代目の鈴木太郎になるんだな」


77代目の鈴木太郎は嬉しそうに自分の息子を見つめていた。

先代は生まれすぐに鈴木太郎を継承するべく教育をはじめた。


「鈴木太郎の初代は2歳で立ち上がることができたからお前もできなくちゃね」


「これまでの鈴木太郎は戦隊ヒーローが好きだったから、お前も好きになるんだよ」


「鈴木太郎の髪型は代々七三分けのツーブロック。これは鉄板なんだ」


まだ小さい頃の78代目鈴木太郎はそれらを世界の真理だとして、何の疑問も持たずに受け入れていた。

けれど鈴木太郎が中学生になる頃には自分が鈴木太郎であることに不満を感じ始めた。


「おい! なんだこの成績は! 歴代の鈴木太郎ではこんな点数取らなかったぞ!」


「うるせぇな! 俺は俺だろ! なんでオヤジの人生の続きを俺がやらなくちゃいけないんだ!」


「お前が鈴木太郎だからだ! もっと鈴木太郎らしくふるまえ!」


「俺はオヤジとは違う! 一緒にすんじゃねぇ!」


「お前! 鈴木太郎証明書をやぶるなんて!!」


78代目は自分の置かれた環境に納得できず家出してしまった。

泊まる場所もないので、ネットカフェにいくことに。


「1泊コースですね。身分証はありますか?」


「えっと……ないです」


「お名前は?」


「……その……ないです」


鈴木太郎であることを辞めたことにより、自分が誰かを証明する方法を失ってしまった。


「名前も言えず、身分も素性もわからない人はちょっとお泊めできませんね」


「こんな状況だからここへ来たのに!」


「うちも商売ですから。怪しい人は泊められないんです」


ネットカフェは諦めて橋の下でダンボールをしいて生活することに。

家から持ってきたお金も鈴木認証が通らないことで使えなかった。


無一文で名前すらない。


「いや、諦めてたまるか。俺はこれから新しい人生を作っていくんだ!」


鈴木太郎あらため初代「西園寺たかのり」としてこれから生活することを決めた。

西園寺として生活するために、まずは仕事探しへと打って出た。


「西園寺といいます! なにか仕事をさせてください!」


「西園寺たかのり……? そんな人、この世界の人間名簿にいないけど?」


初代西園寺はこれまでのいきさつや事情を話した。

お仕事紹介所の職員は困った顔をするばかりだった。


「うーーん、事情はわかるけど……あなたに仕事は紹介できないですね」


「なんでですか!」


「初代を名乗る人はだいたい問題児が多いんですよ。

 そんな危険な爆弾に仕事を紹介して問題が起きたら、

 それこそ紹介した我々の責任問題にもなりますし……」


「俺を見てください! 問題を起こすように見えますか!?

 仕事がなくて食べ物に困っているのに、問題起こすわけないでしょ!」


「でも初代だからねぇ……」


「さっきから初代初代ってなんなんですか!

 なんでそんなに歴史や過去のことばかり気にするんですか!!」


西園寺たかのりとして生き始めたものの、上手く行かないことばかりだった。

どこも「初代」と聞いただけで鼻をつまんで遠ざけてしまう。


戸籍も住所も名前もなく、あるのは何者でもない自分だけ。


「俺はもう鈴木太郎を継承することでしか生きる道はないのか……」


すでに世界では初代人口は0.0001%未満。


誰もが親の世代から名前と素性や性格から髪型のあらゆるものを継承していく。


同調圧力で個性を失っていた過去の時代から決別するため、

意図的に個性を継承することで多様性をキープし続けているのが現代。


この大きな流れにたったひとりで抗うことなんてできなかった。


西園寺たかのりが78代目鈴木太郎として家に戻るのに時間はかからなかった。


「太郎! よく戻ってきた!」


「うん……もう自分が鈴木太郎でしか生きていけないと思ったから」


「そうだろうそうだろう。これからは歴代の鈴木太郎にならって、

 お前もしっかり鈴木太郎らしく、鈴木太郎として振る舞っていくんだぞ」


浮かれ気味の父親には78代目の瞳にやどる殺意に気づいていなかった。

78代目の鈴木太郎は背中に隠していた凶器で77代目を突き刺した。


「うぐっ!?」


父親の鈴木太郎は床に倒れ、もう助からないであろう血を流していた。


「おま、え……」


「なにが鈴木太郎らしく振る舞えだ! まっぴらごめんだ!

 俺は鈴木太郎かもしれないが、あんたらのコピーじゃない!」


「ついに……」


「これから鈴木太郎は誰の指図もうけない!

 俺らしい生き方こそが鈴木太郎なんだ!」


父親は先々代と同様に最後の力を振り絞って同じ言葉を告げた。




「鈴木太郎の伝統"先代殺し"を継承してくれて……お前はもう立派な鈴木太郎だ……」

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