中山伸久 3


 昨年の出来事を思い返していたら、既に家の近くまで来ていた。

 玄関の鍵はかけられていなかったので、そのまま玄関のドアを開けたら、父の怒鳴り声が聞こえた。

 さっきまで嫌な事を思い出していたのでげんなりしたが、いつもは寡黙で怒鳴るイメージがなかった父が怒鳴っていたので違和感を覚えた。

 耳を澄ましてみると、母の泣き声も聞こえた。喧嘩なら仲裁に入った方が良いかと思い、状況を把握するために気付かれないようにそっとリビングのドアを開け、中を覗き見た。

「伸久が俺達の子じゃないだと?何を馬鹿なことを言っている?あいつは俺達の子だ。実際、今まで愛情を込めて育ててきたじゃないか!」

「私も信じてあげたいよ!でも……伸久が、私達と似ているとはどうしても思えなくなってきたの」

「親と子が似てない親子なんて探せばいるだろ!それだけを根拠にお前は言っているのか?」

「そんなこと言って、あなたも聞いたでしょう?電話の内容」

 電話?何の電話だろうか。ますます嫌な予感がした。気付けば額にだらりと脂汗が垂れていた。

「あんなのは認めん。そもそもそんなことを言ってくるなら、その我々の本当の子を見せてみろと言いたいものだ」

 父は憤り、大きく鼻を鳴らした。

「実は、一人……」

 心臓が大きく鳴った。実は一人、心当たりがあるとでもいうのか?

「いるのか?」

 父の問いに母がゆっくりと頷く。

「昨年だったかしら。伸久が新作の原稿を友達に見せると言って家に招いたことがあるの。名前は確か、和雄君……だったような気がするわ。その子の顔が、あなたそっくりだったのよ。」

 丁度今の今まで思い返していたやつの話が出てきたので、驚いた。息が苦しくなる。

「馬鹿なことをいうな。大体、そんなにしっかりと顔を見たのか?」

「ええ。藤宮君、帰るとき一人で帰ろうとしていたから、あいさつしたの。伸久は何をしているのかしら、ごめんなさいねって。その時、違和感を感じて……」

 父はうなだれて大きなため息をついた。

「……伸久がこの事を知ったら、ショックを受けるだろうな」

「分かっている。でも、あの日からずっとモヤモヤしてたの。でも怖かったから、今まで気のせいだって思いこんでた。ねぇ、DNA鑑定を受けて私の勘違いだったらそれでいいじゃない」

 父はまた大きなため息をつきながら席を立ちあがった。

「どこいくの?」

「トイレだ」

父がこちらへ向かってくる。しかし、俺はその場から動けなかった。きっと今までの会話のショックのせいだろう。

 そしてついに、父と鉢合わせてしまった。

「伸久……」

 父が目を丸くしながらそう言った。後ろでは母が息をのんでいた。

「……大丈夫。受けようよDNA鑑定。どうせ結果は分かっているから。心配することなんて何にもないじゃないか。大体、取り違えだったらもっと早くに気付いているはずだろ?」

 意識しないでそんな言葉が出ていた。

 大丈夫。

 そう。大丈夫。

 俺は中山だ。中山伸久だ。

 藤宮の家の子のはずがない。

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