祈り

@hyousube

第1話

「お兄さんちょっといいかい」

 振り向くと老婆がニコッと笑った。

 「この神社の奥にどうしても行きたい場所があるのだけれど、ついてきてもらえないかしら?荷物も多いし、道が整備されてないから不安なのよ」

 神社の奥に何があるのだろうか興味がわいた。不思議と不審に思う気持ちは微塵もない。

 「いいですよ。お荷物お持ちしましょうか?」

 「ありがとう。助かるわ。これ重いけどよろしくね!」

 老婆から荷物受け取った袋はずっしりと重たい。

 「この神社の裏には何があるんですか?」

 「不思議なところよ。着けばわかるわ。さぁここの石垣を登って!」

 荷物が軽くなったからだろうか。老婆はサクサク歩いていく。僕は少し驚きながらついていく。

 神社の裏手には薄暗く道とは言えぬような道が続いている。でもなぜだか安心するし、老婆には話しかけてはいけないような気がした。老婆も僕には話しかけて来なかった。

 5分ほどそんな道を歩いただろうか。少し開けた場所に着いた。開けた場所の中心には石がこんもりと積まれている。

 「ここよ。ちょっと待っててね。」

 そういうと老婆はリュックの中からロウソクとマッチと線香を取り出した。そして何も言わず私に預けていた袋を受け取り、中から何本ものお神酒を取り出した。

僕は何もしてはいけないような気がして、そばにあった倒木に腰掛けることにした。

 老婆は中央に歩いていくと、こんもりと積まれた石にロウソクと線香とお神酒を供えた。石の山に半分倒れこむような形で老婆は座り込み、両手を合わせる。僕には最初何をしているのかよくわからなかった。僕が知っている祈りのポーズには見えなかったからだ。でも多分手を合わせているから祈りなのだろう。

 老婆は何も言わずにずっと手を合わせている。その頬には涙が流れていた。何故だか僕の頬にも涙が流れた。

 どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも一瞬にも思える時間の後で老婆は立ち上がった。

 「さあ戻りましょう。」

 老婆はさっと荷物をまとめると、来た道を引き返す。なんだか帰りの道は明るい気がする。

 「ごめんね。長く待たせちゃって。ここにはね、お礼参りに来たの。

  私の近しいある人が病気になってしまって、どこの病院に行っても治せないって言われてしまったの。それに私はどうしても納得出来なくて、私が死んでもいいから、その人を救ってって色んな人に懇願したの。でもそんなこと言っても誰も相手にしてくれないのよ。それで途方に暮れて毎日心の中で神様に祈ってたの。そしたらある日夢の中でここの場所が出てきたのよ。全く知らないはずなのに。不思議な夢でね、神様の両親がこの場所で神様の安産を祈ってるの。起きても鮮明にこの場所や行き方を覚えているものだから、来てみたのよ。この場所に来てみたらお祈りしなきゃって気持ちになって、無我夢中でその人の命が救われることを祈ったわ。祈って病気が治るなんて思ってない。でもそういう祈りたい気持ちになったのよ。祈ってから一か月ごろしたある日、その人の病気が突然治ったの。だからここの神様のおかげだって思って、お礼に来たの。突然ついてきてもらってごめんなさいね。」

 「いえいえ。それは大変でしたね。その人は無事に治って良かったですね。」

 当たり障りのないことしか言えない自分がなんだか恥ずかしい。

 「ありがとう。あなたには今悩みがあるのかもしれないし、もしかしたらまだ若いから悩みはないのかもしれない。でもここに来たのは何かの縁だから、もし将来どうしようもない悩みが出来たらここに来なさい。それじゃあ私はここでちょっと休憩するからお先にどうぞ」

 気が付くともう神社まで戻っていた。

 「それではお先に失礼します。お気をつけて。」

 「あなたも気をつけてね。本当にありがとう。」

 神社の階段を降りながらふと思った。自分には今大きな悩みはない。それに悩みがあっても本を読んだり、ネットで調べたり、人に相談したりして何とか解決しようと思っている。でももし本当にどうしようもない悩みがあったらここにまた来ようかな。


 10年経った今も、私には大きな悩みはない。でもあの場所のことは鮮明に覚えている。いつかあの場所に行く日が来るのだろうか。

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