10 勇人・前
『只今より、GRP-13の戦闘テストを開始します。両者、位置についてください』
スピーカーから響くアナウンスに従って、画面が揺れ動く。
床に引かれた線の上に立つと、正面には黄金の機械人形が佇んでいた。
二腕二足の機械人形の手には、何も握られてはいない。
けれど腕を覆う装甲は両側とも鋭い剣となっていたし、頑強そうな五角形のつま先は、振るえば重く鈍い蹴りを生み出すだろうと予測できる。
「これが、GRP-13?」
PCに出力されたその映像を見て、彩斗は呟く。今見ているのは、コマの中に記録されていたGRP-13との戦闘データだった。そうだね、と逸次は答え、画面の一点を指さす。
「背面に翼のような部位があるだろう。すぐに分かるけど、これがブースターになっている。ガス燃料だよ。コストは度外視だ」
「まさに特注品、という趣でしたね。GRPの型番ではありますが、試作品とは言えません」
逸次の説明に、コマはそう付け加えた。
ボイドはコマはプロトタイプとして、今後の製品化を視野に入れて制作された存在である。だが13号は、同じ型番でありつつも製品化を前提とはしていない。
『よろしくお願い致します、GRP-13』
『…………』
映像の中のコマが、13号に声を掛ける。
だが13号は答えず、身じろぎもしない。ただの人形のようにピタリと止まり指示を待つ彼に、映像の中のコマはやや戸惑ったようだ。
「後で聞かされましたが、13号には発話機能が備わっていないようでした。戦闘兵器としての性能を高める為、不要な要素は除かれたということです」
「戦闘兵器、ね。ならコイツは"ディアロイド"じゃないってわけか」
「貴堂豪頼の中では、そうなんだろうねぇ」
ボイドの呟きに、逸次は顎を撫ぜながら返す。
話している間に、映像の中で準備が整ったようだ。
戦闘開始を告げるカウントダウンが、単調な声で刻まれていく。
『3、2、1……スタート!』
直後だった。
バキっという軽い音が鳴り、視界が天井を向く。
更に続け様にもう一度、音が響いたかと思えば、映像の中のコマは壁に叩きつけられたようだった。戦いはそこで終わり、ブザーが鳴り響く。
「……え。これで終了?」
「終了です。恥ずかしながら、何も出来ずに負けてしまいました」
「いやいやいや、出力が違いすぎるからねぇ。大人と子どものケンカだよ、これは」
逸次はそう言いながら、映像を戻し、スロー再生する。
「ほら見て、これ。始まった瞬間、13号の背中がピカッと光るでしょう」
「ブースターを噴射したって事か。それで一気に距離を詰めて……」
「視界に入ってないってことは、蹴りかな。一撃で蹴り上げられた」
空中で身動きが取れなくなったコマに、13号はすかさず腕の剣で追撃を行ったらしい。
その二発だけで、コマはダウンした。あくまでも競技バトル用の体力が尽きただけではあるのだが、このまま続けていても状況は変わらなかっただろう。
「しかしこれ、かなり高くまでかち上げられてないか? どんな威力だよ」
「13号は装甲の一部に金属を使ってるからねぇ。重いんだよ。あの金色も、本物の金を張り付けているしね」
「本物……って、金箔ってことですか?」
「もう少し厚い。金メッキかな。腐食性も耐熱性も高いよ」
つまり、ボイドの熱剣でも容易には斬れないということだ。
ブースターによる機動性に加え、金属外装による重量と耐久性と、それらを扱えるだけの出力。確かにこれは、大人と子ども程の実力差があると言っていいだろう。
「私の推測ですが……ボイド。貴方でも13号に勝つのは難しいと思います」
「難しい、ね。どの程度だ?」
「現状の装備では、ほぼ見込みは無いかと」
コマの予想に、ボイドは成程なと言って考え込む。
映像を見る限り、ボイド自身もその予測には同意せざるを得なかった。
「……なら、取れる手は二つか」
一つは、仲間を増やして挑むこと。
「蝉麻呂なら、速さは勝ってる。攪乱に使えるハズだ。セミファイナルもあるし」
「それはどうかな。通信に割り込まないといけないんだし、GRP-13に効くかどうかは怪しくない? 戦力にはなるけど、過信は出来ないでしょ」
ボイドの言葉に彩斗が意見する。確かに、セミファイナルが効かなかった場合、蝉麻呂自身の攻撃力ではダメージを与えることは難しいだろう。
他にも戦力が要る。それも、一定の火力を出せるような強いディアロイドが。
「言っておくけども、コマはダメだからね?」
「そう、なのですか? 彩斗様の動機を鑑みれば、私もお手伝いしたい所なのですが」
「えぇっ!? だけど君はプロテクト持ちだからねぇ、危ないよ?」
「まぁ……コマの力を借りる予定は、今のところ無い。逸次の元にいてやれ」
慌てる逸次の姿を見て、ボイドはため息交じりにそう言った。
数が多い方が出来ることは増えるだろうが、卓越したスキルを持っているかノープロであるかしないと、危険の方が大きい。
「ここに関しては……考えはある。ただ確実とは言えない。だからもう一つの手だ」
「他に何かあるの?」
「強化プログラム。勇人が作っていたという"それ"を、俺たちで使う」
「……っ!」
ボイドの提案に、彩斗は息を呑んだ。
今、彩斗のノートPCでは、着実にプログラムの解析が進められている。
それをボイドに搭載さえ出来れば、性能の向上により13号との戦いを有利に進められる、かもしれない。
「……でも、危険じゃないかねぇ。もしそれで逆にボイドが捕まったら」
「ああ。俺のメモリから強化プログラムを吸い出される恐れがある。そうなったら勇人の懸念通り、ディアロイドの兵器化が進むだろうな」
「……。それじゃ、意味ないじゃん」
「勝てば良い。というか、そうでなければ時間の問題だ。代わりのプログラムを、KIDOは時間を掛けて再開発するだろうからな」
恐らくは現在も、KIDOはディアロイドの機能拡張に力を上げているだろう。
貴堂豪頼による体制を崩さなければ、ディアロイドの兵器化は避けられない。
「だからって、さぁ」
ボイドの意見に、彩斗は消極的だった。
浮かない顔で、けれど明確な反論は思いつかないのだろう。言葉を探し目を泳がせる彼を見て、ボイドは首を傾げる。
「どうした。何を迷う?」
「そりゃ迷うでしょ。"これ"は父さんが隠そうとしてたものだ。それを勝手に使うなんて」
「"それ"を廃棄せずに勝手に開けたお前が何を言ってる?」
「っ、それは、この中に父さんの事件の真相が眠ってるんじゃ、って思ったから!」
「ああそうだ。結果、眠っていたのは証拠じゃなくて動機だが……俺達にとっては手段だ」
13号の中に眠っているであろう、有岡勇人殺害の証拠映像。
それを入手する為には、どうあれ13号を倒すだけの力が必要だ。
現状のボイドたちにそれが無いとすれば、強化プログラムに頼るのは必然であった。
彩斗にも、それは分かっている。だからこそ、明確な反論を口にすることは出来ないでいた。けれど心は別である。あからさまに割り切れないといった顔をしている彼を見て、ボイドは言葉を止める。
説得は、苦手だった。今までの彩斗なら、理屈を示せば動いてくれただろうけれど……今回はどうも、そうではなさそうで。
「ふぅむ。どちらにせよ、解凍はまだ済んでないんだよねぇ?」
「……まぁ、はい。あと数日は要ります」
「そうか。解凍が終わったら、一度私に見せてもらう事は出来るかな?」
「伊佐木さんに、ですか? でもそれは……」
「危険だろうねぇ。でもほら、既に襲われているから、同じことだよ」
伊佐木逸次は、笑みを浮かべるが、その顔は僅かに引き攣っていた。
あからさまに無理をしている。その事に気づいた彩斗はボイドと顔を見合わせ、気づかれないように苦笑する。
「分かりました。どっちみち、プログラムの内容まではこっちじゃ分からないですし」
「うん。有岡さんの事だから、大半は組み上がっているんだろうけど……もしもの場合もあるし、ねぇ」
もし、有岡勇人のプログラムが未完成だった場合。
ボイドたちは有効な切り札を失うことになってしまうのだ。
それを避けるために、伊佐木逸次は自らプログラムの精査を買って出た。
もしプログラムに不足があったなら、彼が手を加えることになるのだろう。それが可能かどうかは別として、保険を掛けておく必要はある。
「さぁて。もう時間も遅いし、彩斗君たちはそろそろ帰らないと。家まで送っていこう」
「いいんですか? じゃ……ああっ!」
逸次の誘いを受けた彩斗は、不意に大きな声を上げて立ち上がった。
「ど、どうした彩斗!?」
「ああああ……ヤバい……今日、母さんのシフト八時までで……」
「八時? 今は……七時四十五分か。彩斗の家までの距離を考えると」
「間に合わない! 出掛けてたことがバレる!」
どうしよう、と焦る彩斗を見て、逸次は眉根を寄せる。
彩斗は現状を母親に話していないのだ。ボイドが説明すると、彼は更に険しい顔になった。あまりいい事ではない。
「お母様、心配されるのでは? きちんとお話するべきですよ」
「いや。……だから話したくない。絶対に」
「気持ちは分からないでもないけどねぇ。褒められたことではないよ、それは」
「……」
コマや逸次に言われた彩斗は、顔を伏せて答えない。
本当に心配させたくないのだろう。既に事情を聴いていたボイドは、はぁとため息を吐き、ひとまずは彩斗たちに帰宅を促した。ここで説得をしたところで、きっと彩斗は考えを変えないだろうと感じたのだ。
車の中では、しばらく無言が続いた。
逸次もコマも、彩斗に対して何を話すべきかに迷っていたのだ。
対する彩斗も、強化プログラムや母親の件など、考えるべきことが色々とある。
今は落ち着いて整理すべき時間か。ボイドはそう思って、彼らの沈黙に加わろうとしていたのだが……不意に、彩斗が声を上げた。
「伊佐木さんにとって、父さんってどんな人でした?」
「そうだねぇ。天才……と片付けてしまうのは違うか。真面目で誠実な人だったよ。自分にも他人にも嘘は吐かない」
尊敬していたよ、と逸次はハンドルを切りながら付け加える。
「能力としては、私なんか足元にも及ばない。でもそれは、あの人が甚大な努力を続けてきたからなんだ、というのが……見ていれば分かる」
「努力、ですか。……家でも、仕事の資料をよく見てたりはしましたけど」
「家でもか。有岡さんらしい。ただ仕事中に、君の話を聞くことはあったよ」
「オレのことを?」
「そう。まだ小さい息子がいて……」
逸次はそこで言葉を切り、ちらりとバックミラー越しに彩斗の顔を見る。
彩斗の顔は浮かない様子だった。当然だろう。今の彼には、抱える不安要素が多すぎた。
逸次はそれを表情から読み取って、やや迷ってから続きを口にする。
「……息子に喜ばれるものを作りたい、とも言っていてね」
「オレに、ですか。……ディアロイドのこと、ですよね?」
「そうだね。まぁ、その結果は非常に残念なことになっているのだけれど。君は、自分のディアロイドを所有していないんだろう?」
「そりゃ、買えませんよ。オレも母さんも、そんなに割り切れないです」
「割り切れないか。原因だと、思ってるわけだ。実際そうだろうしねぇ」
父の死の理由が強化プログラムにあり、実行者が13号であったのなら。
紛れもなく、彩斗の父親は"ディアロイドに殺された"と言えてしまうのだ。
真相に近づいたのはごく最近の事であっても、彩斗の心に中には、常にそんな懸念が燻っていた。
「有岡さんは……君のお父さんは、どうなんだろうねぇ。君が危ない目に遭ってまで現状を変える事を、望むんだろうか」
「逸次。それはナシだ。……望まないのは分かってて、ここまで来てる」
逸次の言葉に、ボイドが口を挟む。
最初から、父親の願いは分かっていた。強化プログラムを消し去って、関わらせない。
それが時間稼ぎに過ぎないのだとしても……少なくとも、幼い彩斗を頼りにするような選択を、彼はしなかった。
それでもここまで来たのは、ひとえに彩斗がそう望んだからだった。
ボイドの言葉に、逸次は「そうだね」と己の言葉を引っ込める。
彩斗からの答えは無かった。彼はただ、沈んだ顔で窓の外を眺め続ける。
ボイドも逸次も、彼にそれ以上の言葉は要求できなかった。
再び車内は沈黙に包まれて、やがて彩斗の家の近くまでたどり着く。
「あの。ここでいいです。あとは歩くんで」
「家の前まで送るよ?」
「……それだと、言い訳が効かないから」
「ああ。……ふむ。君がそうしたいというのなら、私は従うしかないねぇ」
コマを助ける時の条件は、やり方に文句を言わない事。
けれど、と逸次は続ける。強制ではなく、推奨として。
「隠しても、良い事は無いと思うね、私は」
*
「ただいまぁ……」
「……遅かったじゃない。どこ行ってたの?」
「その、友達と遊んでて、時間忘れてた。ごめんなさい」
「へぇ、友達と。……晩御飯、早く食べるよ。手も洗って。……時間はちゃんと見て」
「うん。……ごめんなさい」
帰宅した彩斗に待っていたのは、意外にも静かな母の姿だった。
彩斗のリュックの中に隠れたボイドは、漏れ聞こえる二人の会話を聞きながら、居心地の悪さを覚える。
それから二人は、他愛のない会話を重ねながら食事を摂った。彩斗が何をしていたのか、についての追及は、それ以上何もなく。
「じゃ、オレもう寝るよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。明日はちゃんと……ああ、休みか」
小言を追加しようとして、母親はカレンダーの日付に気が付く。
明日は土曜日で、学校は無い。彩斗は「そうだよ」と笑って部屋に戻っていく。
その間、彩斗の部屋で充電を続けていたボイドは、「いいのか」と彼に問うた。
「結局、話さないことにしたんだな?」
「まぁ……うん。終わったら、全力で謝るよ。そう言う事にする」
「そうか。謝るだけで済むと良いが」
「どうだろ。ま、その時になったら決めるよ。色々と」
強化プログラムの件も、だろう。
ボイドが頷くと、彼は電気を消して眠りに就く。疲れていたのだろう。彼が寝息を立てるのには、ものの十分も掛からなかった。
「あれ? ……もう寝ちゃったか」
それからしばらくして、彩斗の様子を見に、母親が部屋にやってくる。
彼女はすやすやと眠る彼の姿をしばらく眺めてから、虚空へと向け、呟いた。
「ね。多分だけどさ……いるんでしょ?」
「……。驚いたな。気づいていたのか?」
「うわ、ホントにいた。……様子がおかしいから、なんとなくね」
殆ど当て推量だったらしい。
バレたと思って出てきたボイドは、やや損した気持ちになりながらため息を吐く。
「ふぅん。……間近で見るのは初めてかも」
「そうか。彩斗もそんな感じだったな。ディアロイドについて詳しくなかった」
「ああー……まぁそりゃ、そうもなるか。で、君さ」
とりあえず、お話しようか。
有岡彩斗の母は、そう言って部屋を出た。
【続く】
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