08 NOISE・前
ディアロイドがディアロイドとなる以前。
KIDOコーポレーションによる小型ロボットの開発プロジェクトには、玩具販売以外の目的がいくつか設定されていた。
「人間では立ち入れない地域の調査だとか、宇宙開発……まぁ、科学の発展への貢献だね。実際、今でもそういうプロジェクトは動いているだろう?」
「聞いたことはあるな。ロケットに同乗したディアロイドがいるとかなんとか」
「そうなんだ……」
「おや。君は知らなかったか。ふむぅ……まぁそうなんだ。でもね」
そういったディアロイドの『活用案』の中に、あったのだ。
ディアロイドの兵器化に関するプロジェクトが。
「もちろんね、公には言えないし、あり得ないことなんだけれど。政府組織とか警察とか、規範の側でも、小さな兵士を欲しているところはあるからね」
「俺たちを襲撃したのもそれか? プロテクトの効いてないKIDOのディアロイドが襲ってきたが」
「ノープロね。そうか、君たちのところにもノープロがねぇ」
ノープロテクトの意だろう。慣れた様子で略語を口にする彼に、「知っていたか」とボイドは嘆息する。
「ああいうのをKIDOが率先して作って、政府や警察に売るって?」
「あとは軍組織かねぇ。まぁ欲しがるところはいくらでもいる。それは分かるよね?」
伏し目がちに言う逸次に、ボイドは頷いた。
高い判断力と理解力、カメラ機能を備える小さなロボット。
それに武器を持たせて自由に行動させられるとすれば、いくらでも悪用は効く。
自分自身、そういった汚れ仕事に巻き込まれたことが何度かある、とボイドは呟いた。
「……ボイドも?」
「見損なったか? 独り立ちした直後は、そういう失敗もした」
驚いた顔をする彩斗に、ボイドは苦々し気に返した。
彩斗が首を振ると、ボイドは「そうか」と安心し、逸次へ目線を戻す。
「それは分かった。あの社長ならやりそうなことだ」
「貴堂豪頼ね。あの人はこう、利益優先の人だからねぇ。拝金主義だ」
「……父さんはそれに反対して、殺された?」
「殺された、っていうのは、どうなんだろうねぇ」
分からないよ、と逸次は呟くが、決して事実無根だとは思っていないようだった。
証拠が無いから何も言えないというだけで、その気配は強かったのだろう。
「有岡さんが反対してたのは確かだよ。それで、プログラムの一部を差し替えた」
「差し替えた? ……もしかして、それが強化プログラムってヤツか?」
「だねぇ。よく分かるね、アッシュ」
「ボイドだ、今は。……それがここにあると思ってNOISEが襲ってきたんだな」
「どこで聞きつけたのかねぇ。KIDOの連中も、知ってる情報があるなら吐けと言ってきたよ。今更どうしてかな」
「……ごめんなさい。オレのせいです」
逸次の言葉に、彩斗はぐっと拳を握りながら謝罪した。
突如頭を下げられた逸次は、不思議そうに眉を持ち上げる。
「どうして君のせいになる?」
「オレが、父さんのSSDを捨てなかったから。調べてく中でドジ踏んで……」
「ああ……有岡さんのIDが稼動した形跡があった、って言ってたなぁ」
君だったか、と逸次は納得したように呟く。
勇人のSSDを解析する中、彩斗は意図せずしてKIDO本社のデータベースにアクセスしてしまったらしい。
有岡勇人のIDを検知したKIDOは、失われたはずの強化プログラムがまだ何処かにあるかもしれない、と動き始めた。
そしてその動きを察知したNOISEは、KIDOに先んじて強化プログラムを獲得すべく、伊佐木逸次を襲撃した……と、概ねそういう流れらしい。
「オレが調べ始めたせいで、伊佐木さんのディアロイドが……」
「まぁ、原因ではあるね。とはいえ責められたものじゃあないよ」
私が逃げたせいだからねぇ、と逸次は先刻の言葉を繰り返した。
有岡勇人の事故死の後、伊佐木逸次は彼のポストを継ぐよう迫られたのだ。
その仕事には、彼が反対したディアロイドの兵器化と……それをより効率的に行う為の強化プログラム開発が含まれていた。
懊悩の末、逸次はそれに納得できず、さりとて会社と戦う気にもなれず……
結局、KIDOを退社することでその問題から目を背けたのだ。
「……殺されるのは、怖かったからねぇ」
情けないだろうと肩を落とす彼に、「当然のことだ」とボイドは返す。
「勇人の死に疑念を抱いたなら、同じ目に遭うのを恐れるのは自然の流れだろ」
「言い聞かせたとも。そうやって自分に。けれど、彩斗君は恐れていないんだろう?」
「怖いは怖いですよ。でも、それ以上に呑み込めないので」
彩斗の答えに、逸次はフッと笑う。
自分もそう考えられれば良かった。呟いた逸次は、「さて」と話題を切り替える。
「君のお父さんが殺されたとすれば、そこに原因はある。けれど証拠はない。ただの疑惑では、いくら重ねても届かないだろうからねぇ」
警察が早々に事故と判断したのには、KIDOからの働きかけもあったはずだ。
警察内部、或いは政治組織にも、兵器としてのディアロイドを欲している人物がいるのだろう。そういった勢力からの後押しを受けて、KIDOは疑惑の目から逃れ続けている。
打ち破るには、明確な証拠が必要だ。
けれどその証拠は、ここには無いのだと逸次は語る。
「我々では、現状を打破することは難しい……と言わざるを得ないねぇ」
「そんな……」
ここまで来たのに、結局無駄足だったのか。
肩を落とす彩斗に、「けれど」と逸次は続ける。
「一つだけ、気になることがあるんだよねぇ」
「気になること? なんだ、それは」
「事故の状況だよ。彩斗君は詳しく聞いてるかい?」
「交通事故だ、としか。それから……飛び出したのは父さんだ、って」
そんなわけがない、と彩斗は考えている。
けれど運転手はそう証言していたし、その時向かい側の道路にいた通行人も、他に人影は無かったと語っている。
「そう。車載カメラにも、人の影は映っていなかったそうだよ」
「……それは。流石に故意だというには厳しすぎるな」
ボイドの言葉に、「そうだね」と逸次は相槌を打つ。
「どういうことですか。伊佐木さんもやっぱり事故だ、って言い出すんですか?」
「そう信じられるなら、殺されることを恐れる必要は無いよねぇ」
「っ……じゃあ、どういう意味なんです」
「仮定の話だけれどねぇ。……例えば、ディアロイドが突き飛ばしたんだとしたら、どうかなぁ?」
「っ……!?」
逸次の指摘に、彩斗は眼を見開いた。
確かにそれなら、車載カメラや通行人に見つからずに事を進められるかもしれない。
「だが待て。確かにディアロイドなら見つからないかもしれないが、そんなパワーは俺達には無いだろ」
ボイドは逸次の推理に異を唱えた。
たとえ姿を隠せても、そもそも突き飛ばすだけの力が無ければ話にならない。
そして、全長15センチほどのロボットであるディアロイドに、それだけの力はない。
「銃や剣で傷をつけることは出来ても、長身の勇人を突き飛ばせる機体はいない」
ノープロの個体でも、そのような犯行は難しいはずだ。
ボイドの指摘に逸次は頷いて、「でもね」と更なる情報を開示する。
「それが可能なディアロイドがいた、と言ったらどうだい?」
「いるのか!?」
「コードネームはGRP-13。……ボイドがいなくなった後に開発された機体だねぇ」
「そいつが……父さんを……」
「決めつけは出来ないけれどねぇ。確証は無いし。ただ、可能だ」
「…………」
逸次の推理を聞いた彩斗は、じっと黙って考え込む。
全ては逸次の予想であり、事実とは限らない。
けれど、他にあり得そうな可能性は見当たらなかった。
「……確かめないと」
「だがどうやって確かめる。KIDOの社員にでも頼むか?」
「難しいだろうねぇ。13号は社長の所有ロイドということになっているから……」
恐らく、信用出来るものにしか任せはしないだろう……と逸次は語る。
正攻法での攻略は無理だ。とすれば、方法はもう一つ。
「突入か。……荒業だが」
「犯罪だよォ!?」
「残念ながら慣れている。人間じゃない俺に法律は関係ないしな」
「いやいやいやぁ、そういう問題じゃないよ、そういう問題じゃ」
「うん。ダメじゃない? ボイド、そのGRP-13見たことないんでしょ?」
「そういう問題でもないと思うんだよねぇ……」
彩斗の指摘に、逸次は頭を抱えて零す。
ボイドはそんな彼を放っておき、「特徴が分かれば探せるだろう」と返した。
「社長付きのディアロイドということは、居場所もその辺りに絞られるはずだ」
「かもしれないけど、情報が足りないよね。戦闘データとかも欲しいところじゃない?」
「まぁ、そうだな。逸次の話を信じるなら、相当な出力を持っているはずだ」
勇人の死にそのディアロイドが関与しているのか。
調べるためには記憶データを閲覧する必要があるが、素直に渡してくれるハズもない。
つまり、一度はそのディアロイドを倒し、行動不能にする必要があるのだ。
「倒すためには情報が要る、か。……逸次、なにか無いか?」
「無いか、って。まだ私は突入案を認めたわけじゃないんだよォ」
「言ってる場合じゃないんですよ。他に手があるなら別ですけど」
彩斗の言い様に、逸次は「むぅ」と唸る。
確かに、証拠を手に入れる為にはGRP-13と戦う以外に道はないだろう。
「……でもね、私が何を言ったところで役には立たないだろうと思うよ。コマは何度か試験戦闘を行っているから、情報を持っているけれど……」
言いながら、逸次は「ああ」と天を仰ぐ。
そのコマは、今はNOISEに捕らえられてしまっているのだった。
「なるほど。ならまずはコマの救出を優先しないとな」
「出来るのかい!?」
「やってみるだけは。ただし報酬は戴く。いくら逸次相手でもな」
「……そうやって生きてきた、って聞いてるよ。……何が欲しいんだい」
「話の流れの通りだ。コマの持つGRP-13の情報。それから、俺たちがやることに目を瞑る。これが救出を引き受ける条件だ」
それでいいよな、とボイドは彩斗に目を向ける。
妥当なとこでしょ、と彩斗もその提案に頷き、逸次の返答を待った。
「……全く。少し見ない間に、ずいぶんと悪い子に育ってしまったねぇ」
「悪いな。大人になったんだ。……俺だけが」
「彼の願っていた大人とは、違うんじゃあないかなぁ。……まぁ、いいさ」
溜め息混じりに、仕方がないと逸次は呟く。
彼に頼る他に、NOISEからコマを救出する手立ては無いのだ。
その代償が犯罪の見逃しだとしても、勇人の死の真相に繋がるなら意味もある。
「ボイド。君に頼むよ。どうかコマを取り戻してほしい」
「了解した。契約成立だ。……ところで」
ボイドは逸次と彩斗の顔を交互に見比べたあと、言い辛そうに続けた。
「どう探す? 正直、まるで目星がついてない」
*
窮状を打破したのは、彩斗だった。
「コマのGPS信号は、ここで途切れてる。多分NOISEに切らされたんだろうね」
「まださして離れてないな。ここからどう絞っていく?」
「監視カメラ映像を確認してく形になるね。NOISEやコマの画像データと照合して……」
彩斗はハッキングで入手した映像を解析し、NOISEの移動先を探ろうとする。
ざっくりと犯罪だが、依頼した以上、逸次は何も言えない。
ただ、この工程の成果は芳しくなかった。
「……出てこない。単純に映ってないのか、映らないようにしてるのか……」
「後者だろうな。彩斗のような手でアジトを探られるのを避けてる」
「かもね。ってことは、映らない場所を選んで歩いてることになる」
「裏道か。俺もよく使う。追跡は難しいか?」
「うーん……待って。ちょっとSNSで確かめてみよう」
言いながら、彩斗はSNSでいくつかのキーワードを検索する。
結果、いくつか気になる言葉が発見出来た。
「あったよ。ディアロイドが三体並んで歩いてた、とか」
投稿時間を見るに、タイミングは合っている。
「あとは……このアカウントの持ち主が何処にいるのか調べて……」
「分かるのか、それ?」
「投稿内容とか写真で分かるよ。……あ。この人、現在地設定切ってない。場所も近い」
「……カンタンに特定出来るんだねぇ……」
「この人は特に迂闊かな。まぁ、こういう『珍しいものを見た』って内容だと、警戒心浅い人が多いから」
作業に集中しているせいか、逸次に対しても敬語が外れているのに気づいていない。
それから彩斗は、投稿があった近辺での空きビル情報を確認する。
「なぜビルなんだ?」
「話を聞く限り、NOISEって何体もディアロイドがいるんでしょ? 雨露しのげる場所と、電源は必須。でも人間の世話になるなんてあり得ない」
なら、入居者のいない空きビルや廃ビルあたりが怪しいだろう。
彩斗はそう推理して、検索に引っかかったビルに関して更に情報を調べていく。
「これ! 駅前の幽霊ビル。老朽化でテナントの入ってないビルで、物音や光が……」
「よくある怪談だねぇ。これの正体がNOISEだ、って?」
「可能性は高いよ。他にそれっぽい場所は無いから、違ったらお手上げ」
「……充分だ。そこからは俺の仕事だな。実際に行って確かめる」
お前は待っていろ、と言われて、彩斗は不満げに眉を寄せる。
「なんで? ここまで絞ったのオレじゃん。確かめさせてよ」
「相手は人間を傷つけることを厭わない。お前が来てもジャマになる」
近くで待機していてくれと言われ、彩斗は渋々頷いた。
ボイドの邪魔をしたいわけじゃない。ただ、力になりたかっただけだ。
「よし。じゃあ行ってくるぞ、逸次」
「気を付けるんだよ、本当に。君に何かあったら、碓氷君に申し訳ないからねぇ」
「……気にしすぎだ。お前はコマの心配だけしておけ」
そう言い残して、ボイドは一足先に目的地へと走り出す。
遅れて出発する彩斗たちを見送って、逸次は独り呟いた。
「本当に。私たちが思っていた以上に成長したねぇ、彼は……」
【続く】
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