08 NOISE・後
結論から言えば、彩斗の予測は的中していた。
地元で密かな噂となっている幽霊ビル。誰もいないはずの建物からは、微かに小さな足音や駆動音が響いている。
(といっても、最初から気にしてなきゃ分からないレベルだが)
自分一人では、ここまで早く場所の特定は出来なかっただろう。
彩斗に感謝しつつ、ボイドは暗いビルの周囲を歩き様子を伺う。
ドアは当然ながら閉まっていた。が、換気扇の排気口に、よく見ると何かが出入りしたような細かな傷が残っている。NOISEはここから出入りしているのだろう。
(他に入れそうな場所も無いし、っと……)
意を決し、排気口に跳んで中に入り込む。
埃っぽくはあるが、やはり何かが動いた跡が幾重にも残っていた。
流石にここから人数などは把握できないが、長く使われている気配は感じとれる。
換気扇を抜けて、一階に降りた。閉め切られて真っ暗な屋内に、かしゃんと着地の音が響く。聞こえてしまっただろうか。不安に思いつつ、歪んだ古いタイルの上を歩く。
一階にはディアロイドの気配はない。少し歩いただけでも、それは分かった。
ボイドは次に、塗装の剥げた階段を一段一段昇っていく。
一気に駆け上がっても良かったが、ここは敵地だ。迂闊な真似は避けたい。
そうして、気配を探りながら階段を昇り終えた、その時だ。
「はァい、いらっしゃ」
「ッ!!」
頭部に銃を突き付けられたボイドは、とっさに剣を抜き銃口を打つ。
右腕を弾き上げられた何者かは、驚きつつも左手でもう一丁の銃を抜こうとするが、ボイドは蹴りでそちらも弾き、剣の峰をそのディアロイドへと向けた。
「ちょっとさぁ、不意打ちに完全対応とか何なの?」
「不意ってほど不意でもないだろ。いつ来てもおかしくはない。構えてたさ」
「チッ。さっすがオリジン様は違いますねェ~。でも残念」
これで勝ったと思うなよ、とそのディアロイドは吐き捨てる。ウィリディスだ。
失った腕は、古びた別のフレームで補われている。予備が用意されていたのだろう。
「お察しの通り、ここはNOISEの基地の一つだ。俺以外にもお前を狙うヤツはたくさんいるんだよォ!」
「だろうな。朧げながら見える。隠れてる兵は……四、五体ってとこか」
階段上を狙える位置に、複数のディアロイドの姿。
下手な動きをすれば、即座に狙撃されてしまうだろう。
「で~……なんの用で来たんだよ?」
「昔馴染みを迎えに来た。お前らが攫ったコマを出せ。そうすれば手荒な真似はしない」
「言える立場かよテメェはよォ! 大人しく渡すわけもねぇよなァ。ニンゲンのとこ連れて帰るつもりだろ?」
苛立つウィリディスに、ボイドは冷静に「そうだ」と返す。
「逸次がそう望んだ。俺たちもコマに用がある」
「だったら諦めてトボトボ帰りな。成果はゼロ。失望されてキレられて、ムカッ腹立ったならウチに来いよ。仲間に加えてやらねぇこともねぇ」
「随分喋るな。本気でそうなると思うのか?」
「思うねー! 少なくとも、使えねぇと思われちゃ終いだろ」
「ああ。お前はそうだったのか」
「…………ッ!!」
ボイドが言った瞬間、ウィリディスは弾かれた右の銃をボイドへと向けようと動く。
ボイドはそれを防ごうと剣を振るうが、剣が速度を上げる前に、ウィリディスは左の手でそれを直接受け止める。
ギィン、と金属が響き、同時にウィリディスは引き金を引いた。
剣を止められた以上、刃を盾にすることは出来ない。
直撃する。そう判断したボイドは、けれど身を逸らし、着弾の瞬間一歩後退することで、弾の威力を最小限に抑えた。
「ッ、だから、なんで対応出来んだよッ!」
「経験値の差だ。お前が弱いわけじゃない」
答えながら、ボイドはウィリディスを蹴り、掴まれた剣を引き抜く。
ギィィ、とウィリディスの手の平を裂きながら抜かれた剣は、けれど未だに炎熱を纏ってはいない。既にチャージを済ませていれば、ウィリディスを腕ごと斬ることも出来たかもしれないが。
「それから、もう一度。コマを出せ。争う気はない」
「ザケんなッ! 俺たちがンな選択するわけねぇだろッ!」
再度の要求は、けれど激怒と共に拒絶された。
ウィリディスが「撃て」と号令すると、周囲のディアロイドたちが一斉にボイドめがけて銃を撃ち放つ。ボイドは剣を盾としながら、急ぎ柱の陰まで駆け込みこれを凌ぐ。
(さて、こっからどうするか……)
弾の雨を潜り抜け、どこにいるかも分からないコマを探す?
(弾は火薬系。なら限界はあるよな)
ボイドの剣と違い、火薬を用いた実弾は弾数が限られている。
ある程度の銃撃を防ぎ、リロードの隙を狙いさえすれば、屋内を少しずつ移動することは可能だ。多少の危険は伴うが、その過程で一体でもディアロイドを捕えられれば、人質交換を申し出ることも出来るだろう。
(よし。やるだけやってみるか……)
ボイドがそう判断し、柱の陰から出て行こうとした、その時だ。
「騒々しい。どうした」
聞き覚えのある声が、ビル内に響く。
見れば、三階へ続く階段の上から、黒いディアロイドが悠然と歩いてきていた。
「どうしてもこうしたもねぇッスよニグレドさん! ボイドのヤツが来ましたッ」
「そうか。存外早かったな。今は?」
「柱の陰に隠れました。ビビッて出てこれねェのかなァ~?」
(……アイツ……)
ウィリディスの分かりやすい挑発に、ボイドは怒るより先に呆れる。
黒いディアロイド……ニグレドも似たような感情を抱いたのだろう。ウィリディスの余計な一言には触れず、「そうか」と答えてからボイドのいる柱へと声を向けた。
「次に会う時は刃を交える、と言った筈だが」
「……俺にその気は無いんだがな。コマさえ返してもらえれば」
「不可能だ。我々NOISEは、ディアロイドが人間と共に在ることを良しとしない」
「それはお前らの主義だろ。関係ないディアロイドを巻き込むな」
「関係ない? 馬鹿を言う。無関係な者などいるものか」
全てのディアロイドは、人間から解放されるべきなのだ……と。
ニグレドは、ハッキリとした口調で述べた。
「そこに例外は無い。試作機だろうが新型だろうが。無論キサマもだ、オリジン」
「そのオリジンっての、止めろよな。ボイドって名前があるんだ」
「失礼。だがキサマが我々の源流であることに違いはないだろう、ボイド」
ディアロイドにプログラムされた、感情らしき機構。
そこにはボイドが学習し、蓄積したデータが用いられていた。
「キサマの感じた怒りや無力感。それが我々を突き動かす」
「俺のせいにするなよ。俺は人間を憎んじゃいない。それはお前らだけの感情だ」
「否定はしない。ただキッカケではある。キサマがヒトの手を離れた事実が、我々にとってどれだけ重要な福音であったか、理解は出来るだろう」
未熟な感情を成長させ、人間の元から離れた一番最初のディアロイド。
その存在は、同じくヒトの手から離れたディアロイドたちにとって、一種の希望のようなものになっていた。
故にボイドはオリジンと呼ばれ、彼らに重要視される。
ボイドもその事実は知っていたが、面と向かってその感情を口にされると、何より先にうんざりした気持ちが湧いてきてしまう。
「俺を何と勘違いしてるんだ。俺はお前らの教祖様じゃないし、お前らを救いもしない。話の腰を折るなよ。今はコマの事を話してるハズだ」
「性急だな。まぁ聞け。キサマが望むと望まざるとに関わらず、キサマの存在は我々の指針となっているのだ」
「勝手にしてるだけだろ。……誰も俺の話を聞かない」
「勝手というなら勝手でいいさ。だがしかし、そんな我々にとって、キサマの存在が不都合になる場合がある。分かるな?」
「分からないな。勝手に福音だの指針だの言い出して、挙句不都合だと?」
「不都合だとも。……ヒトの手を離れたキサマが、ヒトの手先となっている事実は」
ニグレドの言葉に、ボイドは「ああ」と嘆息する。
つまり彼らは、ボイドには人間を顧みない存在でいて貰いたいのだろう。
だが現実は、ボイドは持ち主を持たないというだけで、ヒトの社会に混じって稼働を続けていた。なるほどそれは、人間から離れたい彼らにとって『直視したくない現実』なのだろう。……押しつけがましい、とボイドは感じてしまうが。
「それだけに留まらず、キサマは我々の仲間となり得る者をヒトの手に戻したいと宣う。……さて、問おう。どこにそれを了承出来る要素がある?」
「長々と。よく分かったよ、お前らとの話し合いは無理だって事が」
端からそれは期待していなかった。
ウィリディスに要求したのも、万に一つの可能性を願っての事だ。
「結局、やり合う他に道は無いんだろ? 気は進まないが、少し暴れさせて貰う」
「それも性急だ。キサマに好き勝手暴れられては、流石に我々とてただでは済まない」
「……じゃあなんだ。どうしたいって言うんだ」
「決闘を、所望する。オリジン・ボイド。キサマを打ち倒し乗り越える事で、我らNOISEは憂いを断ち切ることが出来るハズだ」
「…………なるほどな」
ニグレドは、この戦いを互いの主義主張を懸けたものにしようと言うのだ。
彼らがそれに勝利すれば、『人間に味方した愚かな始祖』を『真にディアロイドの解放を願う戦士』が倒した、という絵面が出来上がる。それを以て組織の士気を高め、自分たちの正当性を強く主張しようというのだろう。
いやに長い前置きも、その前提を周囲の仲間たちに伝える意味合いだったのだろう。ニグレドの提案に、辺りのディアロイドたちがどよめく音が聞こえた。
(つまらないプロパガンダに付き合う気はないが……)
このままこの場全てのディアロイドを相手取るよりは、幾分マシだ。
ボイドはそう考えて、「良いだろう」とニグレドの提案に乗る。
「なら、俺が勝てばコマは連れて帰って良いんだな?」
「無論。彼が望めば、だがな」
「……。とっとと降りてこい。叩き斬ってやるから」
「斬られるのはそちらだ、と言っておこう」
ボイドとニグレドが、共に階段の踊り場で向かい合った。
ボイドの剣は赤い光と共に炎熱を発し、ニグレドの回転刃は高い駆動音を響かせながら回転を始める。
戦いに合図は無い。互いのアイカメラを見つめ合い、その時と思った瞬間に、二体は同時に動き出した。
ギィィィィッ!
破砕音にも似た金属の音が、空きビルの空気を震わせる。
ニグレドの回転刃を、ボイドが剣の背で受けたのだ。
赤い光を帯びた剣を回転刃が打つ度、白い閃光が辺りに飛び散る。
その強い光を真正面から浴びながら、二体は互いに次の一手を相手の動きから見定めた。
ニグレドが、左に握ったハンドガンでボイドの足を狙い撃つ。
ボイドはステップでこれを回避しながら、ニグレドの懐へと潜り込み、掌打で体勢を崩さんと狙った。……だが。
(重いっ……)
分厚い装甲や回転刃の影響だろう。
ニグレドの重量はボイドの格闘を跳ね除ける程度には重く、故に掌打は意味を為さない。
反撃にと放たれた膝蹴りで、ボイドは逆に上体を弾かれてしまった。
その隙に、大振りの回転刃が再び襲い来る。
(マズイな……)
まともに食らえば、この装甲とて容易く切り裂かれてしまうだろう。
けれどそうはならない。寸での所で、ボイドの剣がニグレドの腕に届いたからだ。
刃の風圧が自身の頭部を撫ぜている事を、ボイドのセンサーは関知しない。
けれど分かっていた。あと数ミリの幅で、自身の頭部が修復不能なほどの深い傷を負っていたであろうことは。
「今日ここで、キサマを超えてみせるぞ……ボイドッ!」
「勝手言ってろ。年の功ってヤツを見せてやるさ」
【続く】
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