07 引き金・後

「彩斗、一旦下がれ!」


 ボイドは剣の切っ先をウィリディスに向ける。

 彩斗が頷いて陰に隠れると同時に、ウィリディスの弾丸は発射された。

 パスン、と小さなガスの音がして、階段横の壁が抉れる。

「プロテクトが効いてない……それにNOISEって!」

「あぁ。ニンゲン嫌いのディアロイドだ。だがなんで今……」

 思考を巡らせる。もし逸次を狙う者がいるのだとすれば、KIDOだろうと考えていた。

 けれど実際には違った。舌打ちしてリロードする目の前のディアロイドは、自らをNOISEだと名乗っている。


「……ウィリディスか。なぁオイ、俺たちはそこの男に用があるんだが」

「ダメだ。強化プログラムはKIDOに渡せねぇ。ぶち壊すまでジャマすんなよ」


 強化プログラムの事まで知っているのか。

 ボイドは内心驚きつつ、彼が一点誤解していることに気が付く。

「俺はKIDOのディアロイドじゃないぞ」

「ハァン? ……マジで?」

 その言葉に、ウィリディスの照準がブレた。

 瞬間にボイドは踏み込んで、ウィリディスと逸次のいる部屋へと突入する。

(あーあ、荒らされてんな)

 内装はぐちゃぐちゃになっていた。

 ちらと逸次を見ると、出血の様子は無かった。息もある。恐らく気絶しただけだろう。

(なら、コイツを追い出せば!)

 話はそれで済む。

 ボイドは切っ先を棚上のウィリディスのへと向け、剣へとエネルギーを収束する。

「そっから届くわけ……いや……」

「緊急事態だ、焦げるくらいは許せよ逸次!」


 クラッシュ!


 ボイドは叫び、剣の峰から紅の閃光を射出する。

 光線は真っすぐにウィリディスへと向かうが、危険な気配を察したのだろう。ウィリディスは身をよじり、寸での所で直撃を避けた。

「のわッ!? 熱ッ!? テメェこれ!」

(外したか。だがこの感覚……)

 回路への負荷が、思いのほか軽い。

 星奈の元で調整を受けた成果だろう。全体的に挙動が安定し、電力のロスも減っていた。

(これなら、あと数発は撃てる。といって……)

 クラッシュには、エネルギーを充填する時間が必要だ。

 不意打ちに失敗した今、相手がその時間を与えてくれるかは怪しい。

 事実、肩の装甲を一部溶かしたウィリディスは、光線の危険性に気づき棚から棚へと移動を始めている。同時に牽制として撃たれた弾丸を弾きながら、ボイドは次の手を考える。

「クソが! 違法武器ってこたやっぱKIDOだろテメェ!」

「なんでそうなる。お前だって違法武器を使ってるだろ」

「俺はNOISEなんだよ! ニンゲンのルールなんざ知ったことか!」

 言いながら、ウィリディスは連続して弾丸を撃ち続ける。

 狙いは的確だが、それ故に防御は容易かった。

 剣の背でこれを受け続けながら、ボイドは彼との会話を続ける。


「強化プログラムの情報はどこから手に入れた? KIDOが動いてるっていうのも」

「テメェにバラすわけねぇだろクソ人形がよォ!」

「また人形呼ばわりか。けっこう腹立つんだがな、それ」

「ニンゲンの言いなりになってるオモチャなんざ、人形で十分だろうが!」

「言いなり? ……誰が」


 ダンッ! ボイドは床を蹴り、棚を駆け上っていく。

 なるたけ穏便に済ませたい気持ちは残っていたが、流石に看過出来ない言葉だった。


「俺は誰の言いなりでもない。誰の持ち物でもない」

「チッ、速ェ……!」


 ウィリディスはハンドガンでこれを迎え撃つが、ボイドは磨かれた剣の背でこれを全て弾き切る。すぐさま距離は詰められて、あと一段、上りさえすれば剣の届く所まで来て。


「ッ、これ以上近づいたらアイツを――」

「効くと思ったか、間抜け」


 逸次へと銃口を向けたウィリディスは、次の瞬間、その腕が落とされていることに気づく。切断面のプラスチックがジュワッと音を立て、バヂヂと火花が飛び散った。


「アアアアアッ!?」

「殺すつもりなら最初からやってるだろ、お前らは」

「だからって躊躇すんだろ人形ならよォォォォッ!!」

「そこが間抜けだ。人形じゃないって言ってるだろ」


 ボイドは冷たく言い放ちながら、赤熱した剣の背をウィリディスへ向ける。

 伊佐木逸次がボイドの目的であることは、先刻告げていた。

 もしボイドがKIDOの手の者であるのなら、単なる脅しと理解したとして、万が一を想定して動けなくなっていただろう。だが現実には、ボイドは自身の判断のみを基準に動いている。あり得ない、と判断出来た時点で、彼の脅しは効力を失っていた。


「もう一度、聞くぞ。強化プログラムの情報はどこで知った。KIDOの情報もだ。何処から、どうやって、手に入れた?」

「っ……」


 一つ一つ、叩きつけるように投げかけられた言葉。

 ウィリディスは息を呑むような音を放ち、沈黙を続ける。

 言えない。だがこのままでは破壊されるかもしれない。


「……俺たちは常にKIDOを見張ってる。そこで妙な動きを検知した」

「なるほど、諜報には向いてそうだもんな、お前ら」


 ややあって喋り始めたウィリディスに、ボイドは内心安堵した。

 敵とはいえ、同族を傷つける真似は出来るだけしたくなかったのだ。

「それで? ここまでたどり着けた理由は?」

「それは、……たしか、だな……」

 重要な所で、ウィリディスは言い淀む。

 ディアロイドである彼に、記憶を探る必要性はない。

 時間稼ぎだ、と理解したボイドが剣を握り直した所で、声が響いた。


「何を遊んでいる、ウィリディス?」


 重く、響く、厳格な音。

 それを聞いた途端、ウィリディスは「ハハァッ!」と歓喜の声を上げた。

「すんません、失敗しましたァ! 助けてくれます?」

「無論。だが油断したか。何故に片腕を落とされた」

「アハハァ! クソ人形……じゃねぇのか。なんか知らないけど強いのがいましてェ!」

「っ、おい、何を勝手に喋って……」

 べらべらと現状を口にするウィリディスに、ボイドは焦りを覚える。

 声はボイドの背後、窓の方から響いている。確認の為に顔を向ければ、すぐさまウィリディスは逃げてしまうだろう。

(が、このままってわけにもいかねぇか?)

 新手がそこにいるのなら、片腕を落とした敵に構う余裕はないのかもしれない。

 演算が終わる前に、声の主はボイドへと言葉を掛けてきた。


「灰色の装甲。炎熱の剣……推察する。キサマはあのボイドで間違いないな?」

「あぁ、なんだ。俺のこと知ってんのか」


 有名になったものだな、とボイドは笑い混じりに答える。

 だが内心は別だ。自分の名前も得物も了解しているということは、戦い方も把握されているということだろう。……マズい。


「当然だ。キサマは我々にとっても重要な存在である故に。……現状は、腹立たしいが」

「俺はお前のこと知らないし、怒らせる理由もよく分からないな。こいつの腕を斬ったからか?」

「些事だな。戦いは容認出来る。認めがたいのは、キサマが人間の側に立っている事実だ」

「へぇ。……まぁNOISEだもんな、何考えてるかは分かるよ」

「理解するなら我らの門を潜れ。キサマがその気になれば、歓喜する同胞は多い」

「勧誘ならお断りだ。前にもお前らの仲間にそう伝えたハズだが?」

「周知の事実だ。が、諦めきれぬ者も多いのでな」


 そのディアロイドの言葉に、ボイドはため息を吐いた。

 面倒臭い。NOISEという組織に、ボイドは出来得る限り関わりたくないのだ。

(ってわけにもいかねぇけど。さて、どうすっかな)

 ここまで話した雰囲気から察するに、相手は少なくとも目の前のウィリディスよりは上の立場にいるらしい。実力も相応に高いだろう。

(戦うのはいいが、逸次が気になる)

 気を失ったままの彼を、これ以上放置したくはなかった。

 上手く帰らせるしかないだろう。だとすれば、とボイドが動こうとした時、先に相手側が提案してきた。


「ボイド。ウィリディスをこちらに渡せ。そうすれば我々は退く」

「いいんスかァ!? 俺の為にィ!?」

「救助を、と乞うたのはキサマだろう。我々とて仲間は惜しい」

「お優しい事だな。じゃ、それで手を打とう」


 情報をこれ以上探れないのは勿体なかったが、現状ではこれが最善だろう。

 ボイドは頷いて、ウィリディスに剣を突き付けたままゆっくりと立ち位置を変える。

 彼の首元に炎熱刃を向けながら、反転したボイドは、ようやく声の主の姿を目の当たりにした。


 黒い、ヒト型のディアロイド。

 全体を重厚な外装が覆い、右の腕には凶悪な回転刃が取り付けられている。

 左の腰にはウィリディスのものとは別の形状のハンドガンが備えられており、恐らくは中距離戦闘の対策だろうと推測出来た。

(万能型の重戦士か。色々と厄介だな……)

 アレと今は戦わず済むことを、ボイドは密かに喜んだ。

 そのままウィリディスを連れて、ボイドは彼の立つ窓辺へと寄った。


「ほら、仲間は解放してやる。早く帰れ」

「承諾した。……おっと。名前くらいは名乗っておこうか」


 ウィリディスを窓辺から逃がしつつ、黒いディアロイドはボイドへ向き直る。


「私は『NOISE』のウォリアー、ニグレド。……次に会う時は、刃を交えることになるだろう」


 ニグレドはそう言い残し、その場を後にした。

 黒い後ろ姿が建物の陰に消えてゆくのを見届けて、ボイドは再びため息を吐く。

「どうしてこう……厄介ごとが増えるんだ」

 ニグレドというディアロイドは、恐らくかなり強力だ。

 そんなヤツに目を付けられた事実が、ボイドには憂鬱だった。

 せめて無視できる事案であればいいが……望み薄だろう。

 倒れたままの逸次を、ボイドは若干の恨みがこもった目で見つめた。


 *


「……うぅ……君、は……?」


 伊佐木逸次が目覚めたのは、それからややあっての事だった。

 意識を取り戻した彼は、自身に被せられた毛布と周囲の状況、そして見知らぬ子どもの存在に困惑の表情を見せる。

「すみません、ベッドまでは運べなくて……」

「枕と毛布は用意してやったんだ。感謝しておけよ、逸次」

「……アッシュ? なぜここに。……ああ待て。待てよ。……思い出した」

 彩斗の顔をじっと見た逸次は、「有岡さんの息子だろう」と彼の正体を言い当てる。

 彩斗が頷くと、大きくなったなぁと呟いてから、再び戸惑った顔に戻った。

「アッシュと君がどうして。というか私は……」

「伊佐木さん、NOISEのディアロイドに襲われたんじゃないですか? 強化プログラムの件で」

「ああ、そうだ。彼らはアレを知っていて、私の元からデータを奪おうと……それに抵抗して……アッシュ、コマは何処にいる!?」

「コマ?」

 今度はボイドたちが困惑する番だった。

 分からないといった様子に彼らを見て、逸次は「ああっ!」と顔を覆う。

「連れていかれたのか、アイツらに……」

「コマってなんだ、逸次。回すヤツ……じゃないよな?」

「GRP-9、と言えば分かるかね。コマは……私のコマは……」

「……ああ、アイツか」

 名前を付けたんだな、とボイドが呟くと、逸次は小さく頷いた。

 GRP-9。かつてボイドと何度か顔を合わせ、戦った事もある試作機の一体。

 逸次は彼にコマという名を付け、退社の際に許可を得て引き取ったらしい。


「コマは、NOISEに連れていかれてしまったのか……!」


 蒼白になった逸次を見て、ボイドと彩斗は顔を見合わせる。

 どうやら、逸次にとってそのディアロイドは大切な存在であったらしい。

 情報を聞きに来ただけのハズが、大変な状況に居合わせてしまったようだ。


「……すまない。取り乱して。……君たちは……どうして、ここに」


 弱弱しい声で問う彼に彩斗は己の来意を告げる。

 父の遺したデータと、強化プログラム。そして父の死の理由の究明。

 彩斗の置かれた状況を聞いた逸次は、「そうか」と言って天を仰ぐ。


「ツケが回ってきた、ということだろうねぇ……」

「ツケ?」

「逃げたツケだよ。私は逃げた。今になって、色々なモノに追われて……」


 挙句、大切な相棒を失ってしまった、と彼は自身を嘲笑う。

「逃げるべきじゃ、なかったねぇ」

「何から逃げたんだ、逸次。話してくれ」

「そうだねぇ。君や彩斗君になら、全部話してもいいか……」


 逸次はそう呟いて、語り始めた。

 ボイドがKIDOから逃げた後、何が起こったのか。

 なぜ彼をNOISEと名乗るディアロイドが襲ったのか。

 事の起こりは、当時有岡勇人が開発を任されていた、強化プログラムに絡んでくる。


「KIDOはね。ディアロイドを兵器にしようとしてたんだ」


【続く】

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