05 蝉麻呂・後
「仕方ない……蝉麻呂ちゃん、奥の手よ!」
「了解発動、セミ・ファイナルゥゥゥーーーッッ!」
蝉麻呂が叫んだ瞬間、ビリ、とボイドの思考領域が揺らいだ。
「ガッ……頭、が……!?」
「ボイド!? っ、指示が飛ばない……」
「これがマロのラストサプライズ! 動き封じるシャウトジャミングだぜ!」
音波と共に放たれる攪乱。リンクしたディアロイドの思考に割り込み、なおかつアプリによる持ち主の指示を妨害する。
「こんなのアリかよ!」
「アリじゃないけどマロはセミ! だからオールOKッ!」
「……意味がッ……」
分からん、と叫ぶことすら、困難だった。
メモリの処理が重い。アプリによる指示に割り込まれ、そこから膨大な言語データが送り込まれているのだ。ボイドの主観としては、脳内で蝉麻呂が大騒ぎしているに等しい状況。思考の幅は狭められ、当然アプリを介した彩斗の指示は通らない。
「ごめんね、ズルくて。こういうの、使わないで済むならいいんだけどね」
「……ッ」
申し訳なさそうな星奈の声に、ボイドの思考は揺らぐ。
妨害機能。調整すればともかく、現状のスペックが対人ゲームに必要だとは、ボイドには思えない。なら、どうしてそんな力を蝉麻呂は持っているのか。
(星奈は、何を懸念している……?)
誰に使うことを、想定している?
疑念はけれど、今の状況には不必要なことだ。
今はこのジャミングに対応し、蝉麻呂の逆転を防がねばならない。
(思考領域はガンガン圧迫されてる。ならこの際……)
条件は違うが、近い状況は経験している。
電力の低下に対応した、不要な機能のカット。
それと同じ要領で、体を動かす分のメモリ容量を確保する。
そして今、カットすべき機能と言えば……
「……彩斗、"目"は頼んだ!」
「目っ!?」
それだけを告げて、カメラ機能をオフにする。
映像処理が不要になったことで、一瞬頭が軽くなった。
これなら動ける。けれど見えなければ、どのみち相手の出方を知ることは出来ない。
(……俺に分からなくても、問題ない)
ボイドは承知の上だった。自分が見えなくても、今の彼にはもう一つの目がある。
敵を観察し、考え、指示を出すもう一つの目。
有岡彩斗はすぐにボイドの考えを理解し、声に出して叫ぶ。
「後ろだ、ボイド!」
背後からの強襲。蝉麻呂の最も得意なパターン。
ボイドは彩斗の言葉を信じ、一歩前に踏み出しながら、剣を構えて振り返る。
「ジジジ!?」
「いるな、そこに?」
ギィ、と蝉麻呂の爪がボイドの剣に防がれた。
驚く弟の声を耳にして、ボイドは彼の位置をハッキリと理解する。
「今度こそ、終わりだッ!」
ザンッ! 爪を弾き、手首を返して暗闇を斬る。
掌に感じる軽い感触は、紛れもなく蝉麻呂の重みと、硬さで。
「ジ……ジジィ……」
じわりと、音が引いていく。
先ほどまでのメモリの喧騒が嘘だったかのように周囲は静まり帰り、決着を理解したボイドは、再びカメラの機能をオンにした。
「……まーけーたー! 兄貴強ェ~~!」
目の前では、ひっくり返った蝉麻呂がじたばたと震えていた。
うわ、とその様子に死にかけの蝉を思い出し、ボイドは彼から目を背ける。
「なんでなんでホワイ!? 蝉麻呂チャン、兄貴より高性能なんじゃなかったのかよォ~」
「いや……性能は確実に高かったぞ、蝉麻呂」
悔しがる彼に、ボイドは小さく声を掛ける。
単体性能だけで言えば、ボイドは蝉麻呂に勝てなかっただろう。
勝敗を分けた要因は、ディアロイドではなくプレイヤーにある。
「うん、これは私の負けだねぇ。彩斗君、めっちゃ強いんだもん」
はぁぁ、と星奈が深くため息を吐く。
彼を止める為、どうにかここで勝つつもりで、ズルい技さえ使ったというのに。
「これで負けてちゃあねぇ。完敗だよねぇ……」
「……あっ、勝ったのか、オレ」
「なんだ彩斗、今気づいたのか。……気が抜けたか」
蝉麻呂や星奈の言葉を聞いて、ようやく彩斗は自分が勝ったと分かったらしい。
呆れた声を出しながら、ボイドは彼の元へと歩いていく。
「お前の勝ちだ、彩斗。だからお前の好きにしていい」
父親のこと。KIDOのこと。非正規ディアロイドのこと。
危険な事は多く、決してボイド自身、推奨できる道ではない。けれど。
「お前が勝ち取った、自由だ」
「……ん。助かった、ボイド」
こくりと頷いて、彩斗はふぅと息を吐く。
緊張がほぐれたのだろう。その場に座り込んだ彼の顔を、ボイドは下から覗き込む。
「あー……良かった」
笑っていた。疲れた顔をしながらも、口元は緩み、明るい表情を見せている。
そのことにボイドは安堵して、そんな自分を卑怯だと感じた。
(良い事をしたわけじゃない)
安心していい立場にはいないのだ、自分は。
むしろ彩斗を後押しした責任を取り、全霊で彼を守らなければいけない。
「星奈。仮換装したフレームなんだが……」
「遅延かな? 動きの硬いところとかあった?」
「いくつか、気になる。調整頼めるか?」
「もっちろん! そっちのデータも取ってあるしね~」
ふへへ、と笑いながら、星奈は記録したデータをいじくり始める。
観測していたのは蝉麻呂のデータだけではなかったのか。思わぬ発言にボイドと彩斗は顔を合わせ、苦笑する。
「多分、ボイドのプログラム更新が必要になるかなーと思うんだけど、それは平気?」
「問題ない。再起動が必要か?」
「そうだねー。ちょっと時間は掛かるかも」
「そうか。……彩斗、そういうわけだから、俺は少し寝る」
構わないな、と問うボイドに、彩斗は頷いて見せた。
「こっちもこっちで話したいことがあったから。……境川さん、良いですか?」
「もちろん、なんでも聞いて。……分からない事も多いだろうけど」
あくまでハード側、玩具側の人間だからね、と星奈は苦笑いする。
それでも、今は少しでも多くの情報が必要だった。
*
「うん、確かにこれはディアロイドの強化用プログラムだね」
解析済みのデータを目にした星奈は、そう結論付けた。
彩斗の見立て通り、SSDに遺されていたのは、ディアロイドの強化を行うためのプログラムだという。
「これって、どういうものなんです?」
「簡単に言うと、ソフトウェア面での身体能力向上……かな。姿勢制御とか電力消費のバランスとかを変えて、より効率的に体を動かせるようになる」
ただ、と星奈は付け加える。
大まかな役割は間違いないけれど、これが実際にどのような挙動を行うプログラムなのかは、星奈にも分からないのだ。
「問題は、有岡さんがどうしてこのデータを秘匿したのか……かな?」
「……本命は日誌の方、とかですかね、やっぱり」
ディアロイドの強化プログラム自体は、さして大きな意味を持たないのかもしれない、というのが彩斗の考えだった。
「KIDOが狙ってるのも、開発日誌の中に犯行を裏付ける記述があるから、とか」
「うーん。でもそれさぁ、おかしいよね?」
「おかしい?」
「日誌の中にそんな情報があるなら、『捨てろ』とは言わないでしょう?」
星奈の指摘に、彩斗は「確かに」と頷いた。
有岡勇人は自らの死期を予測して彩斗にSSDを託し、廃棄を頼んだ。
だとすると、SSDに眠っているのは『誰かに見られてはいけないデータ』であるはずなのだ。それがKIDOの犯行証明では、話が矛盾する。
「やっぱり、有岡さんはこのコードを葬り去りたかったんだと思うよ」
「でも……ディアロイドの機能を向上するプログラムを、なんでわざわざ捨てる必要があるんだろう……」
彩斗は不安げに呟いた。
父親が隠し、捨て去ろうとした情報。
彼はその中にこそ真実が眠っているのだと考えていたが……現状では、ハッキリとした光明が見えてこない。
「嫌な想像ですけど、例えば父さんが、会社に無理難題を押し付けようとして……その交換条件にコードを使った、とか……」
「いや、それは無いよ。有岡さん、自分の仕事には誇りを持つ人だから」
暗い想像を、星奈は一蹴する。
コードを隠すメリットが見えてこない以上、父親がそれを私的に利用しようとしたというのは、あり得なくもない想像だった。けれど境川星奈の見てきた有岡勇人は、そのような人物ではない。
彼女の言葉に、彩斗はホッと息を吐く。父親が悪いのではないか、という考えは、予測に過ぎなくても彼の心には重かったからだ。
「けど、強化プログラムかぁ。そんなのがあるんなら、私にも話して欲しかったなぁ」
「……父さんとは、あんまり話しなかったんですか?」
「したけど、全部の情報が公開出来るわけじゃなかっただろうからねぇ。色々、話せないこともあったんじゃないかなぁって思うよ」
カブラヤはKIDOの協力企業だが、ディアロイドの根幹技術について、全てを明かされているわけではなかった。
情報レベルはしっかりと管理されていて、有岡勇人がその禁を犯すことはまずなかったと彼女は語る。
「しっかりした人だったよ、本当に。ディアロイドが形になったのも、有岡さんがリーダーだったからだって思うもん」
「そう、なんですか……」
「逆に、彩斗君はお父さんと話はしなかったの? 今こんなものを作ってるんだ、って」
「ふわっと、ロボットを作ってる……とは、聞いてましたけど」
家庭においても、彼の線引きは厳密だったようだ。
ディアロイドについて、彩斗は父親から殆ど何も聞かされず過ごしてきた。
プロジェクトが公に発表されて、ようやくその概要を耳にした程度なのである。
「だから……分からないです、父さんが職場で何をしてたのか、とか」
「興味ある? ……っていうか、最初はそういう話なのかなぁって思ってたんだけどね」
有岡勇人の息子が来ると聞いて、星奈は当初、父親の仕事について知りたいのだろうかと考えていたのだ。蓋を開けてみれば、そんなに気楽なものではなかったけれど。
「ああ、そういえば……思い返してみれば、それらしい出来事、あったかも。有岡さんがコードを消去するかもしれない理由」
何か伝えるべきことは無いかと思い出を精査して、ふっと星奈は過去のある瞬間を思い出す。もしかしたら、それが今回の事件に繋がってくるかもしれない。
「それ、聞かせてください」
今はどんな些細な情報でも欲しい時だった。
彩斗が食いつくと、星奈の視線は、卓上のボイドへと向けられる。
外装を外され、機械に繋がれたボイドは、プログラムのアップデートの為に今は眠りについていた。
「じゃあ、先にボイドの話からした方がいいかも」
「……ボイドの……?」
「っていうか、アッシュかな。ボイドがアッシュだった頃の話」
「ボイドが、父さんの事件に関係あるんですか?」
「ある、かも。無いかも。どっちみち、ボイドが何かしたってわけじゃないんだけど」
うん、うん、と星奈は一人で頷いて、考え込んでから、もう一度口を開く。
ボイドなら、きっと話してしまっても怒らないだろう、と考えて。
「これはね、きっとボイドが、彩斗君の味方になった理由でもあるんだけど」
境川星奈は、彼の身に起きた出来事を、語り始めた。
【続く】
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