05 蝉麻呂・前
戦いは、ボイドのフレームを仮換装した後に行われた。
フットサルコートほどの広さがある実験場で、境川星奈はカメラや各種機器をセッティングする。見回せば、幾人かのスタッフも実験場に足を運んでいた。
「一応、テストプレイって名目で借りてるから、データは取らせて貰うね?」
「俺は構わないが、大丈夫なのか?」
ボイドは不安げな彩斗にチラと顔を向ける。
彩斗たちがここに訪れた事情は、決して明るい理由ではない。
他の社員にまで自分たちの存在を伝えてしまうことに、彩斗は一抹の不安を感じているようだった。
「んー、何が?"有岡さんの子どもが見学に来てくれたから、テストプレイを体験してもらった"……それだけのことじゃない?」
「ふむ……なるほどな」
表向き、そういうことにしてあるらしい。
それだけではなく、星奈自身も彩斗に対してそんな想いを抱いているのだろう。
今後の命運を分ける戦いであったとして。
境川星奈にとって、ディアロイドバトルは遊戯だった。
無論、遊戯であることと真剣さは両立する。
彼女は自らの責任を以て、全霊で自分たちを倒しに来るだろう。
「彩斗君、アプリはインストール出来た~?」
「はい。ここをタップすると指示が飛ぶんですよね」
「そうそう。方向を示すボタンと、事前に組み込んだ作戦コードが飛ぶボタンだね」
「彩斗。最初なら難しい作戦は無しだ。出来るだけシンプルに考えろ」
ボイドがアドバイスすると、彩斗は「分かってるよ」とぶっきらぼうに答えた。
「そもそも相手の出方が分からないんじゃ、細かい作戦なんて詰めようがないし。オレはボイドの動きの癖とかも分からないし」
それより、と彩斗はスマホを示し、ボイドにリンクするよう促した。
ボイドはこくりと頷いて、自身の無線信号を彩斗のスマートフォンと合わせる。
ぴり、とメモリに直接言葉を書き込まれるような感覚。自分の中に他者の侵入を許すようなもどかしさに、ボイドは内心ため息を吐く。
(自分から言い出したことではあるが)
他人の指示を受けて戦うというのは、今のボイドにとって嬉しい感覚ではない。
切っ先を向ける先くらい、常に自分で選びたいと彼は思っていた。
それでも彩斗に指示を任せるのは、これがボイドの戦いではないからである。
「……。悪い、ボイド」
考えていると、彩斗がぽつりと呟いた。
ボイドは彼を見上げて、「何がだ」と問い返す。
「お前、自由に生きたいって言ってたろ。こういうのも、本当は嫌かなと思って」
「…………」
驚いた。ボイドの気持ちを、彩斗が察するとは思っていなかったのである。
言葉を返せないでいる彼を見て、彩斗はバツが悪そうに眉を寄せる。
すぐ我に返ったボイドは、フッと息を吐くような音声と共に、「気にするな」と返す。
「ちょっと付き合ってやってるだけだ。俺が自分でそうすると決めた事だし、紛れもなく、俺の選択だ」
言葉にすると、思考演算が落ち着いた。
そう、これも俺の選択だ。そう思いたかったんだと感じつつ、口にするキッカケを作ってくれた彩斗に、ボイドは心の内で感謝する。
「そ。ならいいか。……じゃ、勝とうか」
「初心者の癖に強気だな。ま、そうでなくちゃ困る」
彩斗の顔には緊張も残っていたが、ちょうどいい程度だろうとボイドは思う。
なにせ相手は、開発者・境川星奈と最新鋭プロトタイプなのだ。
勝率はあまり高くない。けれど決してゼロではない。
「ワクワクだぜ兄貴ィ! きっと兄貴はマロの強さに驚くさ!」
「その変な節付いた喋り方、なんなんだ」
「蝉麻呂ちゃんはねー、特殊なAI実験機でもあるの。つまり……」
「アイアム蝉ラッパー! スピードとライムが最高のプライム!」
「どう思う、彩斗」
「速度は厄介そう」
「ライムは!?」
「ピンとこない」
彩斗の冷めた態度に、蝉麻呂は「オーノー!」と宙をのたうち回った。
確かに分からない、とボイドは内心同意しつつも、その速度と安定性に警戒する。
(高速機動可能な飛行タイプ。あまり戦ったことのない相手だが……)
さて、彩斗はどう出るか。
期待半分、不安半分の気持ちでボイドはバトルフィールドの半ばまで歩を進める。
「んじゃそろそろ……バトルモード、リンク!」
「リンクOKだぜ兄貴ィ!」
ボイドと蝉麻呂が叫ぶと、彼らの視野にフィールドの境界が浮かび上がる。
「安全圏確保、レギュレーション同期」
「HP確認。プログラムエラー、無しィ!」
ボイドの体力は、以前よりもいくらか多い。
無傷のフレームに仮換装したおかげだろう。この分なら、以前のように数発でゲージが削れてしまう事は無いはずだ。
(問題はバトルエリア。障害物無しのステージはマズったか?)
まっさらな戦場に、身を隠す手段は無い。
空を飛べる蝉麻呂有利の環境だが、一見して蝉麻呂に射撃武器の類は装備されていなかった。接近戦に持ち込めるなら、まだ分はあるか。
(違うな。考えるのは俺の役目じゃない)
いつもの癖が出ていると、ボイドは自身に呆れ返る。
あれだけ言って任せたのだ。自分はただ、信じて剣を振るうだけであるべきだろう。
「3! 2! 1……!」
剣を真っすぐに握って、上空の蝉麻呂を見据える。
余計な思考は捨て、目前の敵と彩斗の指示にだけメモリを使おう。
そう決めて、一瞬。
「バトル、スタート!」
開始の合図が出たと同時に、見上げた蝉麻呂の姿が、消える。
「ッ……!?」
「先制ストライクッ」
ギィンッ! 戸惑ったボイドの背中に、鋭い刺突が突き刺さった。
勢いを逃がすため、前方へと駆けるように跳びながら、ボイドはその速度に慄く。
(思っていた以上にッ……!)
「ボイド、追撃が来る!」
背後に注意、の意を示す信号が彩斗のスマホから送られてくる。
ボイドはギュッとその場で重心を下げ、剣を構えつつ振り返るが……
振り返った時、既に蝉麻呂の姿はそこにない。
「OKOKOK!」
振り返りに合わせ、回り込まれたのだ。
背中の同じ個所へ衝撃を受け、ボイドは自身のHPが大いに減らされたことを知覚する。
(プラス分が即パァか!)
一撃の重みは、バイスタウラスのようなパワータイプと比べ低かった。
けれど、既に二撃。背面装甲とはいえ、同じ個所への連続ダメージは響く。
「どう? 蝉麻呂ちゃんのハイパースピード!」
「……友達同士のバトルでやったら、嫌われるだろうな」
「かもね~っ! うん、バランス的には無しよねやっぱり」
「マジでか! マロはお友達と仲良くしたいぜ、星奈ッ!」
「大丈夫よ蝉麻呂ちゃん。お兄ちゃんも彩斗君もきっと蝉麻呂ちゃんと仲良くしてくれるハズだから!」
「誰がお兄ちゃんだッ……」
「……」
星奈と蝉麻呂、そしてボイドの掛け合いに、彩斗は口を挟まず何かを考え込んでいた。
「実際、どうだ彩斗。やれそうか?」
「まぁ……そうだね、もう少し様子を見たい」
「あらあら。様子見でもHPゼロになったらおしまいだからね。やり直しも無しだよ?」
慎重な様子を見せる彩斗に、星奈はそう言って揺さぶりをかける。
一発勝負なのだ。この戦いも、実戦も。
彩斗の様子見が間に合うとは、限らない。
「じゃあガンガン行っちゃおっか蝉麻呂ちゃん!」
「おけまる子チャン! ジジジジジィ!」
(また、消えッ……)
ディアロイドの……ボイドの視野角からすれば、瞬間移動にすら見える超速度。
消えた"方向"は演算出来ても、再捕捉が出来ない。
障害物の無いこの空間では、相手の狙う方向も絞り切れない。
もう一撃、食らうほかないか。ボイドが覚悟を決めた、その時だ。
――右に二歩。
短い指示信号が、ボイドの頭に響く。
検討はしない。言われた通りに右へ二歩、ボイドがステップ移動をすると……ヴン!
ボイドの真横を、蝉麻呂の羽音がすり抜けた。
「よーけーらーれーたー!?」
「落ち着いて蝉麻呂ちゃん! よくあることよ!」
「なんだ、避けられるの初めてか?」
――追って、斬って。
回避に成功した時には、既に次の指令が下されている。
ボイドは床を蹴り、蝉麻呂の背を追った。
(だが間に合うか?)
蝉麻呂の速度は、ボイドの速度を優に上回っている。
後から追ったとて、その背に追い付き斬り払うことなど……出来ない。
ぶぉん! 振り下ろした剣が虚空を撫ぜ、やはりなと彼が思ったその次に。
――跳んで。
矢継ぎ早の指令。細かいな、と考えつつ従うと、ボイドの攻撃を回避した蝉麻呂が、ボイドの真下へと飛んできた。
「ジジッ!?」
「……なるほど?」
切っ先を下に向けながら、ボイドにもようやく掴めてきた。
ギャンッ! ボイドの剣が蝉麻呂の背に命中すると、蝉麻呂は羽をじたばたさせながら強引にその場を切り抜ける。
ごろ、と地面に転がされたボイドはすぐさま体勢を整えながら、互いのHPを確認する。
先手を取り、有利となっていたはずの蝉麻呂の体力は、しかし既にボイドより若干下回っていた。
(装甲は柔め。妥当だな)
速度を追求するあまり、外装の強度は犠牲となっているのだろう。
ピーキーな機体だ。このままで市販には回せないだろうと思いつつ、だからこそ厄介だとも考える。
「星奈~! マロ遅くなった!?」
「なってないなってない。読まれただけだよ、ごめんね」
「先読み!? 兄貴は超能力ロイド!?」
「なわけあるか。俺じゃない」
「……彩斗が超能力ニンゲン!」
「なわけないでしょ。この蝉あんまり頭良くないですね」
呆れ切った彩斗の物言いに、星奈は苦笑する。
「素直でいい子でしょ。……にしても凄いね、どうして動きが分かったの?」
「"速すぎる"ので。動きのパターン、決めてありますよね?」
「うっ、鋭い。やっぱり超能力者……!?」
「…………」
「冗談だと伝わってないぞ、星奈」
ボイドが肩を竦めると、「ええ~」と彼女は不満そうな声を上げる。
さておき、彩斗の言うことは的中していた。
蝉麻呂の動きは高速すぎて、その時その時の判断が追い付かないのだ。
故に境川星奈は、あらかじめいくつかの行動パターンを蝉麻呂に伝え、相手の動きに合わせて実行させていた。
「最初に二発、背後を取る動きをしてきたので、それが一番可能性あるかなって。で、避けられたけど攻撃は追い付かなそうだったので、反撃で」
「……あの数手でそこまで読んでたのか、お前」
「数手っていうか、蝉麻呂と会った時から特長はハッキリしてたし、当たり前じゃない?」
彩斗はさらりと言ってのけるが、だからと言ってそれを即座にバトルに反映するのは難しい。ボイドが思っていた以上に、彩斗は良いマスターと言えた。
(こいつが本格的にディアロイドを扱ったら……)
ボイドは思わずそう考えて、けれどすぐにその思考を振り払う。
少なくとも、今はあまり関係の無い話だ。
「でも、どうするの? 私たちの攻撃パターン、それだけじゃないけど」
「そうだぜ彩斗ォ! マロと星奈はまだまだこれから!」
種明かしをしたことで、蝉麻呂たちの警戒心も強まった。
次も同じようにタイミングを合わせられるとは限らない。
だが彩斗に焦る様子はなかった。であるなら、ボイドも強いて口を挟まない。
思考のノイズを排除して、目前の敵に集中する。
「全力ダッシュ! 超速ラッシュ!」
ぶぉん。またも視界から高速で逃れた蝉麻呂。
相手の動きが少し分かったところで、この速度には追い付けない。
「ボイド、剣は置くだけでいい!」
右、という信号と共に、彩斗が叫ぶ。
置くだけ。経験の浅いディアロイドなら、その言葉の意図をすぐには理解出来なかったかもしれないが……ボイドは、違う。
「なるほど、斬る必要は無しか」
ボイドは刀身を自身の右側面へ向け、左半身へ意識を向ける。
左側に、蝉麻呂の気配はなかった。なら背後か、或いは彩斗の読み通りに……
「ジジギャ!」
……右から来るか。
「ああっ! 蝉麻呂ちゃんが事故った!」
ぎゃりん! 結果として、蝉麻呂はボイドが向けた刃に自ら突っ込んだ。
全速の衝突を右腕一本で受け止めて、ボイドはその衝撃が軽い事に関心する。
「軽量化もバッチリか。おかげで止め切れた」
「ミミミミミ!? 兄貴ストップ! ダメ絶対!」
「残念だが真剣勝負なんでな」
両足で勢いを落とし切り、蝉麻呂の動きが一瞬、止まる。
「蝉麻呂ちゃん飛んでーっ!」
「逃がすかよ!」
退避しようとする蝉麻呂の羽を、左手で掴む。
これでもう、蝉麻呂は空に逃げることが出来ない。
「これで終わりだ、蝉麻呂!」
「容赦ない兄貴それはそれで素敵! ギャーッ!」
ザンッ! 叩きつけるような一撃が、蝉麻呂のボディを叩く。
渾身の一発は蝉麻呂の体力ゲージを一気に消し飛ばし、勝負がついた……かに、見えた。
「仕方ない……蝉麻呂ちゃん、奥の手よ!」
「了解発動、セミ・ファイナルゥゥゥーーーッッ!」
【続く】
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