第37話「スパイ」

 元A級冒険者とは思えないような、虚言の数々を自信満々に語り続けるバッカス。


 こいつは在籍してる時から俺の悪口を吹き込んでただの、雑用しながら俺のクランのやり方を盗んでただの、ありもしない事を並べ立てていた。


「てな事で、こいつが俺のクランを貶めるために不正な引き抜きをしてたって訳だ」

「バッカスさん証言ありがとうございます! で、次はエレン様の反論ですが……反論の余地はございませんよね! それでは審議に移りたいと思います!」


 ジュマンって人は、完全にバッカス側のやつだ。反論の時間を奪い、なし崩し的に不正認定しようって腹かっ。


「ジュマンさん……いつ、私が次に行けと言いましたか?」


 独断で進めようとしたジュマンに、ギルド長のレグルスさんが苦言をていする。その物言いは、穏やかなで一見優しい口調だが、タレ目の奥の瞳は凄まじい迫力を出している。


「い、いえ、私は……エレン様、反論をどうぞ」

「よろしい」


 俺に反論の機会が与えられ、レグルスさんは満足そうに頷いていた。もしレグルスさんがキレたらどんな感じなのだろうか。普段優しくて腰が低い人ほどキレるとヤバい事が多い。


 ただ優しいだけの人で、怒っても感情だけ先行して滑稽なパターンもあるが、レグルスさんはそんな感じではなさそう。


 だってさ、A級冒険者という難関を最年少で駆け登り、引退してたった2年で首都のギルド長に任命された人だぞ。ただ優しいなんて事、ありえない……。


「で、では、若輩者ながら反論をさせていただきます。まずは、反論の機会を与えてくれたレグルスさんに感謝を……」


 俺は緊張した面持ちで立ち上がると、一つレグルスさんに頭を下げてから反論する事にした。


「当然の機会を与えただけです。そんなに畏まらず、自分の思いを自分の言葉で語ってくれて結構ですからね」

「は、はいっ!」


 いや、あなたにビビってるから畏まってるんですよ?

 なんか改めてレグルスさんを前にすると、心臓を掴まれてるんじゃないかと感じるほど緊張感が高まってくる。


 強いて言うなら、敵意をおくびにも出さないドラゴンを前にしたような感覚だ……。


「俺は……」


 ありのまま。あくまでも真実だけを俺は語った。

 それは決して、誇れるような話ではなかったと思う。


 田舎から出てきて雑用係に甘んじていた日々。変わろうと思えば、変われるチャンスはあったのかもしれない。


 だが、俺は雑用の仕事に変な誇りを感じていた。他の人からすれば、細々とした退屈な仕事。そう感じる仕事なのかもしれないが、俺はそう思わなかったんだ。


 一つ一つの仕事を確実にこなし、みんなからありがとうと言って貰えた時は高揚感まで覚えた。


 親っさんの手伝いも楽しかった。怒られるし腹パンされるけど、丁寧な仕事を心がければ、親っさんはちゃんと褒めてくれる。


 大した給料も貰えないし、やりがい搾取と言われればそうなのかもしれない。


「だけど俺は、雑用が好きでした。そこに不満はなかった。いつかきっと、俺もパーティーに入っても良いと、認めてくれると信じていたんです。ですが……」


 そこからは、クランをクビになった事から今までをかいつまんで語った。自分のジョブについては、それとなく誤魔化して。


 でも、バッカスみたいに嘘は語ってない。ここで嘘をついて印象を良くしようとしても、レグルスさんには見破られる気がしたからだ。


「それが今までの出来事です。俺は決して、不正などして引き抜いた訳ではありません。恐らくこの人達は、バッカスさんの強引で人の事を考えないクラン運営に嫌気がさしたのではないでしょうか?」

「てめえっ! 余計な事をベラベラとっっ!!」


 最後の嫌味が効いたのか、バッカスは俺を睨み付けていた。


「ふん、ありがとうございました。では、次に……それぞれの証言を裏付ける参考人に登場してもらいましょう!」


 参考人? そんな話聞いてないぞ!?


「ちょっと待っ――」

「では! 参考人の方はこちらまでお越し下さい!」


 俺の言葉を遮り進行を進めていくジュマン。ジュマンの言葉を聞いて立ち上がったのは、俺のクランに応募していた内の一人だった。


 味方の筈だった13名の内の一人が堂々と立ち上がる。

 そいつは良く見たら、俺の事を良く馬鹿にしていたバッカス側の人間だったのだ。


 つり目で性格の悪さが滲み出た人相。影が薄いそいつは、こっそり潜む事が得意な奴だった。


 ちくしょう……気づかなかったとはいえ、スパイが潜り込んでいたとは……。


「あなたがバッカスさんの参考人ゲスタ様ですね?」

「はい」


「あれ? でもおかしいですね……あなたはエレン様のクランへ応募した一人ではありませんか?」

「そうでげす。ですが、俺は脅されていただけでげす」


「脅されていた? どういう事ですか?」

「俺は他の12名の奴らに、エレンのクランに入らないと、冒険者として活動出来なくなると脅されたんでげす。俺……怖くて」


「それは酷い話だ……聞きましたか審議長! これが不正でなければ何が不正なのでしょう! ゲスタ様、勇気を出して告発して頂きありがとうございました。あなたの安全はとうギルドが保証致します! あんな奴ら、全員牢屋にぶちこんでやりましょう!」

「ありがとうでげす! これで枕を濡らさず寝れるでげす!」


 なんなんだこの茶番劇。ああ、そう言う事か……。

 これは全て、仕組まれていたという事か。


 バッカスとジュマンによって――

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無能だと言われた【雑用】ジョブが、クランをクビにされたお陰で覚醒しました。実は有能な追放仲間と共にS級クランを目指すので、もう戻りません 瑞沢ゆう @Miyuzu-syousetu

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