第27話
「もう少しBPMを上げてもいいんじゃねえか? 120か125くらいでも問題なさそうだが」
「個人的にはサビの入りにくるクラッシュシンバルの音程を調整したいね。あまりにも強いと勢いだけが先行してしまう」
「曲の終わりはフェードアウトよりカットアウトのほうが映えるだろ。歌詞も真っすぐで暗さがねぇし、バチッと止めたほうが合いそうだな」
「Cメロはできればピアノだけで流したい。ここにロッシャの歌をピアノだけで響かせてみたくて……」
スタジオの中で、2つの声があちこちに飛び交っている。それを拾って読み取ろうとしても、ロッシャにはさっぱりだ。
ラターリオとアディルは新曲Aの編曲についてずっと議論している。噛み合っていないように聞こえるが、しっかりと二人の中では会話ができているらしい。
曲に関しては素人であるロッシャは口出しをしないほうがいい。2人の会話が終わるまでただただ耳を傾けていた。
その間、ロッシャに与えられた課題は新曲Aのタイトルを決めること。
アルストロメリア公演のオーディションの前に申込の書類を送る必要があるのだが、そこにタイトルを入れなければならないという。
できれば今日中に決めてくれとアディルに言われ、今に至っている。
「そもそも、なんで今の今までタイトル考えてこなかったんだ。ちんたらしすぎじゃねえか、ラターリオ」
「あはは、ごめん。少し忙しくて手が回らなくてね……」
編曲の議論の中で交わされる別の会話。
忙しかったのには訳があると、思わず口を挟みたくなったが、ロッシャは口を噤んだ。言ってはいけない。アディルには知られてはいけない。
ラターリオとリーアンジェのことが明らかになって数日。ラターリオはあまり調子が出なかったらしく、レッスンの時間は設けられなかった。代わりに自主練習のためにといくつもの課題を渡され、今日までロッシャはそれをこなしていた。
発声練習、滑舌の訓練、声のコントロールなど。
練習中はラターリオのアドバイスを貰えなかったが、それでも懸命に練習した。後はこの後のスタジオ内で披露するだけ。
だが、問題は肝心のタイトルである。
「……タイトル、なぁ」
髪を掻き乱しつつ歌詞が書かれた紙を見るのだが、視線は自然とラターリオを向いてしまう。
彼と会ったのはあの日以来だ。電話やメールは何度かしているものの、顔を合わせたのは数日ぶり。見た限りは元気そうだが、やはり何処か疲れているような。
そう簡単にリーアンジェのことを振り切れるわけはないか。ロッシャが同じ立場でもきっと振り切れずに暫く引き摺ってしまいそう。
「……」
この新曲Aは、本来リーアンジェの依頼を受けてラターリオが歌う予定の曲だった。今や3人の集合体のような歌となっている。
そんな歌のタイトルを、ロッシャだけが決めていいのだろうか。ラターリオの意見も必要ではないか?
「個人的にはもう少し疾走感が欲しいところだが……おい、ロッシャ」
「え? あ、はい」
アディルに声をかけられ、ロッシャは上擦った返事をする。まさか呼ばれるとは思わなかった。
「お前はどうだ。どんな感じで歌いたいんだ?」
「……どんな」
「これはお前が歌うんだ。お前が楽しく歌える曲じゃねえと意味がねえだろ」
あぁそうだ。これを歌うのはロッシャ。ロッシャが良しとした方向性の音楽を望まなければ。
だが、
ロッシャが歌う歌だと分かっているが、こちらの一存で決めていいのだろうか。ラターリオは本当にそれでいいと納得するだろうか。
あぁ自分も、うまく振り切れていないのだと気づく。ラターリオとリーアンジェのことで平静を保てない。
ラターリオの分まで歌ってやると啖呵を切ったのに、この有様だ。
「……それは分かっています、けど」
以前ネイコに話したことがある。『ロビン』のようなアップテンポのロックを歌ってみたいと。その気持ちは今でも変わらない。
だがそれをこの歌に求めてもいいものなのか、答えが出てこない。
「アディル。一度休憩をしよう。ロッシャにも頭を休ませる時間が必要だからね」
返答に困っていると、ラターリオが声をかける。確かにずっとこのスタジオに入り、もう1時間以上が経過している。気がついていなかったが、体も頭も疲弊していた。
「そうだな。ちょうど俺も電話かかってきていたのを折り返したかったから丁度いい」
アディルは自身のスマートフォンを確認する。そう言えば先程、微かに震えている音がしていたな。アディルにかかってきた電話だったか。
「15分ほど休憩するか。ロッシャ、お前も外の空気吸ってこい」
「あ、はい……」
ロッシャは言われるままソファから立ち上がる。確かにここにじっといても何も浮かばない。アディルの言う通り、外の空気を吸おうか。
「じゃあロッシャ、僕も途中まで一緒に行こう」
ラターリオも立ち上がり、ロッシャのもとへと歩み寄る。途中までということは、彼は別の場所に行きたいのだろう。
一体何処に……。
「ラターリオ、お前いい加減に禁煙しろ!」
電話をかける前にアディルが声を張り上げる。だがラターリオはどこ吹く風だ。にこりと笑うだけで何も返さない。
あぁ、行きたい場所はあそこかとロッシャは納得する。この音楽スタジオのロビーの奥に小さな喫煙ルームがあるのだ。
未だ憤慨しているアディルに小さく頭を下げたロッシャは、ラターリオとともに部屋を出た。
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