十一 夢中
やあ。
君は夢を見た時、内容を覚えているかい?
私はそこそこ覚えている方でね。
毎晩夢を見るのが楽しみなんだ。
特に悪夢なんかは大歓迎さ。
まるでホラー映画の中に入り込んだような気分になれるから。
特に面白かったものは起きてすぐにメモしておくんだけど、後から見返してみると、ちっとも面白くないのは何故だろうね。
臨場感あってのものなのかな。
そうそう。
知人に私と同じように、夢をばっちり覚えている人がいるんだ。
その人は私よりも数段上の、夢見の達人でね。
明晰夢、と言うのだったかな。
夢を見ている時に、これは夢だ、と自覚ができるらしい。
夢だと分かってしまえば、こっちのもの。
だって自分の頭の中の産物なんだから。
記憶と経験の範囲内で、ではあるけど。グルメに観光、何でもやりたい放題さ。
彼はそうして夢を見る度、好き勝手に遊び回るのが大のお気に入りだったんだ。
そんな彼はある時仕事で、上司の失敗の責任を押し付けられ、理不尽にも散々に叱られてしまった事がある。
相当に悔しかったんだろうね。
その日の夜、夢の中で上司を呼び出したんだ。
昼間に見たまんまの憎たらしい顔で、ねちねちと嫌みを言ってくるところまで、そっくりに再現できた。
それを前にした彼はどうしたと思う?
殴り付けたんだ。思いっ切り。
現実ではとてもそんな事はできないからね。
これでもかとばかりに、執拗に叩きのめしたらしい。
その甲斐あって、次の日の目覚めはすっきり爽快。
意気揚々と職場へ行くと、なんだか社内が騒々しい。
なんと、件の上司が事故に遭って重傷を負った、という話で持ちきりだったんだ。
それを聞いた彼は、すぐに昨日の夢を思い浮かべて、ある仮説を立てた。
夢の中での強い感情を伴った行動は、現実に反映されるのではないか、と。
程なくして、その説は立証された。
気に入らない人と見るや夢で呼び出して、同じように危害を加えると、やはり現実でもその人が怪我をする。
それに気付いた彼は、気晴らしを兼ねて邪魔者を次々と排除しては、トントン拍子に出世を重ねていった。
そしていつしか、部下を顎で使う側になっていたんだ。
現実でも順風満帆になった頃、彼はあまり夢を見ることがなくなった。
見たとしても、内容は覚えていない事が多かったと。
心が満たされたせいかもね。
それでもある時、久しぶりにはっきりとした夢を見たんだ。
しかしその夢は、なんだか様子がおかしかった。
夢と自覚はできても、今までのように自由に動くことができない。
焦った彼の目の前に、突然誰かが現れた。
全く見知らぬ、縁もゆかりも無い中年男性。
彼がそう認識した途端、その人は襲いかかってきた。
いたるところを殴られ、激痛に耐えかねた彼は、自分の叫び声で目が覚めた。
体を見回しても痛みや異常はない。
夢か、と安心したのも束の間。
起き上がってふらふらと階段を降りようとした彼は、うっかり足を滑らせた。
そう。
夢で体験した通りの大怪我をしてしまったのさ。
それ以降、彼は夢でも現実でも、横暴に振る舞う事をやめた。
人を呪わば穴二つ。
自分が夢に他人を呼び出せるなら、逆もまたあり得るのだと思い至ったそうだ。
うん。
夢や心の深い部分では、他人の意識と繋がっている、といった考え方を彷彿とさせる話だね。
もし、そうだったとして。
彼の夢に現れた見知らぬ男性は、一体誰だったんだろう。
彼がそれまでに傷付けた人達の身内が復讐に現れた、というのなら納得はできる。
けれど、実は全然関係がない人だったとしたら。
夢の中で見境なく暴れる、通り魔のような存在がいるのだとしたら。
なんて。
そんな風に考えてしまうと、眠るのが少し怖くなってしまうかな。
知人の場合は、夢の中で目立ち過ぎたせいで、魔を引き寄せてしまったのかもね。
君ともいずれ、夢の中でこうして出会う事があるかもしれない。
その時は、どうかお手柔らかに頼むよ。
じゃあ、またね。
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