十 通り雨
やあ。
君は田植えを体験した事はあるかい?
以前は、幼稚園や小学校なんかで体験授業を行うところも多かったようだけど、今はどうなんだろうね。
どこもずいぶんと水田が減ったりしているから、そんな機会は少ないのかな。
うちの地域はまだまだ田んぼだらけだけどね。
今はちょうど田植えの作業が始まって、近所の農家さんは大忙しさ。
そうそう。
昔ある農家さんから、田んぼで不思議な事があったと聞いたよ。
その日は、水を張り終えた田んぼを整える
簡単に言えば、田んぼの泥を均等にならして、苗を植えやすくするための工程さ。
ミキサーみたいな専用のパーツを付けたトラクターに乗り込んで、豪快に泥をかき混ぜていたんだけど、始めてから数分も経たない内に雨が降り出してしまった。
天気予報では、降水確率0%。
それまで快晴だったにも関わらず、だ。
まあ、昔の話だから今ほど精度は良くなかったのかも知れないね。
ともあれ彼は、晴天なまま大粒の雨を降らせる空を忌々しく見上げる他なかった。
トラクターは、あれで運転が難しいらしくてね。ちょっとバランスを崩しただけで横転事故、なんてこともあるのだとか。
土砂降りの下、ぬかるんだ泥の中を走らせるのは危険でしかない。
幸い屋根はあったから、ずぶ濡れにはならずに済んだものの、田んぼの中で立ち往生さ。
晴れてはいるし、通り雨かと思って大人しく待つことしばし。
止むどころか予想外に長引いて、勢いはどんどん増すばかり。
田んぼが溢れないか気になりだした頃、彼は信じられないものを見た。
一体なんだったと思う?
とてつもなく大きなものが、目の前をすごい速さで横切って行ったんだ。
バシャバシャバシャバシャと、田んぼの水を猛然と跳ね飛ばしながらね。
あまりに速すぎて姿はよく見えず、舞い上げられた水はまるで津波のようだった。
トラクターには左右の窓はなく、その
あまりの事に、彼は濡れ鼠のままでただぽかんとするばかり。
それが視界の彼方へ消えて行った直後に、あれだけざんざん降っていた雨がぴたりと止んだ。
田んぼの水も落ち着いて凪いだところを見ると、彼はまた仰天してしまった。
何故なら田んぼに、間隔をあけて二本の太い溝が横断していたんだ。
手入れ前の泥を抉った綺麗な並行線を見て、彼は不意に思い付いた。
もしかするとこれは、
通り過ぎたのは、神様の乗った車か何かだったに違いない。
突然の大雨は文字通りの足止めで、下手に動けば轢かれていたのかも知れない、とね。
これぞまさに通り雨、というところかな。
まあ。
轢かれずには済んだけど、田んぼは荒らされてしまったから、素直に感謝するのはしゃくだったと言っていたよ。
何しろ
命あっての、とはいうものの、そうそう割り切れるものばかりじゃないさ。
でも、神様なりのお詫びなのか、その年は稀に見る豊作になったらしいよ。
一応、めでたしめでたし、になるのかな。
天気雨は何かの報せ、という説は方々で伝わる考え方だね。
他にも天候にまつわる話がないか、思い出してみるとしよう。
じゃあ、またね。
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