第189話 報告:英雄はもういない

 






 ポタポタと血が流れる。お互いに少しだけ後ずさりし、それぞれを睨む。両者とも既に闘志だけで立っているような状態だった。


「ハア、ハア、ハア」

「…………」


 それぞれに刺された所を抑えながら、相手を睨み付ける。アウレールは殺気のこもった目で此方を見ていた。あとわずかでも余力があれば、すぐさま駆けだして俺に追加の一撃を加えに来ただろう。だがそれができないところを見るに、彼も既に限界のようであった。


「貴様……貴様だけは……」


 アウレールが言う。その執念は流石のものだっただろう。何かが変わっていれば、彼もきっと英雄になっていたはずだ。その姿は強く、しぶとく、凄まじい。


 しかしそれ以上に、彼の姿は物悲しかった。


 俺は術を解除して武器を捨てる。


「……もう止めよう」

「……は?」


 俺が呟く。アウレールは「何を言い出すのか」と言わんばかりにこちらを見ている。だがそれでも俺は続けた。


「もう終わったんだよ」


 俺が告げる。アウレールは合点がいかず、更に腹を立てているようだ。


「何が、何が終わったというのだ!」

「全てがだ。何もかも終わった」


 俺はそう言いながら空を見上げる。既に日は落ちており、星空が広がっている。周囲は静まりかえり、戦いの喧騒など無かったかのように自分たちを迎えている。この静かな夜が、どこか俺の頭を冷やしていく。


 そして俺は、再びアウレールを見た。


「……戦いは心で決まる。信念を持たない連中の集まりなんか、基本的には打算でしかうごいていない。いくらか存在していたはずの責任感ある戦士達も、俺が引き抜いた」

「何っ?」

「もう誰も戦ってなどいないだろう。最早戦う理由さえも覚えているかも怪しい。……虚しいもんだ。あれだけの人間があんたに付いていたはずなのに」


 俺の言葉に、アウレールが反論する。


「ふざけるな!貴様らは帝国に牙を剥いていたのだ。その事実は変わらない。多数の帝国兵にとって、お前達は敵だ!」

「残念だがそうはならない。牙を剥き、背から刃を突き立てていたのはお前達。そう喧伝している」

「そんな理屈が通るとでも……」

「裏工作もした。それに根回しもだ」

「なっ……」


 俺が続ける。


「だが結局の所、そんな工作も重要じゃない。多くの人間にとっては何だって良かったんだ。本当は何が正しいのかなんて関係ない。戦いをやめる理由さえあれば、すぐにやめたかったんだ」

「…………」

「彼等にとってはこの大きな戦いも、英雄の存在さえも重要じゃない。ましてや正義や理屈なんて最後の最後だ」


 腹部から血が流れていく。このままでは死ぬことは確実であるが、それでも話を続けないわけにはいかなかった。


「結局の所、人は自分にとってどうかということしか考えない。それが例え、語り継がれる英雄であっても。それはあくまで自分に取って都合のいい偶像でしかないんだ。英雄譚なんて、何の価値もない」


 クローディーヌはその最たる例だ。彼女は都合良く理想を押しつけられていた。そしてそれは責任という鎖と成り果てた。


「お前だってそうだ。四将軍でありながら、こうも簡単に切り捨てられる」

「ふざけるな!俺はそんな……」

「ならば何故援軍が来ない?」

「っ!?」

「帝都近くまで俺達が侵攻しているっていうのに、何故防衛線が敷かれていないんだ」


 アウレールが黙る。もうその優秀な頭脳では答えなどはじき出しているだろう。だがそれを認めることができないだけだ。


「結局は都合が良い方に……、勝ち馬に乗ろうとするだけ。だれも本心で戦っちゃいない。だからもう止めよう。戦争なんて下らない」


 しばらくの静寂が続く。風が草を揺らし、星々が大地を照らしていた。


「……るな」

「………」

「巫山戯るな!」


 アウレールが叫ぶ。


「何が下らないだ。平和な世が、この歴史上にどの程度存在した!争いがある限り戦いは生まれる。現に今お前は私と対立しているではないか」


 アウレールが続ける。


「人が自分のことしか考えない?そんなもの承知の上だ。だから俺は手を汚し、蹴落とし、上りつめることを良しとした。そんな欲望がある限り、戦いだってどうせ生まれる。それを否定して何を……」

「……勘違いするな」

「っ!?」

「俺はそんなことを言っているんじゃない」


 話を続ける。


「確かに人は自分のことを中心に考えて生きていくだろう。これはきっと変わらない。……だが、常にその限りではない。それに、その特性を踏まえたとしても、戦争をする理由にはならない」

「何を言って……」

「それに戦争も、単純な全否定はしない。ただ誰かだけに損を押しつける、そんな戦争を否定するんだ。もしやるなら、地獄は全員で見なければならない」

「…………」


 『英雄を殺す構想』。親父が作り出したこの理論は様々な分野の人間を複合的に運用する戦術が記されていた。その内容を元に、『電撃戦』も生まれている。


 だがひょっとするとこれは、本当は別の目的で作られたのかもしれない。


(様々な人間を戦争に巻き込み、全員にその地獄を知らしめる。様々な人間が戦場に出て、女子供が兵器を作り始めれば、誰もが戦争の当事者だ。嫌が応にも戦いに巻き込まれる。戦いを英雄達のものではなく、国全体の総力戦へと変えることで、人々は戦争が自分たちのものであると自覚する。それが親父の……)


 俺の中で、何かが繋がっていく。進むべき一筋の道が、自分の前に現れた気がした。


 きっとそれは一人では繋がらなかっただろう。親父やベルンハルト、ダドルジや第七騎士団の面々。クローディーヌにアウレールもだ。彼等がいて、俺は今未来を見出している。


 その時、ちょうど車の音が聞こえた。遠くから帝国軍の車がこちらに向かってきている。


 ぐらっ


 不意に身体ふらつく。今の今まで忘れていたが、身体は既に限界が来ていた。俺はその場で膝を折る。


「……フンッ、馬鹿め。綺麗事をはいてくたばっていろ」


 アウレールはそうとだけ言うと、帝国軍の車に手を振る。おそらくは警備隊か何かが銃声を聞きつけてやってきたのだろう。だが俺はもうそんなことはどうでもよくなっていた。


 俺は彼の言葉に、小さく笑う。


「当たり前だろ」


 俺はかすれる声で続ける。


「綺麗事を信じるからこそ……馬鹿なんだよ」


 俺はそこで意識を失った。








 消えゆく意識の中、一発の銃声を聞いた気がした。そして草の上に何かが倒れる音も。


 俺はそれで全てを理解した。


 戦争が終わったのだと。







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