第188話 報告:『英雄を殺す構想』
ガキッ!
鈍い音が鳴る。俺が力強く叩きつけたサーベルはアウレールのナイフによって受け止められていた。
「始めからそうだ。貴様は気にくわなかった」
「カハッ!」
アウレールが俺に蹴りを入れる。自分の方が若く、現場での戦闘経験が豊富だが、それでも余力がある分相手が有利であった。
「銃を撃ち込まれたことなど最早どうでもいい。それ以前の問題だ。戦い方が偽善的すぎる!」
「何の……ことだ!」
アウレールのナイフを躱し、俺はサーベルを振るう。そしてお互いに距離を取り、構えを取り直した。
「デュッセ・ドルフ城塞で、お前は何故あの女の首を取らなかった?」
「……何?」
「何故あの女に攻撃させなかった」
「それは……」
「女のために、自らの主義主張まで捨てるというのか!どうなるかも分かっていただろうに」
アウレールが踏み込んでくる。俺は慌ててサーベルを振るうも、彼の腕で防がれる。そしてアウレールが再び蹴りを入れた。
「クッ……」
「サーベル程度では軍服ごと腕を切るのは不可能だ。サーベルは本来刺すものであり、実戦ではスコップの方が使えたそうだ」
「……頭でっかちめ。黙ってろ」
俺はそう言ってサーベルを振る。アウレールはそれをまた腕で受け止めようとしたが、今度は手前に引いてわざと空振りさせた。そしてその引いた勢いでサーベルを突き出し、今度はアウレールの足を狙った。
「ぐあっ!」
「将軍にとっては初めての経験でしょう。こんな風に刺されるのは」
俺はすぐに距離を取る。アウレールの足に傷を負わせたが、それでも少し浅い。それにサーベルが突き刺さったまま上手く抜けずに、そのまま相手の足下に落としてしまった。
「ハァ、ハァ……。だが、これで得物はなくなったな」
アウレールはサーベルを遠くに放り投げ、再びナイフを構える。俺は拳を構えながら、持久戦を見据えた。
しかしアウレールがそれを許さない。すぐにこちらに詰めてきた。
(こいつ、出血も止めずに……)
一瞬の油断、その虚を突かれた。なんとかナイフを突き立てられることは阻止したが、体当たりでバランスを崩し、相手に馬乗りされてしまう。
「何が英雄だ。貴様らのような正論吐きが、一番癪に障る!」
「クソッ!」
「何故第七騎士団だけで来た?何故体制を立て直さずに来た?巻き込む人間を減らすためか?その甘い考えこそが最も腹立たしい!」
アウレールがナイフを俺に突き立てようと体重をかける。俺は何とか阻止しようとしたが、徐々に俺の肩にナイフが食い込んでいった。俺は苦悶の表情を浮かべながら、アウレールを睨み付ける。アウレールはなりふり構わずに吠え続けていた。
「人は何かを犠牲にせず、何かを得られない。世界が有限である以上それが真理だ。上に行くために、俺はいくらでも手を汚した。失わないために泥をすすった。周りの期待に応えるために、馬鹿を見ないために、幾度となく心を捨てた!……なのに貴様は、貴様の親父はっ!」
「クソッ!放せ!」
俺は思い切りアウレールの顔を殴る。しかし力は弱まることなく、さらに俺の左肩にナイフが食い込んでいく。俺はなんとか左手でそのアウレールの腕を掴みながら、右腕で殴り続けた。
「貴様らのような存在がいなければ、俺はそれでも自分を慰められただろう。『しょうがないのだ。これが現実だ』と。だが貴様や貴様の親父達、あいつらがそれを否定した!」
「欺瞞だ!そんなものが通るなど……」
「何が違う!奴らはまさに理想的な英雄譚として語り継がれようとしているじゃないか!」
アウレールが吠える。
「俺だってなあ、こんなはずじゃなかったんだ。期待に応えて、のし上がって、愛した人と結婚して……」
「クッ、離れろ……」
「なのに何だこの状況は?一体何を間違えたって言うんだ?」
「……何もかもだろう、がっ!」
俺はアウレールを蹴り飛ばす。左肩にかなり刃が突き刺さった。それなりに血が流れていることから見てもダメージは少なくない。アウレールも足のダメージを残しながら、立ち上がっていた。
「貴様も信じている口ではなかっただろう。こんな綺麗事が通るなどと」
「…………」
「英雄などという幻想にとらわれるほど、愚かではない。それ故に私はこの肩に貴様の銃弾を受けることになったのだ。それは認めている」
「…………」
「世の中は綺麗事で回ってなどいない。人は自らの利のためなら人を蹴落とす。そしてそれを受け容れられぬ人間は、食い尽くされて死んでいくのだ。お前の親父のように」
「…………そうかもしれないな」
俺の中で、一人の男が思い起こされる。ただ一度しか会ったことはなく、ただ一度しか言葉を交わしたことはない。ダドルジという男だ。彼はクローディーヌと同じく、間違いなく英雄であっただろう。
彼は高潔で、仲間思いで、何より強かった。信念も、実力もあった。だが、俺に負けて死んだ。
これは間違いなく世の不条理だろう。現実というものの歪みが存在するのならば、きっとこれはその筆頭だ。優れた人間が、心正しき者達が、その他大勢によって利用される。彼は平和の代償となって、その若い命を散らした。それは変えようのない事実だ。
だが、それが許されて良い道理はない。そんな世界があっていいはずがない。誰かだけが馬鹿をみる、そんなことのない世界があっても良いはずだ。
(そうか……だから親父は……)
俺はその時、親父の遺志に触れた気がした。自らを流れる血が、そっと語りかけてくるようであった。
俺は左肩に触れる。もう左腕は使えそうになかったが、その流れる血は使える。俺はその血に触れ、最後の術を唱えた。
『血は力なり……』
俺の詠唱を見て、アウレールは少しずつ距離を取る。頭の良い奴だ。普通なら意地でも阻止しようと無理矢理突っ込んで来かねない。しかしそれは今の彼の状況ではかえって悪手だ。その意味で冷静に分析できている。
アウレールは消耗しないように止血しながら、迎撃の構えを取った。だが向こうもそれほど余裕があるわけじゃない。一か八か、決めるならここだ。
『……ただ君がために。この力を行使せん』
俺は血で作られたナイフを構える。もう作れる武器はこれぐらいだ。身体強化に回せるだけの余力も残っていない。
俺はアウレールに向かって駆けていく。雄叫びをあげながら、まっすぐ。
それぞれの刃が、互いにぶつかり、そして突き立てられた。
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