第187話 報告:星空はまだ遠い
ブロロロロ……。
車はガタガタと揺れながら道なき道を進む。これだから安い車は嫌いだ。中も狭く、無駄に揺れる。俺は自分の不運を激しく呪っていた。
「将軍、そろそろ林を抜けます。林を抜ければ帝都までもうすぐです。このまま行けば、帝都の南側から入れます」
「ああ。分かった。そのまま進めてくれ」
俺は兵士にそう言いながら、カバーを外し、のぞき窓から外を見る。周囲にはいつも大量の部隊を引き連れていたので、何もない自然を見るのは久しぶりであった。
こんなに静かであったのか。俺はそんなことを思いさえした。
「平野部に出ます。……う、眩しいな」
陽もかなり傾いている。夕日が差し込み、運転席の兵士は慣れるまでしばらく左手で目元への日光を防いでいる。そして少し進んで目が慣れてくると、前に人がいることに気がついた。
「なんですかね。あれ……」
遠くにそびえる帝都、そしてその手前に一人の軍人がいた。帝国の装備だから、おそらく哨戒中の兵士か何かだろう。兵士はそう思い、車を走らせた。
ガタッ。車が少し揺れる。そしてゆらゆらと蛇行しながら減速し始めた。
「おい、どうした。速度が落ちているぞ」
アウレールが運転している兵士に告げる。そして助手席に座る兵士にも声をかけたが、返事がなかった。
「おい!……っ!?」
アウレールが兵士に触れると、兵士はそのままだらりと倒れる。死んでいるかは分からなかったが、最早それは問題ではなかった。
前方にその男が見えたのだから。
アウレールは素早く扉を開け、そのまま外に飛び出す。そしてそのすぐ後に、自分のいた場所を弾丸が通過した。
(このことに気付くことができたのは、きっと偶然ではない)
俺はそう思いながら、銃弾を込める。前に乗っている二人には秘術をかけた弾丸をお見舞いした。体内に入り、術を発動させる簡易の麻酔弾だ。魔術の頃はただ内部から破壊するだけであったが、秘術はその利便性をはるかに高めてくれている。
(ボルダーの時と同じだ。『俺だったらどうするか』『俺だったら何をされたら嫌か』を考えたとき、自然と思いついた。確信はなかったが、何かが引っかかっていた)
陽動。俺達に偽の車を追わせ、自分たちは遠回りしながら帝都に入る。おそらく、入れ替わったのは最後の部隊が待ち構えていた地点だ。あの部隊だけこちらと戦わず、いち早く武器を捨て逃げ出した。帝都に最も近い場所だというのに。
(本来であれば一番死ぬ気で戦う場面のはずだ。しかしそうはならないどころか、戦意をなくし撤退するまでもはやかった。……まるであらかじめ逃げることを決めていたかのように)
この車はそんな逃げていく部隊の中でいち早く出て行った車だ。普通なら考慮したりはしないが、俺は何故か確信があった。俺だったら、この敗残兵に紛れて逃げると。護衛も付けず一台で逃げるのは一見リスクだが、今の状況を考えれば最も安全な逃走手段にも思えた。
俺は車から出たその男に銃弾を撃ち込んでいく。しかしその男はうまく草の中に隠れ、銃弾をかわした。
(似ている……という表現が正確かは分からない。だが確かに、俺はいま彼の男との類似性を見出している)
車は俺の近くでゆらゆらと止まる。中にまだ人がいないかを確かめて、再びアウレールの方に目を向ける。彼は姿を見せず、しかし確実にこちらの様子を伺っていた。
(奴は護身用のピストルは必ずもっている。それに地位が高いとはいえ軍人だ。油断はできない)
俺は装甲車の後ろに身を屈める。馬への強化と、先程の弾丸でほとんど秘術を使い切ってしまった。残るはみずからの装備、そして磨いてきた腕だけであった。銃弾を受ければ、次は助からない。
「将軍、出てきてはどうですか?お話しましょう」
俺はそう語りかけながら車の中を物色していく。ライフルにピストル、それと手榴弾。いくらかの武器があることを確認した。
俺はライフルとピストルに込められていた弾を取り出し、適当に捨てる。そして手榴弾だけを拾い上げ、そのままピンを抜いた。
(当たってくれよ)
俺は一瞬だけ待って、手榴弾をアウレールがいた方向であろう場所に投げる。複数の手榴弾がほどよく散りながら、落下した周辺を吹き飛ばした。
(……そんなにうまくはいかないか)
俺は車の影から爆発した方向を観察する。当たったかどうかはわからないが少なくともアウレールの身体が吹き飛ばされた様子は確認できなかった。
(奴のいる場所の方が草の丈が長い。それに対してこっち側は道だ。車以外に、身を隠す場所もない)
此方にはライフルがあるが、それでも位置はバレている。向こうには位置情報における優位があるのだ。現状は五分五分、いや、若干不利とさえ思えていた。
パンッ!
不意に銃弾が車に当たる。敵もチャンスとみたのだろう。既に走り出している音が聞こえた。
(まずい、もうこんなにも近くに……)
俺は急いで銃を構えて突撃してくるその男に照準を合わせる。しかしそこには誤算があった。
(しまった!)
西日が目に入り視界が確保できない。俺は瞬時に判断し、すぐさま再び身を隠す。しかし続け様に撃たれた銃弾が運悪く俺のライフルに当たった。
「チッ!」
俺はすぐさまライフルを放し、ピストルを取り出す。そしておおよそに狙いを付け、アウレールの方向に撃ち込んだ。
パンッ!パンッ!パンッ!
数発撃ち込んだ後、当たっていないことを確認する。既に彼は再び草むらの中に伏せている。詰めてくることを期待したが、そうはならなかった。
(チッ、そんなに甘くはないか)
パンッ!パンッ!
またしても銃弾が車に当たる。俺も同様に撃ちかえした。
パンッ!パンッ!パンッ!……カチ。
俺が三発撃ったことを確認し、足音が近くなる。そしてその姿が現れた。
「六連式のピストルには慣れていないか?中佐」
アウレールが近づいてくる。しかし始めからそんなものは承知の上であった。
俺はそのままピストルを投げつける。そしてそれをアウレールが防ぐその隙を突いて、そのまま奴に体当たりをした。
「ぐっ!」
「こっちも狙いは始めから接近戦だ!」
元々こちらは秘術も使い、長く集中力がもちそうにはなかった。決めるなら一瞬、長くはかけられない。既に身体は悲鳴を上げていた。
アウレールの銃が道に転がる。俺はそのままアウレールを締め落とそうと考えたが、力負けして蹴り飛ばされた。
「力が入っていないぞ。どうしたグライナー中佐?」
「腐っても軍人か。……まったく」
俺はサーベルを、アウレールはナイフを抜く。相手が指揮官だと思い、少し侮っていた。多くの堕落した連中と違い、その体躯は確かに鍛えられていることが今ので理解できた。
夕日は沈み、夜がやってくる。
風が止んだその時、二人は同時に走り出した。
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