第186話 報告:地獄の果てには何がある









「敵、第三陣が前方で構えています」

「ちっ、まだこんなにいるか」


 俺は舌打ちをしながら考える。自分たちは車では通れない、林の中を進んでいた。帝都への最短ルートである。


 必ずしもアウレールを見つける必要はない。あくまで彼等の帝都到着を阻止するか、彼等よりはやく帝都に着けば良いのだ。


 しかしそんなことは敵も勿論承知している。故に彼等は兵を自分の通り道ではなく、この最短ルートに配置していた。


(通常兵力を小出しにすることは戦術的には理に適っていない。だがこうした場合には、話は別だ)


 作戦の目的が敵の疲労を誘うことであったり、時間を稼ぐことである場合、戦力を分散させることは意味が無いわけではない。人は終わりが見えて初めて戦意を継続できるからだ。


 こうした間断ない戦闘は、兵士達の心を消耗させる。「一体いつになれば終わるのか」と。


(あくまで兵の数が圧倒的に上回っているか、兵の犠牲などを考えなくてはじめて成立する作戦だ。……この場面では効果的だ)


 最悪一人だけ、クローディーヌだけでもアウレールに追いつければ、この戦いは終了だ。俺はそう考えながら唇を噛みしめる。


「敵の数が多いぞ」

「密集して行く手を阻んでいる」


(敵も捨て身か……。おそらく彼等も、アウレールを守ろうという部隊ではないのだろう)


 俺は敵部隊を観察する。彼等はあくまで帝国を守るため、家族や恋人を守るために戦っているのだ。そして何より、この地獄から生き延びるために戦っている。その鋭い眼光が物語っていた。


 いくら俺達が敵意のないものを攻撃しないと叫んでいても、そのことが伝わっていない兵士はいくらでもいる。その彼等からしてみれば、俺達は帝都に迫る脅威以外の何者でもない。


(ちっ!殺すしかないのかっ)


 俺は覚悟を決め、手を振り上げる。この数、躊躇すればこちらがやられかねない。


 しかし隣のフェルナンがそれを止めた。


「無理する必要はない。俺がなんとかする」


 そしてフェルナンが自らの部隊に指示を出す。


「フェルナン隊に告げる。残る全ての力を防御の秘術にあてろ。攻撃用の秘術はいらない。部隊全員で敵部隊に突撃し、他の者に通り道を作る」


 俺はその苛烈な作戦案に一瞬耳を疑う。しかしフェルナンは既に馬を走らせ、敵部隊の前まで躍り出ていた。


「撃て!」


 フェルナン隊が集中射撃を浴びる。特に先頭を駆けるフェルナンは凄まじい量の弾丸を食らった。


「チッ!だがまだまだあ!」


 馬が守り切れず、銃弾によって倒れる。しかしフェルナンは素早くとびおり、凄まじい速度で駆けていった。


「撃て!近づけるな!」

「おせえよ!」


 フェルナンが敵部隊に飛び込み、片っ端から吹き飛ばしていく。秘術が切れれば即座に銃弾が身体を貫くというのに、フェルナンは剣を振るおうとはしなかった。ただ敵の部隊を無力化することだけを意識している。


「此処は俺達がやる!副長達は前へ!」


 俺はうなずき、フェルナン達を越えていく。フェルナン隊は敵部隊ともみくちゃになりながら、それぞれ懸命に暴れていた。


「待て、逃がすな!」

「させるか!アイツらは追わせない!」


 フェルナン隊が必死に戦い、こちらの追っ手を足止めしていく。


 俺達は振り返ることなく、ただ馬を飛ばした。















「報告!帝国の車が、さきほど付近で複数通過したとの情報あり。このまま林を抜ければぶつかるはずです」

「了解した。このまま進む!」


 俺は情報を集めるために先行させていた東和の斥候兵に礼を言う。彼等は単騎であれば驚くほどに速く馬を駆けさせることができる。こうして追撃をしながら情報を集められるのはこの部隊の強みだ。


「報告!さらに西、帝国の部隊が待ち構えています!」

「規模は?」

「先程の第三陣と同程度と思われます!」


 俺は報告に頷き、脇を見る。すると自然と呼吸が合うように、ドロテとレリア、そしてグスタフがこちらを向いていた。


「私たちが道を作り、追っ手を阻みます。副長達は突破してください」

「兵が少なくなればさらに加速できます。これならきっと追いつけるはずです」

「俺も秘術みたいに便利な技はないが、愛銃と腕がある。指揮官を殺さずに撃ち抜くことぐらいはできるさ」


 俺は黙って頷き、簡易的な敬礼をする。三人も同様に礼をすると、馬を飛ばして先行し始めた。


「第四陣、来ます!」

「ドロテ隊、前へ。風の秘術で牽制、副長達を通します。その後は各員防御秘術をもって追撃を阻みなさい!」

「「了解!」」


 ドロテの指示に、秘術士達が呼応する。そして次第に敵部隊が見え始めた。


「秘術、放て!」


 ドロテの指示に合わせて、強烈な突風が帝国兵を襲う。ダヴァガルの術のように敵を切り裂いたりはしないが、その突風の中では敵も目をあけることすら適わないだろう。一部狙いを付けずに乱射している兵もいたが、その程度の迎撃ではこちらの足をとめることはできない。


「アルベール!」

「ああ。風に乗って一気に突破する!」


 クローディーヌと俺、そして東和の混合部隊が敵陣を突破していく。追い風に乗り、さらに加速した部隊は凄まじい速さで駆け抜けていった。


『あとは任せましたよ。副長』

『ありがとう。レリア』


 俺はレリアの通信秘術に答える。そしてさらに馬を加速させた。
















「報告!前方にさらに敵です」

「まだいるのか?いくら何でも多すぎる」


 俺は五度目の報告を受け、クローディーヌの方を見る。既に帝都までかなり近くなっている。ここまで近づけたのは第七騎士団の機動力と突破力の賜だろう。しかしそれでもなりふり構ってはいられなくなってきた。


 俺は「後は託す」とクローディーヌを先行させる。本来であれば自分もついて行きたいところだが、そうも言っていられない。


 しかしクローディーヌは首を振った。


「いえ、その心配はないわ。数も多くないみたいだし、何より秘術を温存できているから」


 クローディーヌはそう言うと馬を飛ばし、剣を構える。そして敵部隊に当たらないように秘術を撃ち込んだ。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 威力は抑えてはいるだろう。それでも木々が薙ぎ倒され、威嚇には十分だった。クローディーヌは悠然と敵部隊に近づき、語りかける。


「私たちの狙いはアウレール将軍ただ一人です!道を開けなさい!」


 その堂々とした言葉は、味方にとっては頼もしく、敵にとっては恐ろしかっただろう。敵兵はすぐに武器を捨てた。


「ひい!助けてくれ!」


 その威嚇が十分に効いたのだろう。兵士達は散り散りになって退散していく。俺達はそれを見て再び進軍を開始した。


(そろそろ林を抜け、再び開けた場所に出るな。そうなれば帝都も見えてくる)


 俺はそう考えながら、馬を走らせる。


「報告!前方に装甲車あり!繰り返します。前方に撤退する車あり!」

「アルベール!間に合ったわ!」

「…………ああ」


 クローディーヌがそう言って馬を加速させる。もう完全に集中しきっている。彼女がそれを逃すことはないだろう。


 俺はそんな彼女の背中を見ながら、ゆっくりと馬を止めた。






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