第185話 彼は英雄になれない
「クソッ、どうしてこうなった!」
装甲車がガタガタと揺れる。この小さな揺れすらも今はいちいち腹立たしい。
「おい、揺らしすぎだ!もっと丁寧に運転しろ!」
「ハ、ハイ!」
「おい!減速するな!馬鹿か貴様は」
「す、すいません」
この移動用装甲車のスピードは一般の馬の最高速より少し速い程度だ。しかし馬と違い、疲れがない分長く安定的に走ることができる。この工業化が20年前にはなかったものであり、今の帝国の力を支えているものでもあった。
(だと言うのに何故だ!何故俺はまた今日も追われている!英雄という悪夢に……)
アウレールはかつて英雄の秘術に吹き飛ばされ、やっとの思いで帰還したことを思い出す。あれほど惨めな敗北はなかっただろう。英雄と互角以上に戦い、将軍の地位さえ手に入れた二人と比べて、自分は相手の兵士一人殺すことなく敗北したのだから。
(あそこから……あそこから狂ったというのか。俺の人生は……)
揺れる装甲車の中、アウレールは少しばかり過去のことを思い出した。
昔から何でもできた。良い家系に生まれ、良い教育を受け、良い成績を残してきた。軍の士官学校でも主席で卒業した。その時は自分でも心の底から満足していた。
自分には才能がある。自分はこの世界の主人公として存在している。そんなことを本気で信じ、そしてその道を本気で進もうとしていた。
だがそんな俺に世界は否応なく現実を突きつけた。
「やめろ!これは罠だ。今攻撃すれば返り討ちに遭う。どうして指揮官の言うことが聞けない!」
「黙れ!現場は俺達がまとめているんだ!貴族だかなんだか知らんが、現場も知らないくせに偉そうに指図するな!今行かなきゃ俺達の手柄が取られちまう。現場上がりはこうやってのしあがるしかねえんだよ!」
「がっ!」
「お前ら、抑えてろ。指揮官殿には少しお勉強が必要だ」
「「了解」」
「き、貴様ら……」
「部隊は壊滅。生き残りも指揮官を含めた数名のみ……。今回の失態、どう責任を取るおつもりか?」
「指揮官殿の責任です。私は現場の責任者として、罠だと進言していました!しかし彼は強行なされたのです」
「なんだとっ!」
「そうだよな、お前達」
「そうです。俺達は止めてました」
「ふざけるな!お前らが勝手に……」
「静粛に!見苦しいですぞ、アウレール大尉」
「なっ……」
「おい、おめでとう!大尉に昇格だって?」
「たまたまだよ!」
「これでお前が俺達の出世頭だぜ」
「おいおい。俺達の同期にはアウレールもいるだろ?」
「なんだよ、知らねえのか?アウレールの奴、あの負けからずっと戦果無しだってよ」
「え?だってもう一年以上経つだろ?」
「やっぱ頭ばっかり良くても駄目だってことだよ」
「アウレール、まだお前は大尉なのか。先輩どころか同期にすら遅れをとりはじめているじゃないか」
「……申し訳ありません、父上」
「まったく、所詮お前もその程度か。特にお前には目をかけてやったんだ。少しは兄弟を見習って欲しいものだな」
「…………」
「縁談が……破談?どうして……」
「君には期待していたんだがね。しかし今君はようやく大尉になったところ。お父上の商売も芳しくないみたいじゃないか」
「何故です!私と彼女は、将来を……」
「馬鹿を言うな!今の君程度の貴族、もはや他にごまんといるのだ。むしろこっちが損をする。さっさと帰れ!」
焦りが焦りを生み、失敗が失敗を、そして敗北が敗北を呼んだ。何をやっても上手くいかず、俺はとことん追い詰められた。
そしてついに、糸の切れる音がした。
(なんだ。簡単なことじゃないか)
俺はそこから、『栄誉』のために、『誇り』を捨てた。
「おい、アウレールがまた勝ったらしいぞ」
「これで何連勝だ?」
「流石だな。俺達の出世頭だ」
人は俺を褒め称える。その裏で何をやっているかも気付かずに。
「アウレール、俺を嵌めたな!」
「ちくしょう、あの貴族野郎、俺達を餌にしやがった」
「砲弾が来る。……これは味方のものだ!」
仲間を利用し、時に蹴落とし、必要があれば上官すらも嵌めた。偉い人間に媚びを売ることも忘れない。戦果も自分が得になるように動いた。全体としてそれが間違っているとしても。他でいくら犠牲が増えようとも、見て見ぬ振りをした。
その方法は決して褒められてものではない。だがそうするしかなかったのだ。世の中実力だけでのし上がれるほど上手くはいかない。ありとあらゆる手を使って、軍部で出世していった。これしかない、そう信じて。
彼に会うまでは。
「知は力なり……」
だがフレドリック・グライナーはそんなことすらも必要としなかった。誰にも文句の言わせないほどの才能、それをもってとてつもない早さで出世した。そして出世したかと思ったら、『研究がしたい』とか抜かして評点が稼ぎにくい後方勤務に下がった。
それなのに、それなのにだ。彼は認められていた。そして再び戦いがはじまると、今度は誰もが英雄と信じ疑わなくもなった。
俺はそれがたまらなく腹立たしかった。手を汚し、必死になり、それでも届かなかった栄誉に、彼はまっとうな方法でたどりつこうとする。
それが認められなかった。
「アルベール、敵よ」
「分かっている。だが迂回する時間は無い。強行突破だ」
俺はクローディーヌに伝えながら、さらに馬を飛ばす。狙うはアウレールただ一人だ。もう彼以外の犠牲は、できるだけ出したくない。
(おそらく戦力を小出しにして、俺達の足を止めるつもりだ。帝都までたどり着けば、彼お抱えの兵が残っている)
戦術的に考えれば、此処は一度退き、体制を立て直すのも手だろう。それならば同等以上に戦える。
しかしそんなことをすれば、彼に帝都での決戦を挑まれてしまう。そしてそれは確実に市民を巻き込むだろう。
(そうなれば新たな禍根を残すことになる。そしてそれはやがて火種となり、また戦争を生み出すはずだ)
帝都が破壊されては、帝国臣民も「はいそうですか」とクローディーヌを受け容れることはできない。円滑に戦争を終結するためにも、ここで決めなければならなかった。
「敵軍、銃兵隊が構えています!」
「突破する!秘術隊は防御を張ってくれ!全速力で駆け抜けるぞ」
「「了解!」」
俺の指示に、第七騎士団が覚悟を決める。
終焉は近い。
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