第184話 報告:波が立ち、流れは変わる
「号外!号外!王国軍上層部の大量の汚職だ!第七騎士団に続いて第九騎士団、第五騎士団も蜂起したぞ!」
新聞の売り子が大きな声で王都をかけまわる。そのあまりにも衝撃的なニュースはあっという間に王都を駆け巡った。
「何をやっている!さっさとこのデマを流している連中を逮捕しないか!」
王国軍の上層部が集まる司令部では、朝から怒号が響き渡る。その筆頭にいるのは勿論王国軍の最高権力者である将軍であった。彼は部下に怒鳴り散らし、命令を飛ばしている。
しかし状況はそう芳しくはない。叱責を受ける部下達も、甘んじてその怒りを耐えるしかできないのは、既にそうした抑制が効かなくなっていることの証でもあった。
そこに一人の男が入ってくる。
「それは難しいですよ。将軍」
「お前は、ガリマール家の……」
マティアス・ガリマール。第五騎士団の団長にして、ガリマール家の当主。王国貴族の中でも歴史が長く、今なお有力者の一つに数えられる盟主である。
「どういう意味だ、ガリマール卿?そんなことより、貴様も鎮圧に……」
「それができないと言っているのです」
マティアスは指をパチンとだけ鳴らす。すると銃剣を構えた兵士達が次々と入室してきた。
「将軍、潮目が変わったのです。貴方がないがしろにしている国王陛下にも此方は許可を取っています」
「なっ……」
「モリエール卿が殺され、第九騎士団さえ離反しました。もうこれは離反と言うより、立ち上がったと言うべきですかね?陛下も恐ろしくなったのでしょう。『私に任せる』とおっしゃってくださいました」
「貴様、反逆するつもりか!」
「反逆、何を言っているのですか。今言ったばかりでしょう?国王の許可も取っていますし、何より司法長官の意見も伺っております。神官方はどうやら静観されるようですが」
「何だと!アイツらっ!裏切る気かっ!」
そこでマティアスの後方から司法長官が顔を覗かせる。将軍はそれを見て顔を真っ赤にしてまくしだてた。そんな将軍を司法長官はただ憐れみの目で見ていた。
マティアスは兵士達に合図し、将軍達を拘束していく。おそらくは処刑されるだろうが、これにも手順は必要だ。この男達に全ての罪を被せるのもどうかと思う部分もあるが、マティアスには興味が無かった。
後は彼に任せれば良いのだから。
(これは貸しですよ。早く返しに来てくださいね)
マティアスは将軍達が連行されていくのを横目に、窓の外を見る。そしてその先にいる友人を思い、西の空を見上げた。
「しかしギリギリだったな、まったく」
俺はそう言いながら起き上がる。血は相当使ってしまったが、それでも致命傷には至っていなかった。俺はレリア達に治癒の秘術を使用してもらいながら、あらかじめ用意していた輸血液を入れていく。
「アウレールはどうした?」
「はっ!既に装甲車にて退却した模様。一部の部隊もそれにあわせて退却しています」
「逃げ足が速いな。まったく」
俺は次の案を考える。昨晩のグスタフの報告で、騎士団が此方に向かっていることは分かっていた。だがそれが自分たちの味方で、尚且つ第九騎士団であるかどうかは賭けだった。俺達を捕縛しに来た騎士団である可能性も十分あった。
それにドロテとレリアがフェルナンの恋人と接触したという報告は受けていたが、彼が実際にどうなったのかは知らなかった。だから最期まで立ち上がらない可能性も十分にありえたのだ。
「しかしクローディーヌが倒れたときは、流石に焦ったな」
「だって、貴方が撃たれるから……」
クローディーヌが立ち上がりながら答える。しかし英雄の力というものは凄まじい。二度目とはいえ、既にもうその麻酔銃に耐性を持ち始めているようだ。
「とにかく一旦体制を立て直して……」
クローディーヌが言う。しかし俺は首を振った。
「いや、駄目だ。このままアウレールを追う。ここで決めなければ、被害が拡大する。それにあまり帝都近くで戦えば、巻き添えになる人も増える。そうなれば此方の敵だって増えていく」
俺はクローディーヌの提案を否定する。そもそも俺の目論見は、自分たちさえも餌にし、アウレールを葬ることであった。大砲への攻撃、それを餌におびき出し、グスタフの狙撃で殺す。当初の予定ではそうだった。
(だからこその策だったっていうのに、狙撃で仕留められないとはな)
急ぐ理由は他にもある。それは自分たちの仲間に敵のスパイが潜んでいるとも限らないことだ。来る者拒まずで味方に引き入れている以上、可能性は十分にある。だからこそ昨夜グスタフは足音を殺して自分のもとまでやってきたのだ。
狙撃についてはグスタフにしか伝えてはいないが、スパイが彼の動向を観察し、情報が漏れていた可能性がある。俺はアウレールの余裕を見てそう感じていた。だから敵が情報を集める隙も無い内に、攻撃を仕掛けることが望ましかった。
(それに相手は市民も、戦う気のない兵士達も楯にするだろう。一応彼の権力なら、中立の帝国軍防衛隊を差し向けることもできる。俺達もできるだけ攻撃する相手は減らしたい。やるならここだ)
俺は遠巻きに取り囲んでいる多数の帝国兵を見る。彼等の多くはアウレール直下の部隊ではないのだろう。大将も撤退し、攻撃する戦意も無くしてしまっている。いや、というよりも、各部隊の部隊長クラスはこれ以上の戦いを望んでいないようにも見えた。
「どうしますか?……副長」
馬にまたがった騎士が俺の元までやってくる。相変わらずかっこいい面構えだ。用意の良いことに俺の馬も用意してくれているみたいだ。
「追ってケリをつける。第九騎士団は怪我人等の処置、それと帝国の部隊との停戦を進めてくれ。今ならすんなり話は通るだろう。第七騎士団は馬を借りてアウレールを追うぞ」
俺はそう言って馬にまたがる。そしてフェルナンの方を向いた。
「なあ、副長。俺は……」
「どうした?そんな殊勝な顔をして」
俺は話を遮って続ける。
「君は兵を呼び、デュッセ・ドルフ城塞まで連れてきた。それ以上でもそれ以下でもない。……任務ご苦労。少々時間はかかったけどな」
俺の言葉に、フェルナンが黙る。そして少しして大きく息をはくと、どこか吹っ切れたように言った。
「……まったく、調子が良いな。あんたは」
「そうか?」
「ああ。それに有耶無耶にしてたけど、あんただって帝国のスパイじゃないか」
「過ぎたことは気にするな」
「本当、調子が良いな」
フェルナンがそう言って笑う。俺もつられて軽く笑った。
「フェルナン隊長、君も変わったな」
「そうか?だとしたら彼女のおかげだ」
フェルナンが指し示す方向には可愛らしい女性が兵士達の手当をしていた。慣れない手つきだが、それでも邪魔にならないよう仕事をしている。
「さて、先を急ごう。敵も全速力で逃げているだろうが、俺もここら辺の地理には詳しいからな」
そう言って俺は周りを確認する。クローディーヌを始めとして第七騎士団が馬にまたがり集まっていた。
「なあ、副長」
「何だ?」
「あんた俺達が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
フェルナンが聞いてくる。俺は小さく笑いながら隠し持っていた手榴弾を見せた。
「差し違えてでもやっていたさ……それっ!」
俺はそう言って馬を飛ばす。第七騎士団も後に続いた。
「差し違えても……ねえ」
フェルナンが頭をかきながら呟く。
「あんたの方が別人みたいだぜ。副長」
フェルナンはそう言うと手綱を振る。馬は大地を蹴り、勢いよく駆けだしていった。
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